僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2

12月・3 サンタクロースの贈りもの ③

 巾着袋を開けて、『おひるねる~ず』の子猫キャラクターのスリッパを取り出した芽吹めぶきさんは、たちまち大きな両目を輝かせた。

 まるで芽吹さん自身が、おやつを前に喜ぶ子猫みたいだ。

「わあ~可愛いい~~~っ!! このスリッパ、とってもあったかそう!」

「前の授業のとき足が冷えてる様子だったからね。足先を温められるものがほしいのかなって考えたんだよ」

「はい! わたし、温かいスリッパがほしかったんです!」

 芽吹さんはさっそくスリッパを履いて立ち、履き心地を確かめるようにピョコピョコと足踏みをしている。喜んでいる彼女を見て、僕もホッと一安心だ。

 それから右足を前に出して、履いているスリッパを僕に見せた。お昼寝してる可愛い子猫のキャラクターをかたどったスリッパ。今にもすやすやと寝息が聞こえそうだ。

 続いて手袋をしている僕の手を引いて、犬のキャラクターを近づける。

「この『すやすやこねこ』ちゃんは、先生にプレゼントした『すやすやこいぬ』ちゃんと一緒に『おひるねる~ず』の最初のキャラクターとしてデビューしたんですよ。だからこの二匹は、双子みたいな仲なんです」

「じゃあ、ある意味おそろいのプレゼント交換になったね」

「そうですよね。おそろい、ですよね」

 ポッ、と照れた様子で芽吹さんはほっぺを赤くした。

「あれ? まだ袋に何か入ってますよ」

 芽吹さんが気づいて、再び巾着袋の中に手を入れた。

 彼女が取り出したのは赤い封筒だ。

「それはクリスマスカードだよ。お祝いのメッセージを書いたんだ」

 少し前に商店街の文具店で見つけたクリスマスのグリーティングカード。あのときはカードを送る仲じゃないと考えて買わなかったけど、彼女とプレゼント交換の約束をしてから買いに戻ったんだ。

「これも、開けて見てもいいですか?」

 彼女はすぐにも中を見たそうに聞くけど、僕はちょっと気恥ずかしい。

「それは、一人のときに開けてほしいかな。大したことは書いてないけど、目の前で読まれると恥ずかしいかも」

「それでは今夜の楽しみに取っておきますね。先生、なんて書いてくれたのかな~」

 ともかくクリスマスプレゼントの交換も終わった。

 時計を見ると、もうすぐ午後六時。窓の外も暗くなってるし、そろそろ帰宅の時刻だ。

「それじゃあ芽吹さん。今日はこれで――」

「先生、あと少しだけお時間をいただいてもいいですか?」

「構わないけど、何かあるの?」

「ぜひ見ていってほしいものがありまして……。こたつに入って待っていてください」

 僕は言われたとおり、再び部屋のこたつに膝を入れた。

 芽吹さんは棚に飾られていた小型のクリスマスツリーを持ってこたつの上に置くと、正面を僕に向けた。クリスマスツリーの上のほうに、二人の天使の人形が飾られている。

 さらに彼女は部屋のカーテンを閉め、室内を外の景色から隔絶させた。

「それでは照明を消しますね」

 最後に壁際に歩いてスイッチを押すと、スッと部屋の明かりが消える。

 家具の輪郭がぼんやりと浮かび上がっている他は、ほとんど何も見えない暗闇だ。

 視界に何も入らないぶん、芽吹さんが静かに歩く足音が敏感に伝わってくる。

 真っ暗な中、彼女と二人きりの気配に満たされる感覚。いつだったか、台風の夜を過ごした日を思い出す。

 芽吹さんは僕の隣に来ると、床に腰を下ろしてこたつに膝を入れた。

 場所を空けようと体をずらすものの、隣り合ってこたつに入っているから、どうしても密着してしまう。

「あ、あの、芽吹さん、狭くない?」

「大丈夫ですよ。ほら、もうすぐですから」

 何をするつもりなんだろう? 彼女は正面にあるクリスマスツリーを見つめているようだ。触れ合う肩に緊張しながら、黙って同じ方向に目を向けた。

 一分以上待っただろうか。その間ずっと全身に芽吹さんの存在が感じられて、何倍もの長い時間に思えてしまう。

 このまま永遠に続きそうになったころ、変化が訪れた。

 僕たちの正面で、突然二体の天使が光り輝いた。そこからあふれ出るように、色とりどりの細やかな光の点がクリスマスツリー全体に広がっていく。

「すごい……。きれいだね……」

「いいでしょう? 指定の時間になると、こうして光り輝くんです。このクリスマスツリー、お姉ちゃんからのプレゼントなんですよ」

「さすが、あかりさんの選ぶプレゼントって本格的だね」

 天使の羽が光を増し、天空を舞うかのように輝いている。

「なんだか祝福されているみたい……」

「芽吹さんは、どんな祝福をされたいのかな?」

「そうですね……やっぱり受験の合格です! それと……」

「それと?」

「な、なんでもないですっ」

 芽吹さんは急に恥ずかしそうに口を閉ざした。きっと人に言えない願いがあるんだろう。

 気がつくと、いつの間にか彼女の腕が僕の腕にからめられていた。

 正面からクリスマスツリーを見ようと体を近づけ、自然とそうなってしまったようだ。

 でも僕は気づかないふりをした。気づいたら、芽吹さんは恥ずかしがって離れてしまいそうな気がしたから。

 僕たちのクリスマスは、受験勉強の間の短い時間を、静かに、鮮烈に、過ぎていった。


 夜、僕のスマホに芽吹さんからのメッセージが届いた。

『先生がくれたクリスマスカード、とても感激しました!』

 プレゼントと一緒に、彼女に送ったクリスマスカード。

 サンタクロースのイラストが描かれたグリーティングカードに、彼女への言葉を書き込んだんだ。一つは『来年もがんばって受験を乗り切ろう』という応援のメッセージ。

 もう一つは『芽吹さんが熱心に授業を受けてくれて、僕も毎週の家庭教師が楽しい』という、自分の気持ちをつづったもの。

 僕はこれまで、芽吹さんに失恋もしたし、今も彼女の美しさに胸が高鳴ってしまう。

 だけど何よりも、彼女に勉強を教えること、彼女の成績が日々向上していくことが楽しい。それが素直な気持ちだ。

 年が明ければ、いよいよ受験が近づいてくる。

 その先は、あのクリスマスツリーの輝きのように美しく、満ち足りたものに違いない。

 僕はそう確信してならなかった。

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