野﨑まど劇場

作品 No.09 MST48



「こんばんはー! MST48でーす!」

 女の子達の揃った声が室内に響き渡った。

 しばしの沈黙が流れた。

「ねぇ」

 センターを務める流屋敷ながれやしきが、隣に立つリーダーの影沼沢かげぬまさわに声をかける。

「なに? 流屋敷」

「もう劇場公演やめない?」

「何を言い出すのよ流屋敷。MST劇場の公演はデビュー当時からの大切な活動でしょ? どんなにメジャーになっても、こうしてファンと直接触れ合う仕事が一番大切なんだって、プロデューサーの天目石あまめいしさんも言ってたじゃないの」

「そのファンはどこに居るのよ」

「しょうがないでしょう。ここは密室なんだから」

 そう、彼女達は『MST48』。

 文字通り密室を舞台に活躍する48人組アイドルグループだ。

「ファンが出入りできたら、密室じゃあなくなってしまうわ」

「企画を考えたのはどこのバカよ」

「まぁ考えたバカだってオーディションに応募してくるバカが48人も居るとは思わなかったでしょうね」

「ぐぬ……」流屋敷は呻いた。「とにかく! お客が一人も居ない部屋の中でライブなんて無意味でしょ! やめやめ! ライブは今日で終わり!」

「だったらMST総選挙で決めましょう」

 MST総選挙とは多数決のことである。

 結果はライブ中止に賛成5、反対43であった。

「なんでよ!」流屋敷が叫ぶ。「どうしてこんなアホみたいなライブを続けたいのよ蝶名林ちょうなばやし!」

「あの……だって」気弱な蝶名林がオドオドと答える。「だって……このライブやめちゃったら、私達本当にこの部屋でご飯食べてゴロゴロしてるだけになっちゃうじゃないですか……」

「それはまぁそうだけど……」

「誰も入れない密室で、ファンが一人も見てなくても、せめてアイドルとしての矜持は無くしたくないんです。だから……」

「蝶名林……」

 泣き出しそうな蝶名林の肩を、リーダー影沼沢がポンと叩く。

「大丈夫。大丈夫よ、蝶名林。私達は間違いなくアイドルなんだから。ね? 流屋敷?」

「ああもう。しょうがないなぁ」

 流屋敷は諦めて微笑んだ。MST劇場公演は存続となり、48人は力の限り歌い、踊った。一時間半後、いつも通りの徒労感に包まれながらライブは終了した。

「うぅ……」

「泣くな蝶名林!」

「大きい声出さないの流屋敷。蝶名林も元気出して。ほらそろそろ夕食の時間だから」

 そう言ってリーダー影沼沢が壁を指さすと、備え付けの赤色灯が点灯した。それを見たメンバーがズラズラと壁に並ぶ。壁面には横長の窓口が設えられており、その窓が開いて外から食事のトレイが差し入れられた。メンバーは順番にそれを受け取る。

「まるで留置所ね……」流屋敷が顔を顰める。メンバー最年少の小茄子川こなすがわがリューチジョってなんですか? と聞くと、影沼沢がノルウェーの言葉で妖精の国という意味よ、と答えた。小茄子川は食事のトレイを掲げながらリューチジョ、リューチジョと嬉しそうに連呼した。蝶名林のすすり泣きがまた聞こえた。

「でもさ、影沼沢」パンをかじりながら流屋敷が聞く。「あの窓口は開いてても良いわけ? 密室じゃなくない?」

「それは密室の定義の問題ね。例えば推理小説では密室殺人がたくさん起きてるけど、大抵の密室は『人が出入りできず、犯行不可能である』という定義での密室よね。窓なんか空きっぱなしでも、そこがビルの60階だったら密室でしょう? 人間が通れない、小動物が通れない、虫が通れない、空気が通れない、原子が通れない、ニュートリノが通れないと言うふうに、通過できる物体のレベルによって密室の定義も様々なのよ。あらゆるものと隔絶された密室というのは現代の科学では不可能じゃないかしら……。ほら、私達がどんなに密室然としても、ファンの暖かい気持ちは全てを超えて届いてしまうじゃない?」

「まぁ確かにファンの手紙は届いてるけどさ……」

 その時赤色灯が再び点灯し、壁の窓口から紙束がドサドサと放りこまれた。

「噂をすればファンメールだわ」

 食事を終えた48人が集まる。リーダー影沼沢がメールを順番に読み上げた。

『MSTの皆さんこんにちは。新曲買いました。とても良い曲なのですが、音がまるで壁を通したようにくぐもっているのは何とかならないのでしょうか』

『MSTの皆さんはじめまして。新曲良かったです。ところでメンバー全員分のCDを買って参加券をもらい新曲発売イベントに行ったのですが、密室だったために入れませんでした。これは詐欺なのではないでしょうか』

『MSTの皆さんは本当に可愛いのでしょうか』

『MSTはネカマ』

 10通読み上げたところで流屋敷が残りをシュレッダーにかけた。シュレッダー屑が溜まってくると蝶名林がクッションを作る。使い心地は良いのだが色々と不快だ。

「誰一人顔がわからないアイドルなんて……」 紙詰まりを直しながら呻く流屋敷。

「仕方ないでしょう。私達はテレビにも出たことがないし。そもそも部屋から出たことがないし」

「テレビに出たい! Mステ出たいMステ!」

「この密室から外に出ずにMステに出演する方法があるのかしら? 名探偵さん?」

 イラッとした流屋敷が影沼沢を蹴りまくっていたその時だった。

 流屋敷の足がふと止まる。うん? と首を傾げる流屋敷。

「どうしたの?」

「いや……なんか違和感が」流屋敷がキョロキョロと室内を見回す。「……誰か、足りなくない?」

「なんですって?」

 リーダー影沼沢の顔に緊張が走る。

 影沼沢は即座に点呼を取った。

 一人、足りない。

無量小路むりょうこうじが居ない……」

「トイレにもお風呂にも居ないわ」と流屋敷。

「まさか、この密室から出たというの……? 外に出る唯一の扉は外側から鍵をかけられた上に溶接されている。開いているのは配膳用の小窓のみ。その小窓も腕を差し出すのが精一杯のはず……。やっぱりこの部屋は完璧な密室だわ。つまりこれは……密室殺人!!」

「え、無量小路死んだの?」

「ごめんなさい、言いたかっただけ。でも死んではないとしても煙のように消えたのだから無事とは言い難いわね。そしてセオリーでいけば、この後次々に消失者が出て……」

「ちょっと怖いこと言わないでよ! 何とかしてよリーダー! 名探偵なんでしょ!」

「あら、私のさっきのセリフはむしろ犯人よ。もしくは思わせぶりなだけの女」

「役立たず!」

「落ち着きなさい流屋敷。もし私が犯人だとしたら、こういう時は間違いなく集団から離れた人間を狙うわ。この密室で離れるもへったくれもないけど。とりあえず全員集まって! 部屋の真ん中に固まるのよ!」

 リーダー影沼沢の号令で全てのメンバーが即座に集う。しかしその47人のおしくら饅頭の中で流屋敷は恐るべきものを見た。たった一人、集団から離れて、寝そべって花とゆめを読みながらプリンを食っている女を。

「無量小路!」

「ふい?」突然名前を叫ばれてスプーンをくわえたまま振り返る無量小路。

「あんたどこにいたの!? 点呼したのに!」

「え、点呼したんですか……ありゃー……」

「話してもらいましょうか」とリーダー影沼沢。「いったいこの密室からどうやって抜けだして、そして戻ってきたのか。納得のいく説明をお願いするわ」

「あの、ごめんなさい……私、実はテレポーターで」

 目の前で1mほどテレポートして見せる無量小路。

「みんなに言うとパシらされると思って……」

 無量小路はえへへと笑って頭を下げた。

 しかしリーダー影沼沢は愕然として膝を突く。

「テレポーターだなんてそんな……じゃあ、密室はどうなるの? もうこの密室は不成立なの? 私達の密室が崩壊する……だとしたらMST48は解散するしか……。いや、でも待って。密室破りのトリックがテレポーターなんてちょっとトンデモ過ぎるからオチとしては認めづらいわ。ルール違反である以上、その存在が密室の蓋然性に影響を及ぼすことはないのでは……。しかし破られてしまったのもまた事実……くっ、MST総選挙!」



「影沼沢にわかんないのに他のメンバーにわかるわけないでしょ」

「そうよね……」

 放心するリーダー影沼沢の背中は小さかった。

 その時、リーダーの肩に温かい手が置かれた。

 その手はもちろん、不動のセンター流屋敷だ。

「私は『大丈夫』に入れたよ、影沼沢」

「流屋敷、あなた……」

「まかして。良いアイデアがあるから」



「続いては……初登場! MST48の皆さんです!」

 女子アナウンサーの紹介の直後、七色のLEDが輝くスタジオに、部屋が降ってきた。無量小路のテレポート能力で密室ごとテレポートしたMST48は、ついに密室から出ることなくMステ出演を果たしたのである。

 48人は練習してきたものを全て出し切って、力の限り歌い、踊った。密室の中で。

 彼女たちの勇姿を見ることは今後も無いだろう。

刊行シリーズ

独創短編シリーズ2 野崎まど劇場(笑)の書影
独創短編シリーズ 野崎まど劇場の書影