少女星間漂流記

神の星

 馬車が銀河を駆けている。

 無論、普通の馬車ではない。馬車を模した宇宙船だ。馬も御者も機械である。

 この銀河において、空飛ぶ馬車は決してメジャーなデザインではない。なのにそんなものが宇宙の闇を航行しているのは、この宇宙船の開発者が奇特な人物で、およそ空を飛びそうにないものを飛行させることにロマンを感じていたからである。

 その変わり者の科学者は、馬車の籠に揺られている。

 金髪の快活そうな少女で、名をリドリーと言った。

 リドリーは隣に座っている少女に言った。


「次こそ住める星だといいな」


 隣の少女、ワタリが答えた。


「期待はできそうじゃないかな」


 ワタリは黒髪で大人しそうな見た目をしていた。

 正反対な容姿の二人である。

 ワタリが窓の外を見ると、闇の中に行き先の星が見えた。


「だって、神の星と呼ばれているんでしょ」


 神の星に馬車は降り立った。

 リドリーが腰のポーチから小物入れを取り出し、馬車に向ける。すると、馬車はその中に吸い込まれるように収納された。携帯できる宇宙船なのだ。

 二人がいるのは町の真ん中だった。こぢんまりとした商店や食べ物屋、小さな民家が立ち並ぶ。町の人々は活気があり、それぞれが日課とする仕事に取り組んでいた。

 そんな光景を見渡して、ワタリが言う。


「よさそうな町だね」


 リドリーが答える。


「古い町並みだけど住みやすそうだ」


 リドリーはこの星の人たちや環境を観察していた。それは彼女が科学者だからだ。

 この星の人々は地球人によく似ていた。

 そして環境もまたワタリたちが住んでいた星、地球に近しいようだった。

 ただ、ひとつ違うのは、空気中を光の粒子が飛んでいること。

 クラゲのようにふわふわと漂っている光。それはどことなく幻想的な光景で、綺麗なものが好きなワタリはうっとりとして光を眺めていた。

 石畳の道を進むと、広場に人だかりができているのが見えた。何やらざわざわしている。人々の興奮した声も聞こえてきた。


「広場だ、広場に急げ」

「はやくしないと始まってしまうぞ!」


 それにリドリーが興味を引かれる。


「何か催し物でもあるのかな」


 二人も広場に向かった。人ごみをすり抜けながら、人だかりの中心を目指す。

 その途中で、誰かがこう呟くのが聞こえた。


「もうすぐ降臨されるぞ」


 ワタリが首をかしげる。


「……降臨?」


 リドリーが思案する。


「そんな壮大な言葉を使うからには……」

「ああっ! いらした!」


 誰かが叫んだ。


「我らが神よ!」


 広場にいた男が上空を指差すと、そこに光の粒子が集まっていく。

 集まった光は、人間の姿となった。

 威厳のある老人の姿へと。

 その老人は厳めしい顔をしていて、顎には豊かな髭を蓄えていた。白いローブに体を包み、腰には雷を連想させる刀剣を提げている。

 驚くべきことに翼もないのに宙に浮いていた。周囲にはきらきらと光の粒が漂っていて、神々しい。


「間違いないね」とリドリーが言った。

 あれがこの星の神に違いない。

 ここは神の星なのだから。

 神が口を開く。


「我らの子に祝福を授けん」

 

 神が右手を掲げる。

 すると中空から穀物の入った袋と酒樽が出現した。

 人々が熱狂し、穀物と酒樽へと殺到した。

 神が厳かに言う。


「取り合うことはない。汝らが望むもの、全てを授けよう。神を信じ、崇めたまえ」


 次々と食べ物を生み出す神を見て、ワタリが嬉しそうにする。


「この星に住んだら、食べ物に困ることはなさそうだね」

「そうだねぇ。無限に食べ物がもらえるなら助かるな。ワタリは食いしん坊だから」


 ワタリは少し恥ずかしそうにした。彼女は細身の割にはよく食べる。


「あの、あなたたち……」


 ワタリとリドリーに声をかける者があった。爽やかな青年だった。


「もしかして、他の星からの移住者ですか?」

「あっ……ああっ……」


 青年を見て、ワタリはリドリーの背後に隠れた。

 彼女は極度の人見知りで、初対面の人とは話ができない。

 だから、こういう時はリドリーが前に出る。

 リドリーは人好きする性格で、二人旅において外交は彼女の仕事だった。


「移住を検討している者です。私はリドリー。後ろの子はワタリと言います」

「私はシント。この星の人間です。早速ですが、神の星の人間としてあなたたちを歓待させていただけないでしょうか。どうでしょう、私の家にいらしては? この星の素晴らしさを伝えさせてほしいのです」

「お気持ちは嬉しいですが……」


 リドリーが苦笑する。


「初対面の私たちに、どうしてそんな親切を?」

「我らの神は、こう言われたのです」


 広場の中央に浮いている神を、シントはうっとりした瞳で見つめる。


「異邦人を愛せと。我らの神の素晴らしさを伝道し信徒を増やすことが、私たちの使命なのです。もちろん、無理強いはいたしません。私たちの暮らしを見て、気に入ったら移住してくれれば十分なのです。尤もきっとお気に召すと信じていますが」


 ワタリが上目遣いにリドリーを見る。


「どうしよう、リドリー……」

「ご厚意に甘えさせてもらおう」


 リドリーは観察眼に秀でている。声音や微妙な態度から、相手の心にやましいものがあるかどうかがわかるのだ。相手が自分たち人間に似ている種族ならなおのこと。

 そのリドリーによれば、このシントという青年は、全き善意の塊だった。

 

 二人が案内されたのは、中流階級の一軒家だった。

 シントが扉を開けると、一人の女性が出迎えた。


「お帰りなさい、あなた」


 シントはその女性と口づけをかわした。どうやら夫婦のようだ。

 シント夫人が、リドリーとワタリを見て言う。


「そちらの方々は?」

「旅の方だよ。この星に移住するか決めかねているらしい。だから、うちに来てもらった」

「まあ、そうなの。ぜひ今日は我が家に泊まっていってください。腕によりをかけた料理で歓迎いたしますわ」


 シントの妻は、たくさんの料理を作ってワタリとリドリーを歓迎した。

 料理はどれもおいしかったが、特にチーズタルトが絶品だった。タルト生地の焼き加減が絶妙でサクサクとした触感が素晴らしかった。 

 食事を楽しみながら、シントが尋ねた。


「お二人は、どうして移住先を探しているのですか?」


 ワタリは他人と話すのが苦手過ぎるので、シントの問いかけが聞こえていないふりをしてチーズタルトをもぐもぐと食べていた。

 だから、リドリーが答える。


「私たちの星が住めなくなってしまったからです。戦争と環境汚染のせいで。私たちの星の人間は各々が宇宙船で脱出し、新天地を求めて旅をしています」

「ああ、なるほど。地球人の方ですか。そのお話は、前にも別の旅人さんが聞かせてくれました」


 シントは納得する。


「その旅人さんも、今ではこの星の住人です。我らの神を見て、移住を決めたのですよ」

「その神ですが」


 リドリーはあくまで穏やかな口調で問う。


「広場で神が穀物と酒樽を生み出しているのを見ました。確かにすごい力です。でも、それだけで神と呼ぶのは大袈裟ではありませんか?」


 シントと妻は顔を見合わせる。そして、


「あーはっはっはっ!」


 二人して大声で笑った。


「なるほど。リドリーさんの疑問は尤もです。でも違うのですよ。食べ物が作れるだけなら、私たちだって神と崇めたりはしません。神は食べ物以外も恵んでくださいますよ」

「たとえば、何を?」

「何でも」


 リドリーが眉をひそめる。


「何でも……?」

「信仰さえすれば、我らが望むものは何でも」

「そう言うからにはシントさんも何か貰ったのですよね。いったい何を?」

「妻を」


 リドリーは和やかに笑った。


「面白い。結婚の斡旋もしてくれるんですね」

「そうではなく」


 シントは妻を愛おしそうに抱きしめて言った。


「私の妻は、五年前に亡くなっているんです」


 リドリーとワタリは驚きに目を見開く。


「まさか……」

「そうです。我らの神が蘇らせてくださったのです」


 シントは妻の髪を指で梳く。


「妻は私の全てだった。初恋の相手で、最後の恋の相手でした。その妻を亡くした時、私は何もかも失ったのです。生きる意味さえも……。そこに現れたのが、神だったのです」

「現れた? 土着の神ではないのですか?」

「さあ……難しいことはわかりませんが……突然、神は天から降り立ってきたのです。そしてこの星の人々の願いを次々と叶えていきました。妻もその時に蘇らせてくださった」

「天から降りてきた……」

「だから、ワタリさんとリドリーさん。私はあなたたちにもこの星に住むことを勧めるのです。銀河には数え切れないほどの星がありますが……断言します。この星よりも住みよい場所はありません」


 一瞬、シントは暗い目をした。


「お二人は、仲の良いお友達のようだ。こんなことは言いたくはないのですが……何かあってからでは遅いから言わせていただきます。……もし、どちらかに何かあったとしても、この星なら大丈夫なのですよ。私と妻のように」


 ワタリがテーブルの下で、リドリーの服の裾をぎゅっと握った。リドリーと死に別れる時を想像してしまい、不安になったのだろう。

 リドリーはその手に優しく握った。ワタリを安心させようとしている手つきだった。

 リドリーはシントに微笑む。


「一晩、考えてみます」


 その後、四人は楽しい時間を過ごした。

 シントが妻の自慢ばかりをするから、リドリーは負けじとワタリの愛らしさを自慢した。

 ワタリは自慢される恥ずかしさを誤魔化すように次々と料理を掻っ込んでいた。


 夜になると、ワタリとリドリーには客室が用意された。

 二人を客室に案内したシントが謝る。


「ごめんなさい。お客様用のベッドが一つしかなくて……」

「かまいません。二人で一緒に寝るのには慣れています」


 やがて寝る時間になって、二人は一緒にベッドに入った。

 しばらく横になっていると、ワタリが口を開いた。


「……リドリー、この星についてどう思う?」

「いいところだな。食べ物は無限にあるし、清潔だし、文明レベルも低くない。それに……何より死人を蘇らせられるのが気に入った」

「やっぱりそこだよね」

「ああ。ワタリが死んだら蘇らせたいし、私が死んだらワタリに蘇らせてほしい」

「そうしたらずっと一緒にいられるもんね」


 窓の外をリドリーは見る。

 光の粒子が、塵のように漂っている。


「……確かめないとだね。死人をちゃんと蘇らせてくれるかどうか」

「そのためには死体を用意する必要があるな……」


 少しの沈黙。


「ねえ、ワタリ……」


 突然、リドリーはワタリに覆いかぶさった。


「な……何?」


 リドリーは申し訳なさそうに苦笑しながら、ワタリを見下ろして言う。


「ごめんだけど、死んでくれる?」


 

 翌朝、ワタリとリドリーを起こそうと、シントが二人の部屋に入った。


「おはようございます。ワタリさん、リドリーさん」

「ええ、おはようございます」


 リドリーは返事をしたが、ワタリの方の反応がない。ベッドの上で眠ったままだ。


「どうしたんですか、ワタリさん」


 シントがワタリを覗き込む。その顔色が妙に青い。


「まさか……」


 シントがワタリに触れる。すっかり冷たくなっていた。呼吸をしていない。


「し、死んでる……」

 

 取り乱しそうなシントとは対照的に、リドリーが冷静に言う。


「なんか眠っているうちに、死んじゃったみたいですね。心臓の病気かも……。この子、よく食べるから」


 リドリーの手には小瓶が握られていた。中には毒薬が入っているのだが、慌てていたシントは気付かなかった。

 やや時間を置いて冷静さを取り戻したシントは、リドリーに言う。


「大丈夫です、リドリーさん。あなたは運がいい。この星の神を頼りましょう」


 

 ワタリの死体は、棺桶に入れられた。

 その棺桶を荷台に乗せて、リドリーとシント夫妻は神殿へと向かう。

 その神殿に神がおわすと言われているのだ。

 神殿には既に多くの人が集まっていた。みな、願いを叶えてもらいに来ているのだ。

 昼頃に神殿に着いた二人だが、実際に神のいる部屋に通されたのは夕方近くになった。

 ようやく順番が回ってきて、神の部屋に入れるようになった。

 リドリーはシント夫妻に言った。


「ここからは私とワタリだけで向かいます。案内してくださってありがとうございます」


 シント夫妻はリドリーに向かって祈りを捧げてから、言った。


「あなた方に神の祝福があらんことを」


 棺桶と共に、リドリーは神の部屋に入った。


 神の部屋の中央に厳かな祭壇があって、その上方に神は浮いていた。ステンドグラスから差し込む七色の光が神を神々しく照らしている。

 神はリドリーと、その傍らにある棺桶を見下ろして尋ねた。


「迷える子羊よ。汝の望みを言うがよい」


 リドリーは棺桶の蓋を開けた。目を閉じたワタリが顔を覗かせる。


「私の友達が死んでしまったのです。どうか蘇らせてはくれませんか」


 およよとリドリーは泣き崩れた。彼女の手には密かに目薬が握られている。

 神はワタリの骸に触れる。ワタリが死んでいることを確かに確認して、言った。


「可哀そうに。だが、もう泣かなくてよい。汝の望みを叶えよう。その代わりに誓うのだ。私を信仰すると」

「友達さえ蘇れば、その通りにいたします」


 祭壇の近くには土の入った壺があった。

 神が手の平にその土を掬って、こぼす。液体のようにどろりとした土だった。

 零れていった土は、粗雑な人形を作っていった。


「この土くれに魂を下ろす」


 この星の大気を漂う光の粒子が、人形へと入り込む。粗雑な人形が形を変える。

 土は女性の肢体を形作る。頭部から長い黒髪が生えた。


「これは驚いた……」


 リドリーが目を見張る。土くれの人形は、裸体のワタリに変わっていた。

 裸体のワタリはリドリーに抱き着いた。


「リドリー、また会えてよかった……」


 リドリーは尋ねる。


「ワタリ、君は本当に蘇ってきたのかい?」

「そうだよ。昨晩、眠っている間に死んでしまった私の魂を、神様が救済してくださったの。冥府を彷徨っていた私を、光へと導いてくださったのよ」


 ワタリは神に向かって指を組んで言った。


「感謝します。我らの神よ」


 ワタリは神に感謝を捧げながら、リドリーに言う。


「ほら、リドリーも一緒に」


 そんなワタリを冷めた目で見つめながら、リドリーは言う。


「ワタリ。君の魂は冥府とやらにいたんだな。つまり魂は肉体を離れていたわけか」

「死んでしまったんだもの。当然でしょ?」

「当然じゃないんだな、それが」


 ワタリは裸体のリドリーから離れると棺桶へと近付いた。そして棺桶の蓋を少しだけずらして開けた。続けてポケットから小瓶を取り出す。中には緋色の液体が入っている。小瓶を隙間から差し込んで骸のワタリに垂らした。

 途端、棺桶の蓋が、がたりと床に落ちた。

 ワタリの死体が起き上がっていた。


「リドリー、酷いよ……。毒薬を飲ませるなんて」

「あとで生き返らせるって言ったじゃないか。それに、必要なことだったのでね」


 裸体のワタリと神が目を剥いて、棺桶の中のワタリを見つめていた。

 神が言う。


「確かに死んでいたはず……」

「ごめんなさい、神様。私はあなたを騙しました」


 リドリーは続ける。


「私は科学者です。人を仮死状態にする薬の持ち合わせがあります。それでワタリを仮死状態にしたのです。神様に本当に人を復活させる力があるかどうかを試すために」


 けれど、どうやら嘘とわかったので、ワタリを蘇生薬で目覚めさせたのである。

 神は静かな怒りを孕ませた声で言う。


「汝の行いは許されざる冒涜である」

「それはお互い様だと思いますけどね。神様、あなただって人を騙している。あなたは人を蘇らせることはできないんでしょう? 偽者を作るのが限界だ」


 神は沈黙した。肯定の沈黙だった。


「これは推測だけど、この星を漂っている黄金の粒子、アレこそがあなたの正体なのでは? 別の星で、似た生態の生き物を見たことがあります。きっとあなたたちは、信仰心を糧に存在する宇宙生物。だから、願いを叶える見返りに信仰を求めるのでしょう。信仰が満ちれば満ちるほど、あなたたち光の粒子は数と力を増す。ちょっとした奇跡も起こせるほどに」


 神は苦々しい顔をする。


「シント夫人とワタリについては、あなたたち光の粒子が人形の中に入ることで、蘇ったふりをしていたのでは?」


 神は観念したように答えた。


「如何にも。我らは異星から移住してきた生物である。我らの星では、科学技術が発展し、神への信仰心が薄まってしまったのだ。もはやあの星は、我らの生存できる環境ではなかった」


 喋るうちに神の声には明確な怒気が籠り始める。


「汝らは、我らのことを暴きに来たのか。かつての我らの星の生物と同じように」

「いいえ。そんなつもりはまったくありません。ただ、私たちは純粋に知りたかっただけなのです。本当に人を蘇らせられるかどうか。それが可能なら、私たちはこの星に永住するつもりでした。けれど……偽者なら、私はいらない」


 そう言った瞬間、裸体のワタリはボロボロと崩れて土に戻った。


「行こう、ワタリ」


 リドリーは棺桶の中のワタリに手を差し伸べて立たせた。そして部屋の出口に向かおうとする。

 だが、それは阻止された。

 突如、部屋の中の土くれが兵士となり、二人の前に立ちはだかったのだ。

 兵士は手に槍を持っている。

 神は言った。


「秘密を知った以上、行かせるわけにはいかぬ」

「正体を暴きに来たのではないと言ったはずです。もちろん、ばらす気もない」


 だが、土くれの兵士が引く様子はなかった。


「信者でない者の言葉は信じられぬ。我らが星を追われたのは、信仰心のない者たちの所業故。奴らもまた自らを科学者と名乗っていた」


 土くれの兵士たちは槍を構えて、二人へと襲いかかった。


「お前たちにはここで死んでもらう」

 

 穂先が二人の少女の心臓を狙った。

 リドリーに躱す力はない。彼女は頭が良い代わりに、運動神経が極めて悪いのだ。

 だが、リドリーの目に、恐れはない。

 ぱきんと音がして、兵士たちの槍が砕け散った。

 ワタリだった。長いスカートから覗く白い足が、槍の穂先を横合いに打ち砕いていた。

 ワタリはリドリーを背後に庇う。そこに、人見知りの少女の面影はない。

 二人は多くの星を渡ってきた。中には危険な星も無数にあったが、それらを乗り越えられたのは、このワタリという少女によるところが大きかった。

 ワタリは普段こそ頼りないが、こと戦闘においてこれ以上頼れるものはないほどに強いのだ。

 ワタリはドレススカートの下からコンバットナイフを取り出すと、それで土くれの兵士たちを切り刻んだ。一瞬で、兵士たちは土へと戻った。

 ワタリは、コンバットナイフを神様へと突き付けて言った。


「……逃がしてくれないなら、殺します」


 応じるように、神は雷の剣を抜いた。


「愚かな。私は信仰心を強さに変える生き物。信仰が満ちた町で、私に勝てるとでも?」


 神とワタリが衝突する。二人は激しく斬り結んだ。

 恐ろしいのはワタリだった。彼女は強烈な運動能力で祭壇を天地もなく飛び回る。スカートの下から多種多様な武器を取り出し、大立ち回りをした。超常的な生物に対しても、拮抗する戦いを見せたのだ。

 ワタリが存分にその力を見せつけたと判断したところで、リドリーが割って入った。

 ちょうど二人の戦いが膠着した瞬間を狙って声をかける。


「逃がしてくれないなら、ワタリを勝たせますよ」


 リドリーはポケットから手のひらサイズの機械を取り出した。それは多機能を搭載した便利アイテムだった。録画機能もある。リドリーが機械を操作すると、空中に映像が投射された。

 神が自分の正体を暴露している場面が再生される。

『如何にも。我らは異星から移住してきた生物である。我らの星では……』

 神が悔しそうな顔をした。


「あなたは信仰心を強さにする生き物でしたね。これ以上戦う気なら、私は広場でこの映像を再生します。あなたへの信仰心も少しは揺らぐんじゃないでしょうかね。弱体化しても、ワタリに勝てると思いますか?」

「貴様……」


 神は逡巡の後、震える手で雷の剣を鞘へとしまった。

 

 二人が神殿を出ると、シント夫妻が出迎えた。

 ワタリとリドリーを心配して、待ってくれていたのだ。

 夫妻はワタリの姿を見て、我がことのように喜んだ。


「ああ、よかった。蘇らせてもらえたのですね」


 リドリーは微笑んで答えた。


「ええ。神様はとても偉大な方でした。あの力は間違いなく本物ですね」

「そうでしょうとも! では、お二人も是非ともこの星に……」

「そうしたいのですが、ごめんなさい。それはできません。私は神様の前で失礼を働いてしまったのです。この星に住むお許しをいただけませんでした」


 シント夫妻は消沈した。


「そうですか……」


 リドリーはポケットから宇宙船を収納している小物入れを取り出した。蓋を開けると、馬車を模した宇宙船が飛び出した。


「ご夫妻には大変お世話になりました。あなたたちに会えてよかった」


 シントは二人に言った。


「きっとまたいらしてください。たとえこの星に住めなくとも、あなたたちはもう私の友人です。妻と一緒に歓迎します」

「ええ、きっと」


 ワタリとリドリーは馬車に乗り込む。

 機械の馬の蹄が地面を蹴ると、馬車は上空へと飛び立った。


 馬車はあっという間に宇宙まで飛んだ。

 車窓から神の星を見つめて、ワタリが言った。


「良い星だったね。良い人がいて、良い神様がいて……」

「うん」


 リドリーは一応肯定した。肯定した後、言った。


「でも結局誰も救われない」


 土くれでできたワタリと、シント夫人の姿が重なる。

 そして人形を心から愛しているシントの幸せそうな顔が浮かんだ。

 彼は食事の席で楽しそうに妻を自慢していた。その正体を知ることなく……。 

 神が偽物とバレる日だって、そう遠い未来ではないとリドリーは思う。だって自分たちに暴くことができたのだから。


「ところで、リドリー……」

「うん?」

「もしあの神様が本物だったら、どうするつもりだったの。土くれから作り出した私も、本物の私ってことになって、私が二人になっちゃうけど……」

「なんだ、そんなことか。別に二人いたっていいじゃないか。戦力は一人でも多く欲しいからね」


 リドリーはワタリに向かってお茶目っぽくウインクをした。


「二人とも大事にするよ」


 ワタリの頬に微かに朱が差した。


「また適当なこと言って……」

「適当じゃないさ」


 リドリーも、窓から神の星を見た。そして思った。


「もし旅でワタリを失ったら……迷った挙句……私はまたあの星に来てしまうんだろう」

 

 神の星。

 そこにいるのは偽物の神。

 けれど、信徒が信じるならば、与えられる救いまで偽物とは限らない……。

刊行シリーズ

少女星間漂流記2の書影
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