謎の星

「うわぁああああああああああああああ! やめてくれぇえええええええええええええ!」


 ばき、ごり、ぐしゃ、じゅる。

 ワタリとリドリーの目の前で、人間が喰われている。

 人喰いの怪物。頭は人間の女で、体は獅子だった。

 獣の両手で男を掴み、女の口で貪っている。

 ごくりと喉が動いて、男が怪物の腹の中へくだっていったのがわかった。

 女の唇は血で濡れていて、それがまるで口紅を塗っているかのように妖艶だった。

 その口で、人喰いの怪物は謡うように言う。


「さて、謎かけを続けよう」


 答えられなければ、二人の少女もまた先の男と同じ末路を辿る。

 

 いつものように星間航行をしていた時、リドリーの探知機がある星に反応を示した。


「移住できそうな星が見つかったの?」

「そうじゃない。でも探知機が示すには、その星にはたくさんの財宝があるみたいだ」


 リドリーは財宝……特に宝石が大好きだ。


「お宝を頂きに行こうか」


 宇宙を駆ける馬車が、発見した星へ馬首を向ける。が、ちょうどその時、


「あっ、宇宙船……」


 車窓から景色を眺めていたワタリが、別の宇宙船がその星へ向かっているのを見つけた。

 リドリーは直感する。あの宇宙船も宝を求めて急行しているに違いない。でなければあんな辺鄙な星に向かうわけがない。


「急ぐよ」


 馬車の速度が上がった。


「宝石を取られてなるものか」


 馬車は吸い込まれるようにその星へ下りていった。


 二つの宇宙船はほとんど同時にその星に降り立った。

 そこは砂の星だった。金色の砂漠には転々と白い石のようなものが埋もれている。

 馬車から降りた二人は、もう一方の宇宙船から降りてきた男と鉢合わせた。 

 ガラの悪い男だった。暗い目つきは、闇稼業に従事している者のそれだ。

(銀河盗賊っぽいな……)とリドリーは思う。

 男とリドリーの目線が合う。目が合うだけで通じ合うものが二人にはあった。

 同じ穴の狢であることが一目でわかったのだ。


「クソが! ついてくんじゃねえぞ!」


 男はリドリーに吐き捨てて、駆け出した。


「お宝は俺様のものだ!!」

「あっ、待て! 待たないと殺すぞ!」


 リドリーは追いかけようとしたが、すぐに諦めた。彼女は足が遅いし、体力もない。


「どうしよう、ワタリ。お宝が横取りされちゃう……」


 男をどうにかしてほしいとリドリーの目は訴えているが……。


「リドリー……。強欲ははしたないよ」


 ワタリはリドリーと違って、財宝や宝石にそれほど関心はない。足ることを知る人間だった。


「少し宝石が手に入ればいいじゃない」

「そんなぁ……」


 二人はゆっくりと星の探索をすることになった。


 探知機に従って、財宝の反応がある方へと進む。

 金色の砂漠を歩いていると、三角錐の巨大な建造物が見えてきた。


「どうやらあの建造物の中にお宝があるみたいね」

「ああ。楽しみだ……」


 黄金の建造物を見つめるリドリーの目はぎらついている。中の金銀財宝を想像しているのだ。

 建造物へと近付くと、背後から駆けてくる足音がした。 

 さっきの男が大急ぎでやってくるところだった。手には財宝を探知するための機械を握っている。


「お宝の横取りはさせねえ! 殺すぞクソガキども!」


 どうやらリドリーの持つ探知機の方が、男の持つそれより性能が高いようだ。いつのまにか追い抜いていたらしい。


「く、急ぐぞワタリ」


 ワタリの手を引っ張って、リドリーは建造物へと進む。

 ちょうどその時、三人の前方で強烈な砂嵐が渦巻いた。


「!」


 大量の砂が霧のようになって、視界が遮られる。


「うっ……」


 三人はひるんだ。砂が目に入らないように瞳を閉じ、手で顔を庇う。

 砂の霧が晴れて、次に目を開けると……


「なんだこいつは!」


 思わず男が叫んだ。

 三人の目の前に、巨大な生き物が現れていたのだ。

 それは怪物だった。女の顔に、獅子の体を持った怪物。

 体高は十メートルを超えていて、冷たい目つきでリドリーたちを見下ろしている。

 怪物の口が動いた。


「我は財宝の守護者。この先には通せぬ」

「財宝の守護者だと……」

「王家の宝を狙う盗賊どもから宝を守っているのだ。そう、貴様らのような薄汚い連中から」


 男が腰の銃に手をかけながら言う。


「取って喰おうって言うのか」

「それはお前たち次第だ」


 怪物はいやらしく笑った。


「私はお前たちを試す。宝を得るに相応しい者かどうか。さあ、私に知恵を示すのだ」

「知恵……?」

「我の謎かけに答えよ。答えられれば財宝を明け渡してやる」

「ケッ、謎かけねえ」


 男は怪物を嘲笑う。巨大な怪物を前にしても、男は恐れる様子がない。おそらくは何度もこういう場面を切り抜けてきたのだろうとリドリーは推測した。


「なるほど、つまりその謎かけに答えられなかったら……?」

「取って喰う」


 女の口は、人間を一飲みにできそうに大きかった。


「無知なる者に生きている価値などない」

「ま……待って……!」


 ワタリが大きな声で言う。


「私たち、もう帰ります! 全然、お宝目当てじゃないので……逃がしてください」

「それは叶わぬ。謎かけは既に始まっている」

「わかりました!」


 即座にワタリは逃走を諦めて、怪物を殺すことにした。恐ろしいほどの切り替えの早さだった。

 スカートの下からナイフを取り出して、怪物へと駆け出す。


(平和的に逃げられないなら、殺して退路を確保する)


 判断は冷酷に迅速に。そうでないとこの銀河ではとても生きていけないのだ。

 瞬きの間にはワタリは怪物の眼前に迫っていた

 高く跳躍し、怪物の頭部へとナイフを振う。


(このまま、脳天を貫く……!)


 刀身が日の光を受けて煌めいた。

 しかし、人喰いの怪物は怖じる気配すら見せず、淡々と呟く。


「伏せよ」


 途端、ワタリの体が地面に叩きつけられた。物理法則を完全に無視した動きだ。

 まるで怪物の言霊が、重圧となってワタリに襲い掛かったかのよう。


「う……ぐ……!」

「ワタリ……!」


 どれだけ力を入れても、ワタリは立ち上がることすらできなかった。


(ありえない。ワタリはトン単位の重さにも難なく耐えるんだぞ……)


 その光景を見て、リドリーは理解した。


「……なるほど、確かに謎かけはもう始まっているらしいな」


 星を巡っていると、こういうことがたまにある。

 物理的な力ではなく、独自の法則によって支配されている星。

 その法則がものを言う星では、純粋な力の強さなど無価値なのだ。

 この星では、謎かけに正答できるかどうかで全てが決まるのだろう。

 そして謎かけの邪魔をする者は、問答無用で排除される。強硬手段で謎かけを突破しようとしたワタリのように。

 人喰いの怪物はワタリを見下ろして言う。


「この者は、法則を犯した。もはや謎かけに答える資格はない」


 怪物の顔がワタリに近付く。耳まで裂けそうな口が開かれた。


「ひっ……」


 生臭い吐息が、ワタリの恐怖を掻き立てる。たまらず涙目になった。

 だが、そこでリドリーが怪物に声をかけた。


「待て、取引をしよう」


 リドリーの言葉で怪物は止まった。口は開いたまま、横目にリドリーを見つめる。


「私が謎かけに答えられたら、財宝はいらない。代わりにその娘を助けてくれ」


 怪物はすぐに応じた。


「よかろう。どうせ答えられぬ。この謎かけに答えられた者は一人もいないのだからな」


怪物の言葉には確固たる自信が満ちていた。

 怪物はワタリから離れて、リドリーと男を見据えた。


「では謎を問おう」


 怪物の口が、謡うように動いた。


「ある旅人が人喰いの怪物に追い詰められていた。怪物の大きな目は旅人の方を向いており、人を丸呑みにできる大きな口が旅人の眼前に迫っている。しかし、旅人は喰われなかった。旅人が窮地を乗り切った方法を示せ」


 まるで自分たちの状況を嘲笑っているかのような内容の謎かけだ。

 怪物は付け加えた。


「制限時間は日が沈むまでだ。先に正解した方の願いのみを叶える。残った者は喰うから急ぐがいいぞ」


 地球で言うところの太陽に相当する星が、低い空に光っていた。今は夕刻に差し掛かろうという時間帯だ。

 刻限を決められても、リドリーと男は動かなかった。

 答えを導くには、あるいは確定させるには情報が足りないのだ。

 それを見透かしたように、怪物は卑しい笑みを浮かべて言った。


「では、質問を一回だけ受け付けてやろう。早い者勝ちで、どちらかの質問にだけな」


 その言葉で、男とリドリーが素早く動いた。

 男は腰のホルスターから拳銃を、リドリーはスカートを翻し、太腿のホルスターからレディースのピストルと抜いていた。

 ふたつの銃声が響く。

 だが互いの弾丸が狙ったのは怪物ではない。

 リドリーは男を、男はリドリーを狙って撃っていた。


「う……ぐ……」


 リドリーは手を抑えながら呻く。レディースのピストルは砂地に落ちていた。

 リドリーの白い手から滴り落ちる鮮やかな血を、怪物が熱っぽい視線で見つめていた。


「悪いな、嬢ちゃん。早撃ちじゃ俺は負けなしなんでね」


 撃ち合う二人を見て怪物がからからと笑っていた。

「愉快愉快。追い詰められた連中が相争う姿は、いつ見ても無様よな」


 男はリドリーに言う。


「本当はぶち殺して黙らせるつもりだったが……。法則ってやつか? 妙な力が働いて急所を狙えなかったぜ。解答者が謎かけ以外の要因で排除されるのを防いでいるらしい」


 男はリドリーの体に銃を突きつける。


「俺に従いな。質問は俺が決める」

「誰がお前の言うことなんて……」

「もう少し痛い目に遭わなきゃわからないか? 今度は足に風穴を開けてやろうか。クク……殺せない分、楽しいことになるかもな。俺は女の悲鳴が好きだからよ」

「……君に従おう」


 リドリーに選択肢などなかった。


「さて、謎かけに戻るか」


 男は謎かけの内容を思い出す。


(旅人が人喰いの怪物に追い詰められていた。なのに喰われなかった。どうやって乗り切ったか、だったかな)


 最初に何の質問をするか、男は決めていた。


「こう聞くことにしよう。『その答えに超常現象は関わってきますか?』ってな」


 もし超常現象が関わってきているなら、答えのパターンが無限大になってしまう。例えば『旅人が超能力で怪物をやり過ごした』などという解答が可能になってしまうからだ。

 だが、リドリーは薄く嘲笑う。


「……センスがないな、その質問は」

「なんだと」

「聞く価値のない質問だと言っているんだ。超常現象が関わっている答えのはずない」

「ほう、何故そう断言できる」

「この星は謎かけにまつわる法則が支配している。謎かけの遂行に関して『絶対的な力』が働くようだ。だが、根本的に正答できない謎かけがその『絶対的な力』にあやかれるとは思えない。それは謎かけじゃないからね。何より……」


 リドリーは頭上の怪物を見上げる。

 怪物は地を這う虫けらを見るような目でリドリーたちを見下ろしていた。


「あの化け物の顔を見てみなよ。自分の謎かけに絶対の自信があるという顔だ。ナンセンスな解答で勝ちを誇るような低次元な奴ではないだろう。だから、この謎かけは『筋道を立てて考えれば正解できるのに、誰も正解できていない』と考えるべきだ」


 怪物は嗤った。


「おほほほほほ……。我のプライドに関わる問いだから特別に答えてやろう。超常現象など、そんなくだらぬ答えを我は用意しない。お前たちは正々堂々、我の謎に敗れて死ぬのだ」

「くっ……」


 苛立った男はうっかりリドリーを撃ちそうになった。生意気な小娘は嫌いだ。

 リドリーの言葉を無視して、意地になって先の質問をしそうになる。けれど、辛うじて思いとどまった。たった一度の質問の機会を無駄にするわけにはいかない。


「……なら、こう聞くか。『その旅人は、謎かけに答えることで窮地を乗り切りましたか』と」


 謎かけを聞いた時、まずこう思った。状況が自分たちに似ていると。

 ならば、その謎かけに出てくる怪物もまた、謎かけを出してくる怪物なのではないか。

 つまり旅人は謎かけに正答して喰われるのを免れたのではないかと男は考えたのだ。

 だが、リドリーは首を振る。


「その質問もナンセンスだ」

「なんだと」

「考えてごらん。その解答は、これまでの解答者全員が思いついたはずだ」

「そうだ。こんな状況になれば誰もが思いつく。だからこそ、誰もこの解答をしなかったのかも。こんな誰もが思いつく解答が正当であるはずがないと考えて……」

「周りを見なよ」


 リドリーに言われて、男は周囲を見る。

 砂漠のあちこちに白いものが埋まっている。


「宝に目がくらんで気付かなかったが……全部、骨だ。おそらく前の解答者たちだろう。喰われた解答者の数は十や二十じゃすまないはず。確率として……ありうるだろうか。それだけの数の解答者が、さっきの解答をしなかったなんてことが」


 男はそこでやっと認めた。リドリーの方が自分より頭がキレることを。

 なら、質問の内容はこの娘の意見を聞いて考えた方がいい。男は野蛮だが、ある程度の合理性は持ち合わせている。


「…小娘、お前ならなんて質問するんだ」

「そうだな……」


 リドリーは思案してから言った。


「『怪物には旅人が見えていたか?』でどうだろう」

「なるほど、悪くねえ質問だ」


 怪物が盲目なら、何らかの理由で旅人を逃してしまうこともあり得そうだ。


「質問はそれでよいか?」と怪物が確認をしてきたので、二人は頷いた。

 男ではなくリドリーが問う。


「怪物には旅人が見えていたか?」


 人喰いの怪物は答えた。


「怪物に旅人は見えていなかった」

「よし……!」


 怪物の答えを聞いて、男は踊り出したくなった。


(怪物には旅人が見えていなかった。これがわかったら、もう正解に至ったも同然じゃねえか!)


 男の頭脳が働き始めた。


(つまり怪物は盲目だったんだ。盲目の怪物が人を喰うなら、頼りにするのは触覚、聴覚、嗅覚。触覚か嗅覚が鋭敏なら旅人には打つ手がない。逆説的に、乗り切れるのは聴覚のみに頼っていた場合だけ)


 そして男は見事、解答を導き出した。


(怪物は音を頼りに人を喰う生き物だったんだ。旅人は物音を立てないことで窮地を乗り切った)


 答えが分かった時、男は思わずリドリーを見た。案の定、彼女の方も解答に至ったようで、ハッとした顔をしていた。

 だから、男は焦りながら声を張り上げた。


「答えがわかった! 俺が先に答える!」


 リドリーに答えさせるわけにはいかない。

 怪物はこう言っていたのだから。先に正答した者の願いだけを叶える。残った者は喰うと。

 怪物が男に言う。


「では男、答えるがよい」


 解答権が自分にあると確定したことで、男はますます狂喜する。これで自分が生き残ったのも同然だ。

 男は怪物に向かって、大声で告げた。


「答えはこうだ。『男は物音を立てないようにした』」


 怪物は睥睨して、問う。


「それがお前の答えでいいな?」

「ああ、さっさと宝をよこしな」


 途端、男の体に異変が起きた。


(う……動かねえ!)


 まるで金縛りにでもあったかのように、全身が動かなくなったのだ。

 それで男は直感した。


(ま、間違えたんだ)


 謎かけに敗れたことで、星の法則が男を拘束したのだ。


(でも、ありえねえ。今のが誤答とはとても。他の解答があるとでも。いや、そんなはず。だって怪物は目が。聴覚しか)



「では」


 怪物の手が男へと伸びてくる。そして、壊れ物を触るかのような手つきで男を掴んだ。死に抱かれ、男はもう考えることができなくなった。頭の中は真っ白だ。


「うわぁああああああああああああああ!」


 男の体が持ち上がる。巨大な女の顔が、口づけをするかのように男へと近付いていった。


「やめてくれぇえええええええええええええ!」


 ばき、ごり、ぐしゃ、じゅる。

 怪物は艶めかしい微笑みを浮かべて、男を噛み砕く。


「ああ、うまい。うまい」


 喉がごくりと動いて、男は女の腹に収まった。


「さて、謎かけを続けよう」


 怪物はいやらしい目つきでリドリーを見下ろした。


「お前の答えは?」

「…………」


 リドリーは黙ったままで動かない。

 目の前の惨劇に、何より正答に違いないはずの解答が間違っていたことに呆然としているようにワタリには見えていた。


(リドリー、もう解答が思いつかないんだ)


 無理もない。傍から聞いていても、さっきの男の答え以外の正解があるとは思えなかった。

 別の解答を探すにしても、もう質問する権利もない。


(……詰みだ)


 怪物が顔をリドリーに近付けると、血腥い吐息が彼女の全身を撫でた。


「どうした、怖くて声も出ないか」


 怪物はリドリーを嘲笑った。


「忘れるなよ。制限時間はあの日が沈むまでだぞ」


 怪物の爪が差す方向には、傾いている日。

 怪物は、リドリーから離れると今度はワタリへと近付いた。

 動けないワタリの真上で、怪物の口が開いた。長くて赤い舌が、ワタリの顔を舐めた。


「ひっ……!」


 ワタリはされるがままだ。


「ああ、可愛い。喰ってしまいたいほどに可愛い。今すぐ……」


 透明の粘液がワタリの全身を濡らしていく。


「お前の相棒は、答えを口にする勇気すらないようだぞ。そんな女に命運を握られるなど哀れな娘だな」


 舌に嬲られながら、ワタリは空を見た。

 日が沈んでいく。ゆっくりとだが確実に。

 ワタリは理解した。あの日が自分の命の刻限なのだ。

 途端、強烈な恐怖がワタリを支配した。目の前で喰われた男の姿が蘇る。

 痛そうだったな、苦しそうだったな。あんな風には死にたくない。


「リ……リドリー、助けて……」


 ワタリは縋るような……けれど諦めている目つきで、リドリーを見た。

 しかしワタリの言葉にすらリドリーは返事をしてくれない。沈黙を保ったままだ。

 だが、

 ワタリはあることに気付いた。


「リドリー……」


 リドリーの目つきは、諦めている者のそれではない。

 言葉こそ返さなかったが、その眼は言葉以上に雄弁に語っていた。

 ――私を信じろ、必ず勝つぜ。

 だからワタリは怯えるのも諦めるのもやめた。

 おぞましい舌が這う感触にも耐え、ただその時をじっと待つことにした。

 ワタリは知っている。


(ああいう眼をしたリドリーは、必ず勝つんだから)


 日が落ちていく。

 それにつれて、どうしてか怪物が狼狽し始めた。


「馬鹿な。本当に答えぬつもりか。答えればまぐれで正答に至る可能性があるというのに」


 それでもリドリーは答えない。


「死ぬぞ。お前も、お前の相棒も。喰われて、骨を砕かれ、肉を潰されて、血を搾られ、内臓を啜られて死ぬんだぞ」


 日の半分が沈んだ。

 怪物は脅すように再びワタリに顔を近づけた。


「怖かろう。間もなく死ぬんだぞ。泣き喚け。あの小娘に答えさせた方が身のためだぞ」


 けれど、ワタリは微動だにしない。

 リドリーを信じることにもう決めている。

 万一、リドリーが間違えるとしても、彼女を信じて死ぬなら悔いはない。

 日はほとんど沈んだ。

 そこで怪物はリドリーに言う。その声音は明らかに焦り始めている。


「恩情をかけてやる。もう一度だけ質問を許そう。黙られたままではつまらんのでな」


 怪物の言葉を無視するかのようにリドリーは目を閉じた。口を開く様子はない。

 まるで物音を立てないことで怪物をやり過ごそうとしているかのようだった。

 ついに日が沈む瞬間、


「あの女……あの、あの女……」


 怪物は必死の形相で叫んだ。美しい顔が醜く歪んだ。


「あの女に喋らせろぉおおおおおおおおおおおおお!!」


 日が沈んだ。沈む間際、きれいな紫の光が砂漠を照らした。

 完全に沈み切って、薄闇が砂漠を満たしてから、ようやくリドリーが口を開いた。


「……私は意地が悪くてね。謎かけを作るときは、どうやったら相手に誤答させられるかを最初に考えるんだ」


 怪物は憎悪のこもった表情でリドリーを睨んでいる。


「謎かけの答え自体は、さっきの男の答えが正しいんだろう。けれど、だからこそ不審に思った。誰も正答できていない謎かけというから身構えていたのに……この謎かけは大して難しくないじゃないか。だから、考えた。この謎かけでどうやれば解答者全員に誤答させられるかを……」


 私ならこうするとリドリーは続ける。


「解答者全員に共通する行動……その行動を取ること自体を誤答にできたら。そう考えた時に本当の謎が解けたんだ」


 化け物は追い詰められた表情をしているが、ワタリには何が何だかさっぱりわからない。


「思い出してほしい、この謎かけの文言を。『旅人が窮地を乗り切った方法を示せ』だ。『答えろ』とは言われていない」


 ワタリがハッとする。


「まさか……」

「『示せ』という言い回しが罠なんだ。解答を口にすること自体が誤答。旅人は物音を立てないことで窮地を乗り切ったんだからね。喋った時点で答えを『示す』ことには失敗しているんだ。なら、態度で沈黙を『示す』しかない」


 実に狡猾で、そして卑怯な謎かけだとリドリーは思った。

 この謎ときは敢えて簡単にしてあるのだ。正答に至ったとぬか喜びした解答者が、迂闊にそれを口にできるように。

 制限時間が設けられていたのは解答者が沈黙を態度で示せるように――制限時間がなければ解答者が『沈黙』という解答を態度で示す手段がなくなるから――だろうが、この怪物はその時間さえも利用して解答者を怯えさせて、答えを口に出させようとする。

 無論、焦って答えれば誤答だ。

 この謎かけは、答えることそれ自体が誤答になるように逆算して作られているのだから。


「き……貴様……よくも……よくも……」


 化け物は狂乱を始めた。だがリドリーは意に介さない様子でワタリの下へ歩いていく。


「ぐ……うぁあああああああああ!」


 怪物はリドリーに襲い掛かった。巨大で鋭い爪が、リドリーを引き裂こうとした。当たれば華奢なリドリーなどひとたまりもない。リドリーには怪物の攻撃に抗うだけの力もない。

 けれど、リドリーは怯えない。一瞥すらしない。

 あの怪物が自分を傷付けられないことはわかっている。

 振るわれた爪は、リドリーに当たる寸前で静止した。

 この星の法則が、リドリーを守り、怪物を戒めていた。

 謎かけの敗者は、この星では何の力も権利も与えられない。

 リドリーは怪物を見ることなく言い放った。


「君にはプライドがないのか。知恵比べで負けたからと暴れ出すなんて、見苦しいよ」


 その言葉で、怪物は沈黙した。まるでリドリーの言霊が怪物を支配したかのようだった。

 リドリーがワタリの手を掴み、引っ張って立たせる。そして無事な腕で抱き締めた。


「怖い思いをさせてごめんね」

「ううん。大丈夫。最初は怖かったけど、途中から信じてたから」

「ふふ……信じてよかっただろう」


 ワタリは力強く頷いた。

 リドリーは小物入れから馬車を取り出す。そして二人はこの星を後にした。

 星を脱出して銀河を渡る。

 馬車の中で、ワタリはリドリーの傷を手当てし始めた。

 応急キットの処置を行いながら、人喰いの怪物がいた星を二人は車窓から眺めていた。


「結局、少しの財宝も手に入らなかったね……」

「かまわないさ。一番の宝物は守ることができた」


 星を見つめるリドリーに未練はない。

 その時、その星からみしりという音が聞こえた気がした。


「あっ」


 ワタリが声をあげる。

 突如、怪物がいた星に亀裂が入ったのだ。

 次の瞬間には、その星が砕けて散っていた。

 バラバラになった星の欠片が宇宙の闇へと散らばっていく。


「いったい何が……」

「砕かれたのさ、あの怪物のプライドと共に」


 あの怪物の言葉がリドリーの脳裏に蘇る。

 ――無知なる者に生きている価値などない

 一度も解かれたことのない謎かけが解かれたこと。

 それは謎の星にとっては文字通り致命的だったに違いない。

刊行シリーズ

少女星間漂流記の書影