第一章 ⑧

『開かずの間』は、俺と親父おやじとおふくろの三人でらしていたころにはなかっただ。母さんと妹が家にやってくることが決まって、それからぞうちくした部屋だからだ。


「……暗いな」


 ぱちんという音とともに、明るくなった。ぎりが電気をけたらしい。

 部屋のぜんようわたせるようになる。

 げんじつでは初めて見る妹の部屋は、パソコンしに見たものとやはり同じだった。はちじようほどの広い部屋で、あちこちにぞうに置かれたぬいぐるみがまず見て取れる。


「うおっ、ゲームと本だらけ」


 ほんだなには、少年向けのライトノベルとまんいくつもあり、俺のちよさくもすべてそろっていた。

 やや大きめのスペースを持つ下段には、ゲームソフトがずらりと並んでいる。それらをプレイするためのハードはテレビ台に収まっていて、収まりきらないぶんがゆかしんしよくしていた。

 他、ベッド、デスクトップパソコン、パソコンデスク、かがみ、テレビなどがある。

 とはいえ、明るいところで見渡してみると、オタクっぽくはなく、パステルカラーのカーテンやかわいいものるい、ぬいぐるみなどのふんとうにより、ちゃんと女の子の部屋になっている。

 ……いいにおいがする。

 なんだかみように気まずかった。


けつこうかたいてるな」

「……ん」


 もちろん俺は、妹の部屋をそうなんてしてないので、自分で片付けているんだろう。

 母さんが言ってたとおり……れいきな妹なのだ。

 俺はぽんぽんと妹の頭にれて、


「えらいぞ」

「……ないで」

「ん? 『子供あつかいしないで?』」

「さわらないで」

「……………………」


 いたってぇ……。しんぞうにくるツッコミだな。キンキンにえたこおりみたいなやつだ。

 おれがきょろきょろしていると、妹はいやそうな顔で、「……って」と言う。


「『やっぱりさわって?』」

「そ・こ・に・す・わ・っ・て」

「……はい」


 顔がととのっているやつがおこると、マジでえぇな。

 言うとおりにすると、ぎりは俺の前にちょこんとせいする。


「……あの……」


 妹が口を開こうとしたところで、俺はずずいと身体からだを乗り出した。


「きゃっ」


 がりっ。近づけた顔を、はんしやてきにひっかかれた。


って!」

「なっ、なっ、なにっ……?」

「おまえの声が小さいから、よく聞こえるように顔を近づけただけだよ! ……そんなにおどろかないでくれ、きずつくだろ」

「…………」


 むーっと、ほおふくらませる紗霧。

 ほんと感情が顔に出るヤツだな。


「……ないで」

「『近付かないで』……そう言われてもな。近付かないと便べんじゃないか?」

「……ふんっ」


 紗霧は、ぷいっとそっぽを向き、パソコンデスクの方にっていく。

 でもって、ヘッドセットをかぶった。


「これでいい?」


 紗霧の声が、マイクを通したものになる。へんせいのうはオフになっているようだ。


「……ああ、うん……もうそれでいいや」


 いちおう、ちゃんと聞こえるようになったしな。

 こうして、目の前にあいがいるのにマイクしに会話をするという、みようなシチュエーションができあがった。


『兄妹の会話』がのうになったところで、まず紗霧は、


「なんでわかったの?」


 と言った。声がでかくなっても、ことらずなやつである。


「えーっと、『なんで「エロマンガ先生」のしようたいが、私だってわかったのか』ってこと?」


 ほんやくしてみると、紗霧がこくんとうなずいた。


「……あれから、気になっていたの。じゃなきゃ、こうして中になんて入れない」

「…………」


 てっきり、のだとばかり思っていたのだが、ちがったらしい。

 何故なぜ、自分のしようたいがばれたのか、その理由が気になったから、入れてくれた……ってことか。

 ──おれの、思い上がりだったかな。

 らつかんしていたつもりはなかったが、ないしんではがっくりした。俺はしようじきに答える。


「おまえの後ろに、俺が作ったメシがうつってたんだ」

「あ」


 いっけね、みたいに口を開けるぎり。彼女は少し考えて、


「……で、でも……そんなにごうよく、私のなまはいしんを見ていたってこと?」

「それにはちょっとしたじようがあってだな……」


 俺は、これまでの事情を説明した。

 初めてのサイン会が終わってから、顔バレしちゃったかもと不安になって、ネットでエゴサーチをしてみたこと。そしたら、『エロマンガ先生のブログ』で、俺のサインの字がきたないってバカにされていたこと。友達にそうだんしたらエロマンガ先生がどう配信の生放送に出るらしいって教えてもらったこと──などを話して聞かせる。


「あとはおまえも知ってのとおりだ。おまえの正体に気付いて、そしたらおまえがWEBカメラを切り忘れて、服をぎ始めたから──」

「っっ!」


 ボッ、とせきめんする紗霧。

 あやうくネットで全世界にストリップショーを配信してしまうところだったのを、思い出してしまったのだろう。


「も、もういい。その話は……わかったから」

「そ、そうか」


 ……………………。

 ふたたちんもくが満ちる。紗霧はもともと人見知り全開なやつだし、俺もかなりきんちようしていたから、当たり前のてんかいではある。気まずい時間がかなり長くってから、ようやく紗霧が口を開いた。


「……やっぱり、兄さんが、『和泉いずみマサムネ先生』だったのね」

「ああ、そうだよ。エロマンガ先生」

「そ、そんな名前の人はしらないっ」


 だから、ずかしがるなら、なんでそんなペンネームにしたんだよ。

 それよりも。


「『やっぱり』って言ったな。気付いてたのか?」


 ぎりは首を横に振った。


「初めて会ったときから、『あの人』と同じ名前だなって、思ってただけ」

「……そか」


 一年前、おれたちが初めて会ったとき。実はすでに、二年間、いつしよに仕事をしてきたあいだがらだったわけだ。事実はしようせつよりもなりって、よく言ったもんだな。


「……まさか、本当に同一人物だなんて、思わなかった」


 すごくびっくりした、と、紗霧はつぶやく。


「だって……どんなかくりつなの……」


 俺と同じこと言ってやがる。やっぱ、そう思うよな。


「……その……いちおう……しようとか……」

「証拠? 俺が和泉いずみマサムネ本人である証拠ねえ……色々あるぞ」


 たとえば──


「俺が初めてエロマンガ先生に、ヒロインのイラストをいてもらったときのことだ」


 思い出す。

 デビューする直前のころを。

 俺の考えたヒロインに、初めて絵が付いたときのことを。


「すげー…………うれしくてなぁ。いまでも昨日きのうのことのように思い出せるぜ。当時の俺は、感激のあまり、エロマンガ先生に、かんしやのお手紙を、げん稿こう用紙百枚近く送っちまった」

「! ……それ……私も、昨日のことのように思い出せる。もっとむねを大きくしてくださいって、しつこく書かれていたこととか」

「それはできれば忘れてくれ」


 これは、和泉マサムネ本人と、とうしやしか知らないエピソードだ。


「あのときは……ごめんな」

「……本物……なんだ」


 紗霧は、右手で自分のひだりむねれた。ぎゅ、とうすい胸をつかむ。

 おそらくしきぐさだったのだろう。そのひように、パジャマのボタンがぷちぷちとはずれて、しろむなもとが大きくしゆつする。


「そう言ったろ」


 俺は妹の胸元から、ひつになってせんをそらす。

 な、なにどうようしてんだ俺は!

 あにだったら、妹のはだかなんか、平気でなくちゃいけないはずだろ!


「………………」

「………………」


 しばらくごんの時間が続いた。おたがいにおどろいていて、しようげきを受けていたからだろう。


「まさか、エロマンガ先生と、実は一つ屋根の下でらしてたなんてな」

「……いまも、信じられない…………あとそんな名前の人はしらない」


 おたがいにせんを合わせず、ぽつぽつとことこぼす。


「……その……いきなりすぎて……どうしたらいいか……」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影