野﨑まど劇場
作品 No.05 土の声
名古屋の中心地から車で走ること一時間半。
懐かしさを感じる田舎の家々が見えてきた頃に、蒼前創磁さんの住む古民家は姿を現した。
私を出迎えてくれた蒼前さんは、つなぎ姿に緑色の帽子、そして首からタオルという、新進気鋭の陶芸家というよりは農家の若者と表現した方がしっくりとくるような風貌だった。
●若手陶芸家の素顔
──素敵なお宅ですね。
古いだけなんですけどね。でも記者さんみたいな若い女性の方に誉めてもらえるなら、この家も捨てたもんじゃないのかな(笑)。僕が東京で仕事を辞めて田舎に引っ込む時に家を探した条件が、環境が良い事と安い事の二つでした。ご覧の通り、周りの環境は抜群です。それにここは安かった。やっぱりそんなに儲からない仕事ですからね。贅沢はできません。
──でも蒼前さんの創られる物の評価はどんどん高まっていますし、最近は海外でも取り上げられているじゃないですか。
ええっ! 本当ですか! 初めて聞きましたよ、そんな話。取材だからって噓ついておだててるんじゃないでしょうね(笑)。
蒼前さんはそう謙遜して、まだ二十代の若者らしい屈託のない笑みをこぼした。この素直な人間性が、彼の器にそのまま現れているような気がした。
●土の声を聞く
──こちらで作業をされるようになって、一番変わった事は何ですか?
一番はもちろん土です。ここの土は本当に最高です。東京にいたら絶対に使えない土ですね。それだけで、ここに永住する価値があります。
──そんなにも違いますか。
ええ。実を言えばですね、ここの土自体は東京でだって使う事はできるんです。車で運べば良いだけですからね。でも持っていっただけじゃ駄目なんですよ。土は生き物ですから、環境の変化には敏感です。状態が変わると土はサインを出す。それを聞き取って適切な処置をしていかないと、すぐに駄目になってしまうんです。その〝土の声〟が、ここではとても良く聞こえます。東京だとこうはいかない。だからここに住むしかないんですね。
──処置というと具体的には?
色々ありますが、やっぱり一番は野菜を作る事ですね。
──野菜、ですか?
ええ。野菜を一年中育ててるのが、土にとっても凄く良いんです。土と野菜は共生関係なんです。
●作り手の魅力がにじみ出る器
蒼前さんが台所から一枚の皿を持ってきた。それは余りにも見事な一枚だった。緑釉の色が深い織部皿。自由な発想が生み出す独特の厚みと自然な縁の歪み。その上には瑞々しいきゅうりがのり、焦茶色の味噌が添えられている。食材と皿の作り出す美しい調和。単なるきゅうりが、皿の力で芸術品にまで高められていた。
──うわぁ。
召し上がって下さい。よく冷えてますから、美味しいですよ。
──本当に。とても美味しいです。
でしょう。自信作です(笑)。
──野菜も美味しいですけれど。何よりこのお皿が素晴らしいですね。
そうですか? 変な皿でしょこれ。
──変だなんてそんな。見事な一枚です。
じゃあそう伝えておきますよ。それ、隣のお婆ちゃんが作ったお皿なんです。お婆ちゃん最近陶芸教室にはまってて。
──蒼前さんが作られたのではなく?
僕はもうちょっと上手く作りますって。あ、お見せしましょうか。
●陶芸は天職
そう言って蒼前さんが持ってきたのは、瀬戸黒の流れを汲みながらも、志野の絵付け手法を加えた黒織部のタンブラーだった。立てられた野菜スティックとの完璧な融合。器の周りには、これまた見事なロボットの絵が描かれている。
──このロボットは?
ビル●インです。
──ビル●イン?
『ダ●バイン』……て、多分ご存じありませんよね(笑)。僕そのアニメが大好きで。
──自由な発想ですね。
それよりこれも食べて下さいよ。ニンジンも自信作です。
──美味しい。
でしょう? 東京で売ってるニンジンとは甘味が全然違いますから。
──でもなにより、この器が素晴らしいですね。
なんか、さっきから妙に器を誉められますね。それも陶芸教室で作ったやつですけど。
──蒼前さんが?
ええ、そうです。
──完璧です。このタンブラーは完璧ですね。ロボットの絵付けも最高です。このビリルビンが。
ビル●インです。
──そう、それ。
知ってるんですか本当に。
──とにかく素晴らしいです。流石です。ところで陶芸教室では何人くらいの生徒さんを指導されてるんですか?
してませんよ。僕が生徒なんですから。
──失礼ですが、ご職業は。
農家に決まってるでしょう。農家じゃなかったらどうするんですか。有機農法の取材に来られたんでしょう?
──ああ。ええ。そうです。
何なんですかいったい。
──ところで蒼前さん。お名前は。
孝太郎ですけど。
──そうですか。
何か?
──いえ別に。そうだ、蒼前さん。もしよろしければ他にも幾つか、それっぽいお皿を写真に撮らせていただけませんか。
それっぽいってなんですか。
──お気になさらず。
別にいいですけど……皿を持ってくればいいんですね?
──お願いします。あ、あと。
はい。
──このレコーダーに「蒼前創磁の天職は陶芸です」とおっしゃっていただけませんか。
誰ですかそれ。
──いいから。
小さな間違いが、時に新たな器との出会いを演出してくれる。人の数だけ器がある。それもまた陶芸の楽しみの一つなのだ。
[取材・文 館林 絢]