死神は機嫌が悪い "Blue 'n' Boogie" ⑦
*
「──ばいばい」
臼杵未央は笑いながら、南野梨杏を見送る。彼女はずっと南野梨杏と一緒に下校していたのだが、ここ数日はまったく同行していない。しかしそのことを、クラスの誰も気づいていない。
「あれ? 梨杏どうしたの? 急に出て行ったけど」
他の女子生徒がそう訊ねてきたが、未央は淡々と、
「さあ。トイレじゃない?」
と言うだけだった。
*
(──いた!)
階段から廊下に出たところで、私はすぐに竹田啓司の後ろ姿を見つけた。まだ教室に入っていなかったのは良かった。三年のクラスをひとつひとつ覗き込んで声を掛けるのはそこそこプレッシャーだ。私は彼が何組なのかも知らないし。わかっているのはただ、宮下藤花の彼氏というだけだ。
でも、今は──彼と話をしなければならなかった。
「あ、あの──!」
と私は彼に声を掛けた。だが……なにか様子がおかしい。
彼は振り向いた……ように見えた。だがそのまま、また背を向けてしまう。一回転した。
「えーと……」
とさらに声を掛けようとして、しかし……また彼はくるっ、と振り向いて、そしてすぐに背を向ける。
(……いや、違う──)
回っている。
ぐるぐる、とその場で回転している。
その顔がちら、と見えた。なんだか眼がうつろで、焦点が合っていない。
そして──そこで私はやっと気がついた。彼の足下に。
そこに──赤い線が現れていた。
ぐるぐる、と渦を巻くように浮かび上がっていて、そして──その端が横に伸びている。
廊下の窓の、外へと繋がっている。
(え──)
彼の身体は、その赤い線に沿って動いていた。以前の私が、自分の首を掻き切ろうとしたときみたいに、線の指示に従って……窓の外へ……
ここは五階──地面まで十数メートルはある。落ちたらまず、助からない。
(あ──)
私は──私の脳裏に、かつてブギーポップが言っていた言葉が浮かんでいた。
〝君はただ単に、いいひとなんだよ〟
私は、とっさに飛び出していた。ぐるぐる回っている竹田啓司に、どん、と体当たりして、彼を突き飛ばしていた。何も考えずに、反射的に動いていた。
彼はそのまま廊下に倒れ込んで、そして私は──
(あ――)
赤い線が、私の足の下にあった。そのぐるぐる模様の端の、窓外へと繋がるラインに──そして、
(──あ)
私は、自分でもわからない力に引っ張られて、自分の足でその窓枠を飛び越えていた。
空中に放り出されて、私は──なぜだろう、妙にほっ、としていた。
*
衝突音が校庭に響いた。それは鈍く、そしてささやかな重みしか伴っていなかった。