短編④ 仁義なき男トモ女トモ戦争 体育バスケ編 ③
おや?
野球部ホープが立ち上がらない。
怪我でも……いや、なぜか体育館の床を叩いている。
そんなに悔しかったか。
熱血なのはいいが、もうちょっと余裕のあるメンタルをしていないと……。
「この試合で勝ったら、日葵ちゃんがデートしてくれるって言ったのに!」
「そんなこったろうと思ったわ……」
やけに気合いが入ってると思ったが、やはりそういうご褒美で釣られておったか。
貴様、さっきの推薦組の誇りはどうした?
(しかし、ギリギリだったのは否めんな……)
あと一人、同レベルの運動能力を持つプレイヤーがいれば違った。
日葵ちゃんが参加すると言ったときは面食らったが、結果としてはこちらに有利に働いたというわけか。
「さぁーて。そっちの作戦は破ったぞ?」
「…………」
日葵ちゃんは小さくため息をついた。
そして負け惜しみでも言ってくるかと思ったが……。
「何だと?」
日葵ちゃんはにやっと笑った。
♠♠♠
その行動の意味は、瞬時に理解できなかった。
「貴様、本気か……?」
「んふふー。これだけは使いたくなかったけど、こうなったら手段は選んでられないよなー」
日葵ちゃんは、なぜかオレの前に立った。
そして相手にボールが回されると、オレにぴたりと張り付いて妨害する。
マッチアップ。
1対1で、相手を徹底的にマークする戦術だ。
(なるほど。最初は驚いたが、戦術としては理にかなっている……)
日葵ちゃんの運動能力は、女子の平均程度。
いつも世界の中心のような顔をしておるが、実はそれほど突出したパラメーターは持っていない。
強運と要領のよさで誤魔化すのが、日葵ちゃんのスタイルだ。
つまり現状、日葵ちゃんは戦力外。
先ほどのプレー、何もできず指をくわえて見ていただけなのがいい証拠。
そんなお荷物を、オレへのマッチアップに当てる。
向こうの最低戦力で、こちらの最高戦力を抑える作戦だ。
(……とか思っておるのであろうなァ)
確かに、悪くない一手だ。
本来は能力が勝っていないと成功しないマッチアップも、日葵ちゃんが女子であるという点を考慮すれば結果は逆転する。
女子相手には本気でかかることはできないという精神的圧力。
どこまでも小狡いやつだ。
何故に日葵ちゃんがわざわざコート内に入ってきたのかと不思議であったが、コレを狙うためであったか。
……実際、こちらの隙をついて、ナツがゴールを決める。
まあ、この失点はいい。
おかげで、相手の作戦の底が知れた。
こちらの攻撃だ。
ゴール下からのパスを受け取って、オレは構えた。
正面では日葵ちゃんが「んっふっふー」とどや顔で行く手を阻んでいる。
「日葵ちゃんの作戦は悪くない。いや、普通は考えても行動に移すことはないアホな作戦だが、まあ、実際に効果が出ておるのでよかろう」
「んふふー。真木島くん、口を動かしてないでさっさと攻撃したら? うちのチームが囲んじゃうぞー?」
「まあ、聞け。……だが、その作戦には決定的な穴がある」
「え……?」
日葵ちゃんに動揺が走る。
それを証明するために、オレは鋭いドリブルで横を通り抜けた!
「そもそもオレは貴様が嫌いだし、女子相手だからといって過剰にビビるほど童貞くさくないということだ!」
「な……っ⁉」
日葵ちゃんの後ろには、野球部ホープたちが控えている。
そいつらの体勢が整う前にゴールを頂くためには、最小限の動作が要求されるのだ。
己の身体をコントロールし、最高のパフォーマンスを発揮。
自然と日葵ちゃんの肩スレスレを駆け抜け、守りの薄い中央を突破する!
「真木島!」
「行けぇーっ!」
仲間たちの声援を力に変え、オレは今、華麗に羽ばたく――。
ピッピリーッとホイッスルが鳴った。
完全に最高潮に達していたオレは勢いのままシュートを決める。
……しかし拍手などはなく、ゴールから落ちたボールが空しくバウンドするだけだった。
(ファウルだと?)
振り返ると……日葵ちゃんがへたり込んでいた。
それに駆け寄る観客の女子たち。
審判のバスケ部が拳を握り、反対の手のひらを叩いた。
チャージング。
ざっくり言うと、ボールを持ったオフェンスが不当な接触を行う反則だ。
「はああああああっ⁉」
思わず叫んで審判に詰め寄る。
「待て! オレは当たってない!」
「でも日葵さんが……」
見ると、日葵ちゃんがはらはらと泣いている。
「ううっ……肩ぶつかったのに……痛いよう……」
「この女⁉」
「アタシは『楽しくやろうね』って言っただけなのに、真木島くんは『貴様のことは嫌いだ!』って言って突き飛ばしたの……」
「微妙に覚えのある台詞をチョイスしてくるのがタチ悪いな⁉」
しかし日葵ちゃんを抜く瞬間……ギリギリすぎて傍目には判断しづらい。
となると、ここは先にそういう空気を作ったほうが勝つ。
「…………」
周囲の観客の視線は、完全にオレの敵だった。
オレはプルプル震えながら、拳を下ろす。
「……す、すまなかった」
「うん。真木島くんも、悪気があったわけじゃないよね?」
日葵ちゃんの白々しい演技に、オレは口元を引きつらせて笑った。
そして――……。
「真木島くんがまたぶつかって……」
「真木島くんがアタシの足を……」
「真木島くんが手を叩いてきて……」
「アタシの胸を触るぞって脅して……」
……3分後。
オレは5ファウルで退場になった。
その頃には冤罪ですっかり悪者となったオレは、ぼんやりとゲームを眺めていた。
見事にチームは敗北を喫し、オレは静かな決意を胸に秘めたのであった。
(……あの女、いつか痛い目を見せてやるからなあ!)
♠♠♠
体育の後の昼休み……。
オレはなぜか、ネットやボールの片づけをさせられていた。
ローラー付きのボールカゴを押しながら、体育館中に点在するボールを拾っていく。
(くそ。なぜ罰ゲームまでやらされにゃいかんのだ……)
いつの間にか、負けたほうが片付けという謎ルールが追加されていた。
おそらく日葵ちゃんが体育教師に言い含んでいたのだろう。
「しかし、量が多いな……」
2クラス分の生徒が好き勝手に遊んだ後だ。その量は膨大だった。
ゲームの後の自由時間、女子たちがわざわざ倉庫のバレーボールを持ちだして遊んでいたからな。
「早くしないと、昼休みが終わってしまうな……」
今日の昼は、テニス部の先輩が自主練をすると言っていた。
それに混ぜてもらおうと思っていたが、これでは微妙なところだ。
「いっそ昼飯を抜くか? いや、それで練習に支障をきたしたら意味がないし……」
「真木島。ほんと真面目だよね」
いきなり声をかけられて、オレはびっくり仰天した。
「……なんだ。ナツか」
どうやら空腹で勘が鈍っていたらしい。
ナツは遠くのボールを拾うと、両腕に抱えてやってきた。
そしてオレの押すカゴに放り込む。
「貴様は勝ったのだし、手伝わんでもいいぞ」
「いや、そういうわけにもいかないでしょ。日葵がやったことなんだし」
「それなら日葵ちゃんがやるべきであろう。ナツはあの女に甘すぎる」
「あはは。まあ、それはお互い様だからさ」
それから無言でボールを拾ってカゴに放り込む作業が続いた。
なんとなく喋る気分でもなかったし、早く済ませて練習に行きたかった。
(あと10個か……)
そこでナツが言い出した。
「真木島。勝負しない?」
「は?」
ナツには似つかわしくない言葉に、オレは呆けた。
それは本人も思ったのか、ちょっと恥ずかしそうにする。
「勝負? 何のだ?」
「んー。フリースロー?」
足元のボールを拾って、こっちのカゴに放る。
それは綺麗な曲線を描いてカゴに入った。