第一章 ⑦

「あっ、そうですかー。でもその人より私の方がてないんでだいじようです! さ! 早く読んでくださいよ!」

「はいはい」


 かされたので、しぶしぶかみたばを手に取る。おおがたけいばんのスレッド書き込みや、読書かんそうサイトの記事などがプリントアウトされているようだ。


「あの~……」

「なに?」

「俺の作品をディスってる内容ばっかなんですけど! 気のせいですかね!」

「そうですが何か?」

「俺のやる気を引き出すプレゼントだったはずでは!?」

「私って、人にディスられるとちようやる気出るタイプなんですよ」

「アンタの話はしてねえ! 俺はディスられるとつうに落ち込むタイプなんだよ!」


 だからネット見ないようにしてるって──何度も何度も言ったはずなのに……!

 しかしまぁ、けんしないようにって決意しといてこのザマなのだから、このごと向いてないよな俺。いまさらだけどしようせつって、小説書くのが仕事かと思ったら、むちゃくちゃ人としやべんなくちゃいけないじゃん。そうぞうしてたのとちがいすぎたよ!


和泉いずみ先生って、とうメンタルだから、ファンレターでしか読者の感想見ないじゃないですか。たまにはこうやっていためつけておかないと、成長しないでしょ。私としては、もっともっと、良い作品を書いてしいんですよね」


 なんて付けくわえやがる。

 痛めつける? 痛めつけるって言ったいま?

 読者よ、これが編集だ。


「…………」


 ニコニコこっちを見てくるたんとう編集から、ごんせんをそらし、俺はプリントアウトされた見たくもない感想に目を通していく。ああ痛い。痛い痛い。心が痛い。

 ボロクソ言われんのは、担当編集でれている──というか、ネット上のはん意見をすべてかき集めても、こいつの言い草の方がはるかにひどいのだが。

 またちがう痛みだよな、これは。どちらのことも、重いよ。

 担当編集は、作家にとってのしにがみだけれど。

 どくしやは、おれにとって、大切な人たちなのだ。


「あ! そのブログ!」


 ページをめくったタイミングで、ちよううれしそうな声が飛んできた。


「エロマンガ先生が自分のブログで、『ぎんろう』のかんそうを書いてくださったんですよ! ぜひ読んでみてください!」


 ……えーっと。


「エロマンガ先生、お気に入りのキャラが、さいしゆうかんでもまた死んだっておこってるみたいですけど」

「そりゃ怒りますよ! まったくもぉ、反省してください! だから打ち合わせのとき、こんなてんかいはダメだって、何度も何度も口をっぱくして言ったじゃないですか!」


 ちなみに、

 言ってない。

 むしろだいぜつさんしていたというおくがある。

 いつもこれだ。言ってることが、コロコロ変わるんだから。


「はいっ! サーセン!」


 たんとうへんしゆうのうないもうそうは、頭を下げつつ聞き流すとして、エロマンガ先生、俺のサインのわるぐちだけじゃなくて、ブログで俺の作品の感想とかまで書いてたのかよ。

 って、書いてるのはぎりなのか。

 そんなことを考えながらページをめくる、と──


「……………………なっ」


 俺は、そこで目を見開いた。


 家に帰るや、俺はいきおいよく階段をけ上った。

かずの』の前に立つや、とびらかたを押しつけ、「ふぅ~~~~~~~~っ」といきく。


「はぁ……っ」


 えきから走ってきたせいで、きゆうが苦しい。自分が何をしたいかはわかっているのに、頭の中がまとまらず、思わずかぶりを振った。


「紗霧……」


 俺は、編集部で妹のブログを見てきた。

 どうせ悪口ばかり書かれているんだろうな──と、決めてかかっていたんだ。

 なのに。

 そこで見つけたのは、彼女がいた『てんせいの銀狼』のシリーズかんけつねんイラストだったのだ。

 いままでとうじようしたキャラクターが全員集合した、とても手間と気持ちのこもった、てきなイラストだと思った。


「……エロマンガ先生」

かずの』にりようこぶしを押しつけて、言う。


ぎんろう』シリーズは、いまのおれにとっての代表作で、もう終わってしまった作品で、すでに新作を書き始めていて、きっと続きを書くことはない。

 だけど、ぎりいてくれたイラストの中で、二度と会うことはないと思っていたやつらが、俺に向かって手を振っていた。

 いまにも『じゃあな、おたがい元気でやろうぜ』なんて言いそうな顔で。

 俺は……紗霧のおかげで、あいつらとちゃんとお別れができた。

 そう思えたんだ。うれしかったよ。だから、


「なぁ、聞いてるんだろ?」


 紗霧の顔を見て、お礼が言いたかった。

 あいつの兄としてではなく、ずっといつしよごとをしてきた和泉いずみマサムネとして。

 そのためには、まず、やらなくちゃいけないことがある。

 ついこの間の俺が、ぜつこうのチャンスを前にしながら、できなかったことだ。


「紗霧っ! エロマンガ先生っ! 聞いてくれっ!」


 紗霧はこのことを知らないだろうし、しんじつげるのはこわかったのだけど。

 あのときは、紗霧にさえぎられていつしてしまったのだけど。


「俺が──!」


 き上がってくる感情が、俺のを後押しした。

 振りしぼるように、さけぶ。開かずのとびらを、つらぬかんばかりに。


「俺が! 『てんせいの銀狼』を書いてる和泉マサムネなんだっ!」


 ばんっ!


「うべっ!」


 勢いよく開いた『開かずの間』の扉が、俺の顔面をきようした。


「ぐっ……う、うう…………」


 俺はたまらず顔を押さえ、すわり込んでしまう。

 直前までのシリアスな空気が、いつしゆんにしてさんしてしまうほどの、なさけないありさまだった。

 ……な、なんという……。

 ラノベではよくあるこうげきだが、じつさいさいげんされると、とんでもないりよくだった。

 しかもかいのう。どっかのアニメしゆじんこうが、ドア攻撃を見事に受け止めていたが、あのいきいたるには、俺はまだまだじゆくすぎるな。十秒強ほどもだえ、ようやく俺は顔を上げた。


「なにしやがる!」


 顔を上げると、そこにいたのは、パジャマ姿すがたおれの妹。

 ぎゅっ、と、しんぞうつかまれたようなかんかくを覚え、俺はことを失った。


「…………っ…………」


 ぎりは顔をめて、うるんだひとみを大きくしている。ものすごおどろいているようだ。


「……ほ、ほんとうに……?」


 集中していないと聞きのがしてしまうくらい、か細い声だった。

 やっぱり紗霧は、俺のしようたいを知らなかった。

 俺が、エロマンガ先生の正体を知らなかったのと同じように。

 だから、いま、こうして確かめ合っている。


「兄さんが……和泉いずみマサムネ先生なの……? 『てんせいぎんろう』の……作者……?」

「……あ、ああ……そうだ。そういうおまえは……」

「………………」

「………………エロマンガ先生、なんだろ?」


 かなりの間があってから、紗霧はぽつりとこぼす。


「………………そんな名前の人はしらない」


 妹はじっとうつむき、だまり込んでしまう。俺もきやしやな妹の姿を、ごんで見つめ続ける。

 やがて……彼女は、俺のせんから逃れるようにそっぽを向いて、じらうような声で、ぜんげんてつかいする。


「……わ、悪い?」


 ここでようやく、俺のあいぼうの正体がかくていした。

 俺は自然に首を振る。


「悪いわけない。……やっと会えたな」


 三年間、いつしよに仕事をしてきたあいに対しての台詞せりふだった。

 紗霧はくちびるんで何かをこらえるような表情をしていたが、やがてぼそりとつぶやいた。


「……入って」

「えっ?」

「……なに?」

「い、いや……おまえ、いま……」

「聞こえなかった? ……入って、って言った」

「いいのか?」


 いままで開けることさえなかった自分のに、俺を入れてしまって……。


「……い、いいって言った」

「そ、そうか」


 どうして、この前はダメで、いまはいいんだ? とか、色々もんが浮かんだが。

 返事だけは決まっている。


「わかった。おじやするよ」


 そうして。

 おれは、きんだんりよういき──『かずの』に、初めて足をみ入れた。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影