僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2
12月・3 サンタクロースの贈りもの ②
クリスマスも近づいた今日、僕はいつもどおり
たとえクリスマスだろうと日ごとに受験本番が近づいている。授業は今までよりも真剣さを増し、お祝い前の浮き足だつ気分とは無縁だ。
「では、今日の授業はここまで。芽吹さん、弱点だった部分をだいぶ克服できてるね」
「先生に言われたとおり、重点的に復習したんです! 最初はどうしても間違いが多くて苦しかったのですけど、諦めなくてよかったです」
そんなふうに本日のまとめを終えて、勉強への集中から解放される。
ふと見ると、部屋の棚に小型のクリスマスツリーが飾られていた。小さなツリーの周囲に色とりどりのオーナメントボールがぶら下がり、部屋の照明を反射して輝いている。
「もうすぐクリスマスだね」
「クリスマスといえば、先生は子どものころ、サンタさんが来るって信じてましたか?」
「どうだったかなあ」
子ども時代を思い返した。記憶の限り、幼少のころからサンタクロースの正体は両親だと、なんとなく知っていた気がする。
「あまり本気で信じてなかったと思うな」
「どうしてですか?」
「絵本だとサンタクロースって煙突から入ってくるよね? 僕はマンション住まいだったから、煙突のある家って想像しづらかったんだよ」
なるほどと、芽吹さんは小さくうなずいた。
「今の日本だと、なかなかサンタさんの姿をイメージできないかもしれませんね」
「芽吹さんはどうなの? 小さいころ、サンタクロースを信じてた?」
「わたしは小学校の高学年になるころまで信じてましたよ。友だちから『サンタクロースってお父さんだよ』って教えられて、ショックだったのを覚えてます」
「へえ~、芽吹さんらしいね」
ほほ笑ましい気分で言うと、彼女はムッと口をとがらせた。
「あっ、先生、今、わたしのこと子どもっぽいって思いましたね?」
「そ、そんなことないよ。素直でいいなあって感じただけ」
「いいですよ。でしたら本当にサンタさんがいる証拠、見せてあげます。今ごろ真実に気づいても驚かないでくださいね」
「証拠? サンタクロースの?」
「実はサンタさんがこの家にいるんです。呼んで来ますから、待っててください」
そう言って彼女は立ち上がり、部屋の外へ出て行った。
呼ぶってどういうこと? この部屋にサンタクロースが現れるってこと?
頭にハテナマークを浮かべて待っていると、再び部屋の扉が開かれた。
「入りますよ~」
声のほうを振り向いて、僕は目を見開いた。
「サンタ……クロース!?」
セーラー服の上に真っ赤なケープを羽織り、頭に白いボンボンのついた三角帽子をかぶった彼女が立っていた。
「さ、サンタクロースです。メリークリスマス!」
少し恥ずかしそうにほっぺまで赤くしながら、芽吹さん……じゃなかった、サンタクロースは自己紹介をする。
芽吹サンタ、あまりに可愛い……。いや、可愛いのはわかりきってるけど、セーラー服の上にサンタのケープと帽子というミスマッチさが、新鮮な魅力を引き出している。
「あ、あの、先生、変……でしょうか?」
「そんなことないよ! 本当にサンタクロースがいると知って、あまりの衝撃に驚いたんだ。しかも本物のサンタさんって、こんなに可愛らしい人だったとは……」
調子を合わせると、芽吹さんサンタさん、すなわち芽吹サンタさんは照れ笑いを浮かべた。
「ふふふ、サンタさんの存在、信じてくれましたか? 今日は、先生……いえ、
芽吹サンタさんはギフトラッピングされた紙包みを差し出す。
「これ、僕に? 本物のサンタさんからのプレゼントだなんて、嬉しいな……」
「よかったら、中を開けてみてください。若葉野先生に合うかどうか知りたいですし」
僕はラッピングシールを丁寧にはがし、紙包みを開けた。
中から出てきたのは一組の手袋だ。濃い青色をした毛糸の手袋で、手の甲の部分にすやすやと眠っている犬のイラストが刺しゅうされている。
「温かそう! これからもっと寒くなるし、新しい手袋を買い足そうかと思っていたんだよ。これ『おひるねる~ず』グッズなんだね」
可愛いキャラクターだけど、あまり目立ちすぎない色でオシャレに描かれているから、男性が使っても似合うデザインだ。
もし自分で選んだら、こんなセンスのいい手袋は選べなかった。
「ちょうど『おひるねる~ず』のメンズ向け手袋が出ていて、先生に似合いそうだったんです。それで、ちゃんとサイズが合っているか確かめたいんですけど、いいですか? もし合ってなかったら交換してもらえるそうですから」
「じゃあ、今ここではめてみようか」
床に腰を下ろして包みを横に置くと、右手用の手袋を持った。
はめようとすると、芽吹さんが僕の右手首をつかんで引き寄せる。
「待ってください。わたしがはめてあげます。サイズをしっかり確認しないと」
彼女は手袋を持ち、僕の右手にゆっくりとかぶせた。
親指から小指まで一本一本を順にはめていき、五本の指がぴったりと手袋に納まる。
「サイズは……どれどれ……」
芽吹さんは真剣な目になって、僕の右手を両手でつかんだ。
僕の手のひらや甲を彼女の指先が指圧して、ずれていないか確認する。
それから指を一本ずつ根元から指先まで何度もつまみ、手袋のはまり具合を確かめた。
手袋越しとはいえ、右手の隅から隅まで、芽吹さんのほっそりとした繊細な指先にじっくりと触られていく。
「ぴったりのサイズですね! よかった~」
一通り確かめると、芽吹さんはホッとしたように胸をなで下ろした。
「左手のほうも確認しないといけませんね」
そう言って彼女は、今度は僕の左手を取って引き寄せた。
右手のサイズがぴったりなら左手もぴったりだと思うけど、それはそれ。つい、芽吹さんが左手の手袋をはめてくれる心地いい感覚を堪能してしまう。
もちろん、左手の手袋もちょうどのサイズだ。
「ありがとう、芽吹さん。明日から登校するときにも使わせてもらうね。次は僕の番かな」
立ち上がって鞄の横に置いた紙袋のところへ歩いた。先日買った、芽吹さんへのクリスマスプレゼントが入った袋だ。
紙袋の中からギフト用の巾着袋を取り出すと、彼女の前に戻って差し出す。
「これ、僕からのクリスマスプレゼント」
「ありがとうございます、先生! あの、開けてもいいでしょうか?」
「もちろんだよ。遠慮しないで」
芽吹さんは巾着袋を胸元に抱え、ウキウキした様子でリボンを丁寧にほどいていく。
その様子を少し緊張しながら見守る。
僕のプレゼント、芽吹さんは喜んでくれるだろうか?