第一章 ⑥

 彼女はげんじようじんぎようぬしとしてのおれにとって、ゆいいつのおとくさまなのである。

 下手へたにこの人とけんでもしようもんなら、俺のしゆうにゆうは一時的になくなるし、今後のごとにもおおいにさわりがある。以前の俺ならともかく、かつもんだいだ。

 だから、あいが親しげにしてくれていても、やっぱりきんちようしてしまう。

 つーか、さっさとほんだいに入りたい。


「先日はかんけつねんのサイン会、ありがとうございました。えっと、俺っ、今日はしんさくの打ち合わせをするために来たんですけど!」

「でしたねー。さいしゆうかん書き上がったばっかりなんだから、ちょっとは休んでもいいんですよ?」

「そんなゆうないですよ。どくしやに忘れられる前に次のシリーズ出さないと」


 それはいい心がけですね、と、神楽かぐらざかさんは微笑ほほえむ。


「では……さっそく、かくしよとプロットについてですが」

げんぶつを持って来たんで、ちょっと見てもらっていいですか?」


 どさっ。どさっ。どさっ。どさっ。どさっ。どさっ。どさっ。どさっ。

 俺はボストンバッグから取り出したかみたばを、目の前のテーブルにみ上げた。

 神楽坂さんは「えっ?」と目を丸くする。


「なにこれ?」

「新シリーズの企画書です。とりあえずさくだいさんかんまで書き上がってます」

「は? んっ? 企画書? 書き上がって?」

「こっちが、前シリーズと同じがくえんのうバトルもの。こっちがかいぼうけんものです。それとこれは、いままでとはちがう家族もので、一巻までしか書き上がってないんですけど、いちおう

「………………」


 目をしろくろさせていた神楽坂さんは、口をいちもんに引きむすび、俺のあつい『企画書』をぱらぱらとめくった。


「ちょ! これどれも企画書じゃないじゃん! ぜんぶかんせいげん稿こうじゃん!」

「そっちの方が早いかなって。企画書って、どういう内容なのか相手につたわればいいんですよね! コレを読めば俺のやりたいことはすべて伝わるはず!」

「十秒でようが伝わるように作れって教えたでしょ!」

「そうでしたっけ?」

「こんなに大量にあったら、この場で打ち合わせできないじゃない! ま、まぁ、完成原稿があるんなら、それはそれでよし。って、二シリーズ、三巻まであるんだっけ? で、三シリーズ目は一巻の原稿が最後まで書き上がってる? あいわらず書くのだけは早いよね」


 他にがないみたいな言い方はやめてしい。


「で? それとは別になってるこっちのかみたばは? まさかとは思うけど……四シリーズ目があったりするの?」


 おれは言った。


「今回のシリーズがアニメ化したとき用のきやくほんです」

「アホかぁ!」


 たんとうへんしゆうは、テーブルをブッたたいた。


「な、なんでですか! いざアニメ化ってときに本気出してもおそいらしいじゃないですか! 人気が出ていそがしくなる前にやっておくべきですよ!」

「まだ発売されてもいないのに、らぬタヌキのかわざんようにもほどがあるでしょ! メディアミックス一回もしたことないくせに、アンタどんだけ自信たっぷりなの!?」

「ひでえ! 俺はいつだってちようにんシリーズにするつもりでやってますよ!」


 結果は出てないけどな! でも、少しずつ前には進んでいるんだ!


「俺は! 自分がおもしろいと思うものを書いて書いて書きまくるだけです!」

「それ全部読んで、次々さばかなくちゃいけないこっちのにもなってよ! ただでさえ忙しいのに! アンタ、この調ちようだとかく通るまで毎週しんさく書いてくるでしょ! もうめないけど、つまんなかったらじよばんしか読んであげないからね! わかった!?」


 せいが鳴りひびく新作の打ち合わせが終わったあと。

 帰りたくととのえている俺に、神楽かぐらざかさんがぽつりと言った。


和泉いずみ先生って、変わりましたよねー」

「はい?」

「一年くらい前からかなー。なんか、前とくらべていっさいゆうがなくなったっていうか、よく言えばハングリーせいしんむき出しになったでしょ。『ぎんろう』も、シリーズちゆうからふん変わって、ちょっと人気出て、打ち切りのぎわからだつしゆつしたじゃないですか」

「あー」


 心当たりがありすぎる。


「前は、しゆえんちようでやってたんです。自分が面白いと思うしようせつを書いて、みんなに読んでもらって、よろこんでもらえたらいいなって、それだけで」


 当時は中学生だったし、きよくたんな話、売れようが売れまいがどうでもよかった。

 小説家を長く続けるつもりもなかった。思ったよりもきびしいしよくぎようだったし、大学行くまでにはやめるんだろうなって、ばくぜんとそう思っていた気がする。


「いまは、そうじゃない?」

「お金がしいんです」


 そつちよくに言った。むかしの俺が聞いたら、おこられてしまいそうな台詞せりふを。

 それでも今のおれは、たたかわなくてはいけなかった。

 早く金をかせいでりつしなくちゃいけない。


「ふーん、いいんじゃないですか?」


 と神楽かぐらざかさんはニヤつく。


「いいんですかね、こんなぞくな理由でがんばって」

「それが和泉いずみ先生のやる気につながっているなら、こちらとしてはなんだっていいです。お金がしいのは、しよくぎようさつさんならごくつうの考え方ですしね。ああ、それで思い出しましたが、あなたのやる気を出させるざいりようが、もうひとつありまして」

「? なんです? ゆうめいイラストレーターでもつけてくれるんですか? 『一』先生とか」


 そぼくなもんなんだけど、なんでイラストレーターの人たちって、一文字とか、わざわざけんさくせい悪いペンネームつけるんだろうね。


ちがいますって。そんなこと言ったら、ずっと和泉先生の作品のイラストをたんとうしてくれているエロマンガ先生におこられちゃいますよ?」


 そこで、いまの俺にとって、ピンポイントな名前が出てきた。


「どんなに和泉先生がじようそくひつはつしても、いままでもん一つ言わずにごとを引き受けてくれていたんですから、うわしちゃだめですよ」


 どうやら神楽坂さんは、次のしんさくのイラストも、エロマンガ先生にたのむつもりらしい。

 俺にはもったいないくらいの仕事あいなので、ねがってもない話なのだが。

 ふくざつしんきようだった。だってあの人、俺の妹だったんだもん。


かんしやしてますよ、ちゃんと」

「ならいいです」

「で、プレゼントってのはなんです?」

「じゃーん」


 どん、と神楽坂さんは、テーブルにかみたばせた。

 このがおをしているときは、絶対にろくなことじゃない。


「……その……紙の……束は?」

「私がネットで集めた、『ぎんろう』のかんそうですよ! さあ! 目を通してあい入れてください!」

「俺、おっかないからネット見ないっていつも言ってますよね! その理由も、よぉ~~~~~~っく知ってるはずですよね!?」

「もっちろん♪ ですからこれは、やみくもに集めたわけじゃなくて、私のノウハウでげんせんした『どくしやの感想』ですよ。色んな意見がありますが、すべて『私のこと』だと思って受け止めてくださいね」

「…………」


 神楽坂さんは、よくこういうとつな行動やちやぶりをしてくる。

 よくわからんしゆぎようきようようするしようキャラかよとも思うが、早く死なねえかなともたまに思うが、いまとなっては大事なとりひきさきだし、いい作品を作ろうという気持ちは同じはずなので、みにすることはないけれども、どんな話でもちゃんと最後まで聞くことにしている。

 どうせおれのコミュ力ではことわれないし。


「この前、他のへんしゆうさんから、『どくしやの意見などさんこうにするな』って言われたんですが」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影