野﨑まど劇場

作品 No.06 神の国


「人々の信仰が薄らいでいる」

 年老いた神が言った。

天活玉命よあめのいくたまのみこと」若い神は聞き返した。「それは本当か」

「ああ、本当だ、櫛玉火明命くしたまのほのあかりのみことよ」

「しかし何故」

「我々の事を忘れつつあるのだ」

「そんな馬鹿な。人が神を忘れるなど」

「いいえ」

 澄んだ女の声が響く。

「馬鹿な事ではありません」

天之狭手依比売あめのさでよりのひめか」

「この国は、人が神に拠り、神が人に拠る、神人沿い生きる土地。人の思いが絶えれば神もまた絶え、人が思わば神もまた生まる。それは今も昔も変わらぬ事ではありませんか」

「では天之狭手依比売あめのさでよりのひめよ。我々に為す術は無いと言うのか」

「我々は、ただ在れば良いのです」

「ただ在れば」

「ええ。ただ在れば」

「僕もそう思います」

 少年の姿をした神が言った。

「ダブルクリップのみこと

「僕たちは、自ら以外の何者でもない。生まれもった役目を全うするだけです。人も神もそれは同じでしょう」

「しかしダブルクリップのみことよ。お前は今でもオフィスで重宝がられているのではないのか」

「それはダブルクリップ(小)のみことです」

「ちがうのか」

「僕はダブルクリップ(特大)のみことなので、使われる場所は限られているのです」

「そうか」

「在るだけ、だと?」若い神の背後から、威圧的な声が飛ぶ。「神ともあろう者が消えゆく時を前にして手も足も出せんとは。もはや荒ぶる魂まで失のうたか」

「お前はファミレスで店員を呼ぶスイッチ大神おおみかみ

「ちがう。居酒屋で店員を呼ぶスイッチ大神おおみかみだ」

「ちがうのか」

「基本は同じだが」

「あなたはいくらでも使われているでしょう」天之狭手依比売あめのさでよりのひめが言う。「私たちのように忘れ去られる心配などないのではありませんか」

「ファミレスで店員を呼ぶスイッチはそうかもしれん。だが最近の居酒屋には店員を呼ばなくても注文できるタッチパネルが登場した。居酒屋のスイッチは存亡の危機に晒されているのだ」

「注文した物がまだ来ていない時などに店員を呼ぶ事もありましょう」

「それはその辺をうろうろしている奴に声をかければいいではないか」

「そんな事を言い出したら初めからスイッチなど要りません」

「貴様」

「我々が争ってどうする」若い神が制する。

「そうであった」居酒屋で店員を呼ぶスイッチ大神おおみかみが仕切り直す。「つまり我が言いたいのは、このまま信仰が薄らぐのを看過せずに、人間に向けてもっと神々の威光を魅せてやるべきだということだ」

「しかし居酒屋で店員を呼ぶスイッチ大神おおみかみよ。一体どうやって居酒屋のスイッチから人間たちに働きかけようというのか」

「後光を放つのはどうだ」

「照明でムードを作っている店もあるから」

「そうか」

 神々は沈黙した。

「──なんだか暗いお話をしていますね──」

 現れたのは、太陽のように燦然と輝く神だった。

「見ぬ顔だな」若い神が語りかける。「お前は誰だ」

「──私は、学校の帰りにマックに寄る国主くにぬし──」

「いやそれもう駄目だろう」

「──何か?──」

「マックに寄るって。行為ではないか」

「──駄目ですか──」

「一応みんな物とかだから……。いや、確かにこの国では万物に神が宿るという建前にはなっているが。しかし行為はなぁ。物にしとこうよ」

「──しとこうよと言われましても。私は既に生まれてしまっています。学校の帰りにマックに寄る多くの人々の思いが私を生んだのです──」

「まぁ生まれたという事は許されたという意味なのだろうが……」

「──じゃあOKという事で──」

「それで、お前はどう思うのだ」

「──マックで話しませんか──」

 若い神が遠慮すると、学校の帰りにマックに寄る国主はマックへ行ってしまった。

「このままでは埒が明かん」

「お前は泡が出るハンドソープのみこと

天活玉命あめのいくたまのみことだ」

「そうだったか」

「最初から居るだろう」

「覚えきれない」

「とにかく。我々だけでいくら話しても偏った意見しか出なかろう。ここは一つ、人間の話も聞いてみようではないか」

「なるほど」


「な、なんなんだよお前ら」

 男の子は怪訝な顔で聞いた。

「神だ」若い神が答える。「お前は誰だ」

「俺が誰かも知らないのに連れてきたのかよ」

「ランダムピックアップだった」

「内野柚太」

「学年は」

「小四」

「小学生だ。どうする」

「若い感性を取り入れられるのでは」

「この子に聞いてみましょう」

「いったい何の話だよ」

「柚太よ」

「うん」

「神を信じるか」

「なにそれ。宗教?」

「まぁそうだ」

「宗教なんだ……」

「神を信じるか」

「信じないよ。あんまり関わりたくない」

「そうか」

 神々は沈黙した。

「なんなんだよ、いったい」

「人間たちの信仰が薄れているので、どうしたものかと思っていたのだ」

「ふぅん。どうなったら良いわけ?」

「人間たちがもっと神を尊敬し、敬うようになると良い」

「だったら、なんか感謝されるような事をしたらいいんじゃないの? お願いを叶えるとかさ」

「なるほど。では柚太よ。何か願いはないか」

「え、叶えてくれるの? じゃ、じゃあゲームのカードがほしい! 究極獅子大帝マスターライオンナイト!」

「それは無理だ」

「どうして?」

「究極獅子大帝マスターライオンナイトのカードを司る神、究極獅子大帝マスターライオンナイトわけはいま外出している」

「カード毎に居るんだ……」

「彼は人気があるから不在の事が多い。他のカードの神なら居る」

「どれ?」

「発光モモンガとか」

「ゴミレアじゃん!」

「おお、丁度そこに居るな。おい、発光モモンガ毘売ひめよ」

 だが発光モモンガ毘売ひめは呼びかけに応えず、苦しそうに蹲っていた。

「どうした、発光モモンガ毘売ひめ

「あ、身体が透けてる!」柚太が驚く。

「どうやらお別れの時が来たようですね……」発光モモンガ毘売ひめが息も絶え絶えに呟いた。「私を使っていた最後の一人が、デッキから発光モモンガを抜いたのです……。使う者がいなければ消え去るのは定め……」

「大変だ。柚太よ、今すぐ発光モモンガを使ったデッキを作るのだ」

「急に言われても……今カード無いし」

「いいのです、柚太……弱いカードが廃れるのはカードゲームの必定です……ありがとう……貴方の事は忘れません。レベル3以上のカードはみんな公式戦使用禁止になればいい……ッ!」

 発光モモンガ毘売ひめは消えた。

「最低の恨み言だ……」

 その時突然、轟音を伴って大地が激しく揺れ出した。

「いかん。信仰が足りないのだ。高天原たかまがはらがもう保たない」

「早く逃げなければ。みんな居るか」

「マックに寄る国主くにぬしが居ない」

「マックだろう」

 こうして神々は国を追われ、高天原は崩壊した。


 その後、櫛玉火明命くしたまのほのいかりのみことほか数柱の神々は柚太の家でカードの相手などをしながら暮らしている。だが引きが神懸っているために最近嫌われているのであった。

刊行シリーズ

独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
独創短編シリーズ 野崎まど劇場の書影