野﨑まど劇場

作品 No.03 第60期 王座戦五番勝負 第3局


「本日は王座戦五番勝負第3局をお送りしています。解説は引き続き仲井戸國男九段、聞き手は私、二所宮茉莉花が担当いたします。仲井戸先生、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「さて仲井戸先生、本日のここまでの対局、どうご覧になられますか」

「今のところ滝君、王座の方が有利に進めてますけどね。でも今日は挑戦者の伊月君も切れてるからねぇ。まだまだどうなるか判りませんよ」

「なるほど。そういえば滝王座は本日も奥様と三歳になるお嬢様をご招待されていますね。前2局でも観戦に呼んでいらっしゃいましたが」

「滝君の気合の現れでしょうな。奥さん美人ですしね。やる気も出ますよ」

「対する伊月九段は、この第3局からハムスターを連れての対局です」

「悔しかったんでしょうねぇ」

「あ、今ハムスターが。ハムスターが立会人に運び出されました」

「カサカサうるさいから」

「伊月九段、しょげているようですね」

「またしばらく長考ですな」

「ではここで、これまでの流れを振り返ってみましょう」



「仲井戸先生。この第3局、やはり一番衝撃的だったのは伊月九段の初手でしょうか」

「いやあれは凄いですよ。定石破りも甚だしい。棋界に一石を投じる一手でしたよ。えぇと……こうですね」



「4二角ですね」

「王手だね」

「しかし仲井戸先生。この角、一体どこから現れたものなんでしょうか?」

「決まってるでしょう。持ってきたんですよ。家から」

「家……ですか。それは良いんでしょうか」

「駄目ですね」

「駄目じゃないですか」

「駄目ですよ、駄目ですけどね。伊月君は駄目って言われたことをやっちゃったんだよね。これまで全部の棋士が駄目だと信じてきた事を伊月君はやってのけてしまったんだねぇ。初手・王手というのはね、夢ですよ。夢。棋士なら一度は見る夢です。それをこうも見事に見せられちゃあ、認めない訳にはいかないでしょうな」

「そういうものですか」

「そういうものです」

「そして、伊月九段の角を受ける形の、滝王座の二手目が」



「同金ですね」

「当然です」

「伊月九段、結局家から持ってきた角を献上しただけとなりましたが」

「何も考えてなかったんでしょうなぁ」

「以降、角のハンデを背負った伊月九段、苦しい展開が続いております」


 ◆


「伊月九段、長考が続いていますね」

「角は取られるわハムスターは取られるわ散々ですからね」

「得意の戦型である穴熊囲いでなんとか凌いでいるようですが……」

「熊が顔を出すのも時間の問題でしょう。手駒も歩しかないしねぇ。どこにも打てませんよ」

「あ、でも。伊月九段、その歩を取りましたよ」

「おや。しかし打つ場所が……あ」

「はい? あれ? 今どちらに打たれましたか?」

「玉だ。玉の上ですよ」



「乗ってる……」

「アポロ囲い。アポロ囲いですよ。これは凄い。まさかタイトル戦で見られるとはねぇ」

「なんですかそれ」

「伊月君の師匠の鴻上九段が研究し、ついぞ完成しなかった幻の囲い。それがアポロ囲いですよ。王の上に歩を載せることで、一回の攻撃に耐えるバリヤーになるわけです。上空から降りてくる駒がまるでアポロ11号のように見えるので、アポロ囲いと名付けられたんですがね」

「一機増えるんですねぇ」

「いやまさか完成していたとは」

「でも仲井戸先生、アポロ11号が熊の穴に降りてくるのは変じゃありませんか」

「間違えたんでしょう。月面と」

「船から降りたら熊が居ますし」

「宇宙開発には危険が付き物ということだねぇ」

「さて、そうなると逆に厳しくなったのは滝王座でしょうか」

「形勢逆転です。アポロ囲いはもう簡単には破れませんよ。第3局は伊月君の勝ちですな」

「確かにここからの逆転は難しいかも……あ、滝王座動きました。右手を上げて」

「投了かな」

「上げて……指です、指を打ち鳴らしました」

「んん? 何をやってるんでしょうね……」

「あっ!」



「うわぁ」

「ボール、ボールです。ボールが飛び込んできました。これは、娘さんです。滝王座の娘さんが持っていたボールです」

「なるほど、なるほど」

「仲井戸先生、これは」

「つまりですね、滝君は戦局が不利になったらボールを投げ込むように、娘に指示していたんですねぇ」

「なんという読みの深さでしょうか」

「ええ、確かに読みは深い。ですがこれは悪手ですよ。だってボールを投げ込んだって、駒を並べ直せばそれで済むんですから。これでは戦局は変わりませんよ」

「そうですよね。当然ながら伊月九段も駒を拾い集めて、並べ直し……」

「あ」



「盤が割れています、真っ二つに割れています」

「いやいや、そんな馬鹿な。ボールなんかで盤が割れるわけが」

「仲井戸先生、あのボールは……」



「ボウリング球かー」

「で、でも娘さんはまだ三歳ですよ。ボウリング球を投げるなんて」

「鍛えていたんです。鍛えていたんですよ。この日のために娘を鍛えていたんですよ、滝君は。いやはや読み過ぎだ。やはり天才ですよ滝君は」

「しかし滝王座、奥様に座布団で殴られております」

「大丈夫、読み切ってる。事前にふわふわの座布団と交換してあります。いや不世出の天才ですよ」

「ここで立会人から千日手の認定です。流石に盤が割れては続けられませんね」

「うんざりしただけかもしれませんがね」

「伊月九段は、泣いております」

「勝利まであと一歩のところでしたからねぇ。これは悔しい」

「あ、違います。ハムスターです。逃げ出したハムスターがボウリング球に当たって亡くなったようです」

「彼は引退かなぁ……」

「王座戦五番勝負第3局は千日手という結果となりました。解説は仲井戸國男九段、聞き手は私、二所宮茉莉花でお送りいたしました。ご視聴ありがとうございました」

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独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
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