短編② リンちゃんは目で語る
榎本さんが俺の初恋の子だって判明したり、日葵に二人だけでイオンに置き去りにされたりした、あの衝撃の土日が明けた。
その月曜日の昼休み。
俺は科学室で、なぜか再び榎本さんと二人きりになっていた。
「…………」
「…………」
圧倒的、無言の空間。
気まずいなんていう話ではない。
そもそも今日は、日葵と榎本さんと、三人で昼食の予定だったのだ。もちろん榎本さんをモデルにした新作アクセについて話し合うつもりだった。
(でも、日葵が急に委員会だって抜けたんだよ……)
日葵が委員会の予定を忘れているのも珍しい。……もしかしなくても、榎本さんと二人きりにしようって余計なこと考えてるに違いない。
とにかく、この気まずい空間をどうにかしなきゃ。ちょっとは打ち解けたとはいえ、さすがに女子と二人きりってのはハードル高いし……。
「あ、あの、榎本さ……ひっ!?」
なぜか、じ~~~~っと睨まれているのだ。
もともと不機嫌そうなのがベースだけど、これは明らかに不満がある感じ。今朝はあんなに機嫌よかったのに。俺、なんかしたっけ?
「榎本さん。ど、どうしたの……?」
「…………」
ぷいっとそっぽを向かれた。
それがグサッと胸に刺さる。いや、さすがに可愛い女子から素っ気なくされて平常心を保っていられるほど女子慣れしてないからさ。
いや、頑張れ俺。アクセクリエイターとして上を目指すためにも、もっとクライアントと交流するって日葵と約束したじゃん。
俺は気持ちを切り替えるため、スマホでいろんなアクセの写真を載せているページを開いた。それを榎本さんに見せようと差し出す。
「え、榎本さん。あのさ、例の新作アクセについてなんだけど、好みとか……」
「…………」
ぷいっぷいっ。
すげえ逃げられるんですけど。俺がスマホを差し出そうとすると、キレッキレの首振りで避けられる。
でも、これはいよいよ気のせいじゃない。たぶん、俺が何か見落としているんだろう。
(何なのか、わからん……)
本人に聞こうにも、さっき微妙に躱されたし。これはたぶん、俺が思い出さなきゃいけないやつだけど……。
じとぉ~~~~~~~~……。
眼力の圧がすごい、眼力の圧が。
そんなに気になってるなら、いっそ言ってくれればいいのに。
日葵とか咲姉さんはなんでもズケズケ言ってくるし、こういう探りみたいなのは苦手なんだよ……。
「……ん?」
科学室の廊下に面した窓。
それがちょっと開いて、マリンブルーの瞳が覗いた。日葵だ。委員会から戻ってきたのか、最初から俺たちの様子を見ていたのか。……たぶん後者だろうな。
その日葵は「やれやれ」という感じで、謎のジェスチャーを始める。両手の指を使って、なんか四角い形をアピールしていた。……いや、おまえも科学室入れよ。
そして日葵は、その四角い形を……口に放った? 口ってことは、何か食べるもの? 四角い、食べるもの……。
(あっ!)
俺は慌てて、昼飯に持ってきたコンビニパンのビニール袋を漁った。今朝、登校したとき、榎本さんからもらったクッキーの小袋がある。ミルク生地とココア生地で、猫が描かれた職人技クッキー。日葵に横取りされたらいけないと思って、まだ食べてなかったのだ。
同時に、榎本さんがぴこんと反応する。その小袋をじぃ~~~~っと見つめ始めた。どうやら、当たりのようだ。
「そ、そういえば、榎本さん、今朝はクッキーありがとね。昼にもらおうと思って、まだ食べてなかったんだよ」
「……別に、いつでもいいけど」
素っ気ない言葉と裏腹に、すっごいキラキラした視線を向けてくる。こんなに期待されてるんだし、今すぐ食べないと呪われそう。
急いで袋を開けて、その一つを口に入れる。サクサク、ふんわり、とろける食感。
「……おお、めっちゃ美味い」
最近のクッキーって甘さ控えめなのが多いけど、俄然甘党の俺としては、このくらい甘いほうが好きだ。それでいて、全然くどくない。ココア生地のビターさが絶妙なのだ。
「榎本さん、これ美味いね」
「…………」
あれ? ノーリアクション? てか、なんかちょっと残念そう……?
俺は戸惑いながら、窓の外の日葵に視線を向ける。向こうでは額に指をあてて「これだからこの男はモテないんだよな~」って感じの表情を……いや、やかましいわ。俺がモテないのは関係ないだろ。
日葵が両手の手のひらを上にして、ぐいっぐいっと持ち上げるジェスチャーをする。……あ、なるほど。もっと褒めろってことか。せっかくもらったのに、確かに感想が単純すぎる気もする。
「え、榎本さん! このクッキー、マジで美味しいよ! 正直、これまで食べたどのお菓子よりも美味い。人生で一番かも!」
「……ふーん。そう」
あれ? 素っ気なく顔を逸らされてしまった。
(もしかして、わざとらしすぎ……あ、大丈夫そう)
榎本さんが顔を隠しながら「えへへ」と照れたように笑っている。左手首の月下美人のブレスレットをいじりながら、ちょっとだけ嬉しそうに言う。
「じゃあ、また作ってくるね」
「う、うん。ありがと」
そこでようやく、雰囲気が戻った。
よかった。これで新作アクセの話に戻れる。このクッキーが人生で一番美味いしかったのは嘘じゃないし、言うことなしだ。
それから、わざとらしく「委員会終わったよー」と入ってきた日葵を加えて、俺たちは新作アクセについて話し合うのだった。
その翌日、登校時……。
「ゆーくんが美味しいって言ってたから、もっと作ってきた」
「…………」
俺は差し出した両手にこんもりと盛られたクッキーの小袋を眺めながら、一人で戦慄いていた。榎本さんは「どやあっ」って感じで得意げに腕を組んでいる。
これ、もしかして毎日あのレベルの感想言う流れなのかな……。やけに意気込んだ感じの榎本さんを見ながら、俺は口元を引きつらせていた。
……ちょっとわかってきたけど、俺の初恋相手はけっこう面倒くさい。