少女星間漂流記
鳴の星
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
その星へ降り立ったワタリとリドリーは、一人の星人に出迎えられた。
二人に話しかけてきたのは、口が非常に大きな星人だった。体の半分が口で出来ているのではないだろうか。
頭からはアンテナのような角が二本ほど生えており、電波を探しているかのように伸縮を繰り返している。
「お待ちしておりました。私たちの星は、旅人さんを歓迎しておりますのでね!」
歓迎的な星人に反して、ワタリは不安そうだ。
「大丈夫かな、リドリー……」
好意的な態度を装って、罠にはめようとしてくる異星人を二人は何人も見てきたのだ。
けれど、リドリーは答える。
「少なくとも悪意は感じられないよ」
リドリーは、対峙した相手の感情を感じ取る能力に秀でている。
だから、リドリーは星人ににこやかに応じた。
「お邪魔させていただきます。私たちは旅の者。私がリドリー、こちらがワタリです」
星人は白い歯を見せて、はきはきと喋る。
「旅のお話をね、聞かせてくださいよ。この星は大した娯楽もないところなので、旅人さんのお話を聞けるのが数少ない楽しみなんですよね」
なるほど、そういうことなら旅人に好意的なのも納得がいかないでもない。
「あっ、お疲れですよね。宿にご案内いたしますよ。この星で一番の宿に。といっても大したところでないんですが」
リドリーが微笑んで答える。
「そうですね。長旅で疲れていますし、お言葉に甘えさせていただきます」
「宿にご案内いたしますよ!」
その時、新たに別の星人がひとりやってきた。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
その星人もまた大きな口で叫ぶように挨拶をしてくる。
「お待ちしておりました。私たちの星は、旅人さんを歓迎しておりますのでね!」
リドリーは愛想笑いを返した。
「ええ、じっくりこの星を検分させていただこうかと思っています」
「旅のお話をね、聞かせてくださいよ。この星は大した娯楽もないところなので、旅人さんのお話を聞けるのが数少ない楽しみなんですよね」
「はい、機会がありましたら……」
リドリーは最初の星人に声をかける。
「では、宿にご案内していただけますか?」
最初の星人が答えた。
「あっ、お疲れですよね。宿にご案内いたしますよ。この星で一番の宿に。といっても大したところでないんですが」
けれど、最初の星人は動かない。爽やかに笑っているだけだ。
リドリーが困り笑いを浮かべる。
「あの……宿に……」
さらに足音が近付いてきた。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
加えてもう一人、三人目の星人がやってきていた。大きな口でにかっと笑って挨拶をしてくる。
リドリーは会釈だけ返す。
最初の星人がリドリーに言う。
「旅のお話をね、聞かせてくださいよ。この星は大した娯楽もないところなので、旅人さんのお話を聞けるのが数少ない楽しみなんですよね」
「話なら宿でしますよ。ですから宿へ連れて行ってください」
「あっ、お疲れですよね。宿にご案内いたしますよ。この星で一番の宿に。といっても大したところでないんですが」
「人の話を聞いていますか?」
さらに足音がした。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
また新たに星人が現れていた。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
もう一人、星人が。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
重ねて星人が。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
気付けばワタリとリドリーは、たくさんの星人に囲まれていた。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
星人の声が合唱される。
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
「ようこそいらっしゃいました、我らの星へ!」
ワタリがスカートの下からナイフを取り出した。リドリーの腕を掴み、自分の傍に引き寄せる。
「宿にご案内いたしますよ!」
星人たちは一斉にワタリとリドリーに襲い掛かった。
「はぁ……結局宿では休めなかったね」
星を発った馬車の中で、二人はため息を吐いた。
無数の星人に襲われた二人だが、ワタリが全てを蹴散らし、どうにか星を脱出できたのである。
「どっと疲れたよ」と言うワタリはぐったりしている。
「お疲れ様、ワタリ。また助けられちゃったね」
リドリーはワタリをねぎらって、板チョコを一枚差し出した。
「チョコ!」
チョコが大好物なワタリは小躍りしそうになった。
もらった板チョコをべろべろと舐めながらワタリが尋ねる。
「結局、あの星の人たちは何だったの? 全然話が通じなかったけど。銀河共通語をこっちは話してたのに」
ちょうどその時、リドリーの持つ多機能機械が星人の脳の解析を終えたところだった。
ワタリが殺した星人の首をリドリーは持ち帰り、彼らがどういう生き物だったのかを調べていたのだった。
解析結果を見て、リドリーは「……なるほど」と呟いてから説明を始めた。
「通じるはずがなかったね。彼らは言葉を話していなかったんだ」
「え? どういうこと? 言葉は話していたよ。ようこそいらっしゃいましたとか言ってたもの」
「あれはただの鳴き声だ。どうやらあの星人たちはインコやオウムと同じようなものらしい。彼らはアンテナみたいな触角によって、捕食対象の脳を読み取る能力を有していた。対象が使う言語をコピーするんだ。特に歓迎の言葉を優先的に話す習性を持っていたようだ。捕食対象を油断させ、その隙に襲って食べるのさ」
ワタリが青ざめる。
「じゃあ……最初から会話は成立していなかったってこと?」
「そういうこと。私たちは鳥がピーピー鳴いているのに対して、一生懸命言葉を返していたにすぎない」
ワタリが顔をしかめて言った。
「気持ちの悪い星……」
「そうかな?」
対してリドリーは大して気持ち悪がっていないようだった。
「だって、そうでしょ。言葉が通じているようで、本当は通じてないなんて。気味が悪いよ」
「そう言うけどさぁ……」
リドリーはからからと笑った。
「地球人も、そんなやつばっかりだったよ?」
言葉を話せることと、会話が成立することの間には深い溝がある。
リドリーが住んでいた星には、自分が一方的に話すばっかりで相手の話は聞こうとしない連中がたくさんいたのだ。
だから、あの異星人も地球人もリドリーからすれば大差ない。
リドリーはちょっとやさぐれた様子で、解析の終わった首を車窓から放り捨てた。もう必要なかった。
首や緩やかに回りながら、銀河の闇へと消えていった。