短編① お昼休み・オブ・ザ・デッド
中学二年の文化祭で日葵と知り合い、はや二年半。
高校二年になった今も、変わらず続いている習慣があった。
昼休みの昼食だ。
俺と日葵は基本的に、科学室で昼食をとる。食事の後で俺がアクセ作りの作業に移るからだけど、最近は二週間に一回くらいの頻度で、その習慣から外れる日があった。
「はい、悠宇。あ~んして?」
「…………」
昼休みの教室。
俺の隣席から、今日も完璧な美少女スマイルを浮かべた日葵が箸で卵焼きを差し出してくる。
日葵のお母さんの作ったという煮物や焼き魚の和食中心の弁当でも、ひときわ異彩を放つ卵焼き。具体的に言うと、日葵の作ったというぐっちゃぐちゃの卵焼き。てか、たぶんこれ卵焼きじゃなくて『卵に熱を通した何か』だろ。
俺はそれを見つめて……ぷいっとそっぽを向いた。
「じゃ、俺は科学室で食ってく……ぐはあ!?」
うちのコンビニの廃棄パンを持って立ち上がろうとすると、いきなりバシッと肩を叩かれて座り直させられる。
そんなドン引き暴力ヒロインムーブをかました日葵は、まるで聖女のような慈愛の笑顔で卵焼きを差し出した。
「んふふー。さては世界一可愛い日葵ちゃんに食べさせてもらうのが恥ずかしいのかなー? まったく可愛いやつめ~♪」
「いや、おまえのくそ下手料理の毒味で死にたくな……ぶふっ!?」
いきなりヨーグルッペのストローを口に突っ込まれて黙らされる。ヨーグルッペはうまいけど、そういう使い方する飲み物じゃないからね?
「はい、あ~ん♪」
「だから、俺はパンがあるからいらない……」
「あ~~~~ん♪」
「そもそも、自分で食えるからそういうのは……」
「ああああ~~~~~~~~ん♪」
「…………」
周囲のクラスメイトの視線が痛い。てか、「は・や・く!」とか「やーれ、やーれ」って囃し立てるのやめてくれませんかねえ。
……同調圧力。俺が一番、苦手とするもの。
「あ、あーん……」
卵焼きを食べると、クラスメイトたちの謎の拍手が起こる。マジでやめてほしい。
「う、うまいっす」
「…………」
日葵の顔が、パアッと明るく輝いた。それはまるで美しく咲き乱れる花園のような華やかさだ。クラスメイト達も「眼福だなあ」とほっこりしている。
――が。
「ぶふおっ!?」
「悠宇!?」
まるで焼けるような感覚が、胃袋を襲う。俺は噴き出すのを堪えると、慌てて教室を飛び出した。
自販機コーナーまで駆け抜けると、ミネラルウォーターを買って一気に飲み干す。胃がヒリヒリしすぎて痛いんだけど!
(てか、アレ何なの!? マジで卵焼き!?)
後ろから日葵が追ってきた。
「やっぱダメだったかー」
「やっぱって何!? おまえ、わかってて食わせたわけ!?」
「いやー、うちで食べてみたんだけど、すっごいエキセントリックな味だったから悠宇で試してみっかなーって」
「マズいの保証済みで食わせられる俺って可哀そうすぎない!?」
「大丈夫だって。アタシの美少女補正で美味しく……」
「なんねえよ!? おまえのスパイシー好きは常人レベルじゃねえって言ってんだろ!?」
もう一本、ミネラルウォーターで腹を満たす。これでちょっとはマシになってきた気がする。
「てか、なんでたまーに料理したがるわけ? おまえ、やる必要ねえじゃん……」
「そりゃ、決まってんじゃん」
日葵は意味深に「んふふー」と笑う。
それから俺の袖をちょんとつまんで、上目遣いにポッと頬を染めた。
「だって将来、悠宇と一緒に暮らすときに、アタシの作ったご飯『美味しい』って言ってほしいし♡」
「え……」
俺はつい固まった。
ほ、本気で言ってんの?
いや、そりゃたまに「30になってもお互い独身だったら……」とか言ってるけど、それは冗談っていうか……。
って、騙されんな俺!?
「だったら、マズいってわかってるもの食わせんなあ――――っ!!」
「ぷっはーっ。悠宇ってば本気で照れてやんのー♪」
三本目のミネラルウォーターで胃の違和感を相殺していると、日葵がその様子をしげしげ眺めながらぼそっと呟く。
「うーん。こりゃ、えのっちみたいに胃袋を掴むのは時間がかかりそうだなー」
「え? 何が?」
聞き返すと、にこーっと笑顔の圧で黙らせられる。あ、はい。よくわかんないけど、もう聞きませんごめんなさい。
「じゃあ、また作ってくるねー♪」
「いや、マジでやめて……」
正真正銘の本心でお断りした。
俺の親友と付き合うのは、胃袋がいくつあっても足りない。