僕を振った教え子が、1週間ごとにデレてくるラブコメ 2
12月・3 サンタクロースの贈りもの ①
休日の今日、僕は駅前にあるショッピングモールに来ていた。
目的はただ一つ、
(芽吹さんがほしがってるものって、なんだろう?)
先週からずっと考えているのに、やっぱりわからない。
ヒントのときに見せてくれた、ソックスをはいた芽吹さんの右足……。思い出すだけでドキドキするけど、健康的な太もものことは頭から追い払おう。
複数のフロアで商品を探しながらエスカレーターを下りていったとき、衣料品売り場の一角に人が集まっているのが見えた。冬用靴下のセールをしているらしい。
あのときの芽吹さんの足は少しひんやりしていた。勉強中も足元が冷えてしまうのだとか。それなら厚手のソックスはどうだろう?
そう考えてセールの売り場に行ってみたものの、だいぶ品切れしていて、彼女に似合いそうなデザインのものは残ってない。
どうしたものか考えていると、突然名前を呼ばれて振り返った。
「
声をかけてきたのは、僕と同じクラスの女子である
彼女は文化祭のときに実行委員を務めるなど、クラスでも目立つ生徒の一人だ。細身の体型ながらいつも元気そうで、髪を活発なおかっぱ型にまとめている。
しかし今日の彼女はいつもと違っていた。目の前の桜瀬さんはユニフォームのシャツの上に赤いエプロンを着けた姿――ショッピングモールの店員の制服姿をしている。
「桜瀬さん、こんにちは。……もしかして、バイト?」
「そ! 今月からここでバイトしてるんだ。ほんとは秋から始めたかったけど、文化祭とかもあって忙しかったし、学校に提出する申請書の準備にも手間取っちゃって」
僕たちの学校では、生徒のアルバイトは社会勉強の一環として位置づけられている。だからアルバイトの申請をするには、その活動を通じて何を得たいのか説明する必要がある。
僕も家庭教師を始めるにあたって、申請書類に仕事の意義について記入したんだ。
「あたしは小売店の仕組みを知りたいって書いたら、すんなり許可されたよ。むしろやりたいアルバイトへの思いが強すぎて、言葉をまとめるのに苦労したけど」
活動的な桜瀬さんらしく、苦労も苦労と思わないような口調だ。
「若葉野くんは買い物? 探してるのがあるなら案内しようか」
「クリスマスのプレゼントなんだ。足を温められるものがないかと思って」
「足用の品物だね。ちょうど冬場だからいろんな商品を取りそろえてるよ。希望するイメージとか、ある?」
「そうだね……。やっぱり女の子だから、可愛らしい感じのプレゼントがいいかな」
すると桜瀬さんは突然黙り込み、じーっと僕の顔を見つめた。
「もしかして、カノジョ?」
「ち、違うって! 高校受験の勉強を見てる子がいてさ、気晴らしになるようなプレゼントを贈ろうかなって思ったんだよ」
「なんだあ、びっくりした。若葉野くんも隅に置けないって思ったのに」
「そういうわけだから、女の子に贈るといっても恋人向けじゃないほうがいいんだ」
「了解! それならスリッパはどうかな? いろんな種類があるから、相手に似合うデザインを選べるよ」
「スリッパか……。勉強中の保温になりそうだし、いいかもね」
僕は桜瀬さんに案内されて、スリッパの売り場へやって来た。
見渡すと、オーソドックスなデザインのものから子ども向けのキャラクターが描かれたものまで、様々な種類のスリッパが並んでいる。
その一角に『おひるねる~ず』スリッパというコーナーがあった。
「こんなグッズまで出てるんだ。彼女、このキャラクターが気に入ってるんだよ」
説明すると、桜瀬さんは「おおっ!」と両手をたたいた。
「今、全国の女子に一番人気のキャラクターだもんね! 今月『おひるねる~ず』スリッパの最新作が発売になったんだよ!」
言いながら桜瀬さんは、商品棚の手前に展示されていた一組のスリッパを手に取った。
薄青色の生き物をデザインしたらしく、スリッパの両側から足らしき丸い突起が何本も生えている。正面に描かれた顔はすやすやとお昼寝してる表情で、額から短い触覚が左右に伸びて眠そうに垂れ下がっている。
虫だ。可愛くアレンジされていても、どう見てもでかいダンゴムシだ。
「えっと……何、これ?」
「『おひるねる~ず』最新キャラ、『すやすやだいおうぐそくむし』スリッパだよ!」
「だいおう……? こんなのが本当に人気あるの?」
「新商品のこれをプレゼントすれば女の子はみんな大喜び! ちょっと待ってて。在庫を見てくるから!」
桜瀬さんは見本品のだいおうナンチャラスリッパを僕に手渡し、店の奥へ駆けていく。
信じられない……。こんな得体の知れない虫が人気だなんて……。
一人になって待っていると、また僕を呼ぶ声がした。
「先生、こんにちは! お買い物ですか?」
芽吹さんだ。私服のコートを着た彼女が立っている。買い物らしく、ショッピングモールの紙袋を持っていた。
「う、うん。いろいろと買い出しにね」
プレゼントのことは秘密にしたい。持っていたスリッパを後ろ手に隠し、言葉をにごす。
「芽吹さんは何を買いに来たの?」
聞くと、彼女は照れくさそうに紙袋を後ろ手に隠した。
一瞬、ギフトラッピングの包みが見えた気がする。ということは、芽吹さんもプレゼントを買いに来たようだ。
「えへへ~、ナイショです。それじゃあ先生、次の授業でお待ちしてますね」
芽吹さんはペコリと頭を下げて、エスカレーターのほうに歩いていく。
手を振りながら彼女を見送っていると、耳元でささやき声がした。
「ふ~ん♪」
「桜瀬さん!? いつの間に戻ってたの!?」
「ねえねえ、今の子、文化祭に来てた子だよね。すっごい可愛いね~」
「ま、まあ、そうかもね……。勉強を教えてるだけだから関係ないけど」
「ふふ~ん、なるほどお。そういうことにしといてあげる」
「そういうことって、なんだよ」
「安心して。今日の若葉野くんはお客様ですから、冷やかしたりしません」
「お客様じゃなかったら冷やかすみたいじゃないか」
学校で何を言われることやら、ちっとも安心できない。
「とにかく、スリッパの在庫はどうだったの?」
無理やり話題を変えると、桜瀬さんは「ごめんっ」と両手を合わせた。
「入荷したばかりなのに、もう在庫切れになってた。取り寄せもできるけど、年末だから入るのは来年になるって。申し訳ないです」
「いや、いいよ。僕はこの『すやすやこねこ』スリッパが可愛くていいと思うな」
すやすやお昼寝する子猫をデザインしたスリッパを手に取った。僕が知る限り、芽吹さんはまだ持っていないはずだ。
「それは定番中の定番、誰からも好かれるロングセラー商品だね。それなら在庫もあるから、すぐに買えるよ」
「じゃあ、これに決めようかな。ギフトラッピングもお願いね」
「ありがとうございます! それではレジにご案内しますね」
すっかり店員モードになった桜瀬さんに続いて、僕はレジへと向かった。
一時はプレゼントが見つからなくてどうなるかと思ったけど、なんとか決まった。
あとはいよいよ本番。プレゼントを芽吹さんに渡すだけだ。