野﨑まど劇場
作品 No.04 森のおんがく団
大きな森のおくふかく、ぽっかりとあいたみどりの広場に、ライオンさんと、ぶたさんと、うさぎさんのすがたがありました。
かれらは、森のおんがく団。
はるのおまつりでおこなわれる発表会に出るために、三人は今日もねっしんに練習をしています。
ライオンさんが太鼓をおいて、いいました。
「うんうん。とても上手にできた。これで発表会はあんしんだねえ」
ぶたさんもカスタネットをたたきながら喜んでいます。
「ぶぅ ぶぶぅ」
するとうさぎさんが、ローランドVシンセGTのでんげんを落としながらいいました。
「なぁお前ら。発表会の前に一度冷静になって考えてみないか」
「うん? なにをだい?」ライオンさんが首をかしげます。
「バンドの構成の問題だ。現状、ほとんどのメロディとリズムを俺のシンセだけで作ってる。それに引きかえお前らはなんだ。小太鼓をばしばし好き勝手に叩いてるか、カスタネットをばしばし好き勝手に叩いてるだけじゃないか。こんなのはバンドじゃない。俺は音楽性の違いをずっと感じていたんだ」
「ぶぅ ぶぶぅ」
「だから何でお前は喋れないんだ! おかしいだろ! 喋れない動物が居るとか社会が成立しないだろ!」
「まぁまぁ、うさぎさん」
ライオンさんが、うさぎさんをなだめます。
「ぶたさんはね、ぶぅしか喋れないんだよ。やむをえないじじょうでね」
「やむを得ない事情ってなんだよ」
「プレイ」
「プレイじゃん! プレイをここに持ち込むなよ! 嫁にどんだけ調教されてんだよ!」
「なぁ、うさぎさん。ぼくたちはプロのプレイヤー、だろう?」
「意味が違うだろ! 全く違うだろ! かっこいい台詞っぽく言うなよ!」
「ぶぅ ぶぶぅ」
「黙ってろこのぶため!」
うさぎさんはロックな台詞をはきました。
「まぁでもたしかに」ライオンさんはいいました。「ぼくも、今のままでは発表会はきびしいかなと思っていたんだ」
「さっきは安心だとか言ったくせに……」
「君の気持ちを試したんだよ、うさぎさん。あそこで君が何も言わないようなら、こんなバンド続ける意味はない。そうだろう?」
うさぎさんはライオンを張り倒そうかと思いましたが、話が進まないので我慢しました。
「で、どうすんだよ」
「Pを迎えよう」
ライオンさんは業界人ぽくいいました。プロデューサーのことです。
「Pがいればぼくらは自分の音楽に集中できる。Pは二十四時間作業を見渡して、プロジェクトの全体像を把握しながら、ぼくらの最高の力を引き出してくれる。それがPを立てるメリットさ」
ライオンさんは三回もPと言いました。うさぎさんはうざいと思いました。
「しかし誰を立てる気なんだ」
「森のまじょにたのもう」
「ええ?」
うさぎさんは顔をしかめました。
森のもっともっとおくふかく、あさになってもおひさまの光がとどかないところに、森のまじょはすんでいます。
森のどうぶつたちのほとんどは、まじょにあったことがありません。まじょは千年いきているともいわれ、森じゅうのどうぶつから怖がられているのです。
「森のまじょは森でいちばん恐ろしいけれど、森でいちばんかしこいひとだ。森のまじょなら、きっとなんとかしてくれるはずさ」
そうして三人は、いっしょに森のおくへと入っていきました。
うさぎさんは、ぶたさんだけがいつも四本足で移動している理由が解り、悲しい気持ちになりました。
森のおくはまっくらです。
うさぎさんは携帯のライトを点けながら進みました。後ろではライオンさんがこれ見よがしにiPadをいじっています。いらっとしたうさぎさんはそれを取り上げました。中には大したデータもアプリも入っていません。ライオンさんも、別に何かに使おうと思って買ったわけではなかったのです。
しばらくすすむと、道のさきにぼんやりとした明かりが見えてきました。それはおどろおどろしいかたちをしたまじょのやかたでした。
そうして、三人がまじょのやかたの前まできたその時です。
ドーンという大きな音がしたかと思うと、空からとつぜん、ほうきを持った女の子がおちてきたではありませんか。
それは、きれいなオレンジ色の髪をして、まっ黒なドレスをきた、とてもかわいい子でした。
「いたたたた……木にぶつかってしまったわ。しっぱいしっぱい」
うさぎさんはびっくりしてさけびました。
「魔女だ! 森の魔女だ!」
すると女の子も三人にきがつきました。女の子はとてもおどろいています。
「動物が喋ってる!」
「また根本的なところまで戻るなぁおい!」
「いったいどうなっているの……? しかもブタは四つんばいで全裸、二足歩行のうさぎは上下に服を着ているけれど、同じ二足歩行のライオンは上着しか着ていないわ……。解らない……羞恥心のラインがどこにあるのか解らない……」
女の子は説明しなければそれで済むことを事細かに説明しました。うさぎも言われて服の量がバラバラなことに気付きました。絵本でないのがここにきて災いしたのです。
「なんで上着しか着てないんだよ」
うさぎさんはライオンさんにききました。ライオンさんは笑顔でこたえました。
「ぼくたちはプロのプレイヤー、だろう?」
森は変態ばかりです。
「それで、あなたたち。いったいなんのご用事?」
女の子は想像を絶する状況適応力を発揮して普通に受け応えました。うさぎさんは色々言いたいことがありましたが、進行のためにまた我慢しました。
「あなたが森のまじょですか?」ライオンさんはききました。
「いいえ、それはわたしのおばあちゃん。わたしは孫よ」
「じゃあ、おばあちゃんはいますか」
「うちにはいないわ」
「どこにいるんですか」
「なんとか施設」
三人は辛い気持ちになりました。
「思い出したわ。介護老人福祉施設」
「思い出すなよ!」
「だからおばあちゃんは居ないの。頼み事なら、わたしが代わりにきくわ」
小さなまじょはむねをはっていいました。
「でも、君はまだ小さいし……」うさぎさんは不安そうです。
「あら。わたし、こう見えても一二〇〇才なのよ?」
「すげぇ。魔女って長生きなんだなぁ」
うさぎさんは感心しました。
「ぶぅ ぶぶぅ」
ぶたさんがにわかに興奮しています。魔女の外見と年齢の相違が何かの琴線に触れたのかもしれません。
「で、どんなご用事?」
「こんど、森でおまつりがあるんです」ライオンさんがせつめいします。「その発表会に出るぼくたちを、あなたにプロデュースしてほしいんです」
「まぁ、わたしにプロデュースを?」
さいこうにエキサイティングね、とまじょはいいました。
「でもその前に。あなたたちのサウンドを聞かせてちょうだい」
「わかった。やろうか」
うさぎさんはシンセをだして、曲をひきはじめました。
ライオンさんは広場に太鼓をおきざりにしてきてしまったので、しかたなく横で指をはじいていました。
ぶたさんは二本足でたちあがると、カスタネットをかなり本気でたたきながら「It's Show time!」と叫びました。もう奥さんの事はどうでもいいようです。まじょのとりこです。
えんそうがおわると、まじょはおおよろこび。シンプルでストレートでダイレクトなアプローチだったわ、とぜっさんです。うさぎさんもうれしくなりました。
ですがその時。しげみのおくから、クスクスという笑いごえがきこえてくるではありませんか。
「誰だ!」
「いやいや、しっけい」
森からでてきたのは、小さなねずみさんでした。
「お前はねずみ合唱団の」
「しつれいとは思いましたが、あなたたちのえんそう聞かせてもらいましたよ。いやぁ、なかなかお上手。といっても、ぼくらの美しい合唱のてきではありませんねぇ。どうやら発表会は、ねずみ合唱団のゆうしょうできまりですな」
ねずみさんはまたクスクスと笑います。
それをみたまじょは、たいそうおこりました。
「あなたみたいなねずみにこの人たちのサウンドの何がわかるっていうの! えい! こうしてあげる!」
まじょはそういって、ほうきをクルッと振りました。
するとねずみさんは死んでしまいました。
「何してんだよお前はぁ!」
うさぎさんが駆け寄ります。ねずみさんの脈をとってみましたが、完全に死んでいます。さぁ大変。
「ロックでしょう?」
まじょはロックを勘違いしています。
「と、とにかく生き返らせてくれ! 魔女ならできるだろ!」
「かんたんに言わないで。生き返らせるのはとてもむずかしいんだから」
「じゃあどうするんだよこれ……」
「わたしたち、もうこの森にはいられないかもね」
「お前だけだ! お前だけだ!」
まじょは、しょうがないわねーと言うと、ぶたさんにめいれいしてかぼちゃをもってこさせました。ぶたさんはとりこを通りこしてどれいです。
まじょはかぼちゃをねずみさんのいたいの横におきました。そしてふたたびほうきをクルリ。
するとぼわんとけむりがあがり、かぼちゃは立派な馬車に、ねずみさんのいたいは馬になったではありませんか。
問題は別に解決しませんでした。
四人はけっきょく、森を去ることを決めました。もうどうしようもなかったのです。
まじょは馬車にもう一回まほうをかけて白いバンを作ると、こういいました。
「最高にエキサイティングなツアーにしましょう」
そうして、ライオンさんと、ぶたさんと、うさぎさんと、まじょを乗せたバンが、ぼすんぼすんと音をたてながら、地平まで続く国道を走っていきます。
かれらは、森のおんがく団。
かれらは、森のおんがく団。