第一章 ⑤

 俺が一年間かかって開けられなかった妹の部屋の扉が、ゆっくりと開いていき──


「…………………………」


 パジャマ姿すがたの少女が、姿を現わした。

 しろはだに、わずかにみだれたはくぎんちようはつ、青いひとみからは何のも読み取れない。

 ちょっと目を離したしゆんかんに、溶けて消えてしまいそうなやつ。

 それが俺の妹・和泉いずみぎり

 紗霧は、ぽかんと口を開けて見つめている俺に気付くと、小さな声でささやいた。


「ひさしぶり、兄さん」


 妹との、一年ぶりのさいかいだった。



 どのくらいこうちよくしていただろう。気付けば、妹がすぐ目の前で、ひようじように俺を見ていた。

 会うのはこれで二度目だが、あらためてれんなやつだと思う。げいのうじんのようなぞくっぽい可愛かわいさではなく、あくまでな、自然物の美しさ。しかしまぁ、このじようきようで妹あいにまずのうに浮かんだのがそれなのだから、俺がどれほどこんらんしているかがわかろうというものだ。

 妹とのは、これで二度目──


「……………………」

「……………………」


 おたがいに何も言わない時間が続く。あいつが何を考えてそうしているのかは知らないが、こっちはあまりのきゆうてんかいのうがついて行けなくなっていたのだ。

 というか……本当にこいつがあのどうはいしんしていたのか?

 エロマンガなんていう、ぱっとみわいなペンネームをっているイラストレーター?

 こうして本人をの当たりにしてみると、あのげんどうとこの見た目がまったくいつしない。

 やっぱり……何かのちがいじゃないのか?

 やがてさらに一分ほどの時がたち、ようやくおれは口を開いた。


「……ひさしぶりだな。……一年ぶり……くらいか?」

「………………」


 返事はなかったが、その代わり、ぎりは表情をみようにむっとさせた。

 な、なんだよ。なにおこってんだ。

 ……まぁ、もしもこいつがじつなんだとしたら、いきなりとびらをドンドンたたかれたわけだから、こういうはんのうもわかるけど。でも……。

 俺はちらりとノーパソのめんを見る。すでに配信は終わり、暗い画面がうつっていた。そのままゆっくりとせんを上げ、もう一度妹の顔を見る。


「なぁ……おまえが『エロマンガ先生』……なのか?」

「……………………」


 あいわらず返事はなく、しかし。

 ……うわ、うつむいてめっちゃあせかいてる! めちゃくちゃどうようしてるだろ!

 いまのやり取りだけでおれしんしようは「あ、こいつクロだわ」になっていた。

 これほどまでに感情が顔に出るやつもめずらしいな。ちようくちで、ひようじようキャラっぽい見てくれのくせに。


「やっぱりおまえが、さっきのどうはいしんして──」

「……っ!」


 ぎりごんのまま、ぶんぶんと首を横に振る。


「うおっ」


 え? なんだこいつ?


「ち、ちがうってこと?」

「…………」


 紗霧はこくこくとうなずく。そして俯いたまま、なにやらボソボソつぶやいている。


「えっ、なんだって?」

「…………」

「聞こえねーぞ」


 俺は耳を妹のくちもとに近づける。するとようやく小さな小さな声を聞き取ることができた。


「……そんなずかしい名前の人、しらない」


 じゃあなんでそんなペンネームつけたんだよ。

 こいつが『エロマンガ先生』本人だったなら、そう言ってやりたい。


「……」


 紗霧はムスッとそっぽを向く。ふてぶてしいたいだった。


「うーん」


 というかだな。ていすれば否定するほど、かたるに落ちていると思うんだが。だって本当にかいなんだとしたら、そもそもこういうリアクションになるわけがないし。

 どうしたもんか、と、そう考えたときだ。

 紗霧が無言のまま、すぅっととびらめようとした。


「おおっと! そうはいくか!」


 がちん。俺のつま先が、閉まりゆく扉にはさまった。


「!」


 がちんがちんがちんがちん! あせって扉をけ閉めする紗霧。


いたい痛い痛い痛い!」

「……して」


 たぶん『足をどかして』って言っているんだろうが──


「断る!」


 ここでのがしたら、このとびらはもう二度とかない気がした。


「おまえが、『てんせいぎんろう』のイラストをいてた、エロマンガ先生なんだろ?」

「……ち、ちがっ……ちがっ……」


 うっ……な、泣きそうな顔すんなよ。いじめてるみたいじゃないか。

 ああくそっ、おれはそんなつもりじゃなくて──


「すげぇじゃん」


 ただ、そう言いたかっただけなのに。


「………………」


 うつむいていたぎりが、青いひとみうるませたままで、ほんのちょっぴりだけ俺を見た。


「!」


 ふと目が合って、どきりとする。俺はいつしゆんことにつまり、ごくりとのどを鳴らす。


「さっきのどう、めちゃくちゃ可愛かわいいイラストだったじゃん。おまえのファンも、たくさん見てて……みんなすげーよろこんでた」


 目をそらして、ようやく声が出た。


「ずっとん中に閉じこもって、なにやってんのかなって気になってたんだけど……すげーことやってたんだな、おまえ」

「………………」


 なおな気持ちをつたえたものの、妹の顔が見られない。

 どんなひようじようで俺を見ているのか、わからない。あ、うわ、やば、あせる。パニくってる、俺。

 せ、せっかく話せたんだから、もっと会話を続けねーと。

 ええっと、だい、話題話題話題──


「おまえのイラストって、超えろいよな」

「!」


 なに言ってんだ、俺!

 妹に言うべきなのは、それじゃないだろ! めちゃくちゃ引かれてるじゃん!


「あ、あとっ! その……だな」


 まよったが……


「すげー……うれしかった」


 やっぱ、言うべきだよな。『俺のしようたい』を。


「……紗霧……実は、俺……」


 嬉しかった理由を、ちゃんと伝えるために。


おれは──」

「だめぇっ!」


 こくはくを止めたのは、ぎりおおごえ


「えっ?」


 俺は耳をうたがった。ぼうぜんと声のぬしに振り向く。


「……だ、だめって──なにが?」


 うろたえながらもそう口にすると、

 ゴスッ!

 返事の代わりに、はなぱしらきようれついちげきが。


「……が……は……っ」


 顔を押さえ、たまらず俺はいつとたたらをむ。

 バタン!

 くらりとれるかいの先で、『かずの』がふたたざされるのが見えた。

 ごくあくどうちに使われた、きようしようたいもだ。

 ……紗霧のやつ…………兄をごついジョイパッドでなぐりやがった。

 妹との一年ぶりのさいかいは、こうしてとうとつに終わりをげた。

 残ったのはズキズキという鼻のいたみと、チャンスを生かせなかったこうかい


「……くそ、これからだ」


 そして、ひさしぶりに妹と会えた、うれしさだった。


 よくじつ

 俺はないにあるしゆつぱんしやへとおもむいた。しんさくの打ち合わせをするためにだ。

 へんしゆうないにある打ち合わせブースでっていると、たんとう編集の神楽かぐらざかさんがやってきた。


「へーい、お待たせ!」


 ショートカットにパンツスーツというキャリアウーマンふうのファッションなのに、軽いノリと顔のせいで女子大生に見える。

 俺はせきを立ち、神楽坂さんをむかえる。


「ども」

「ごめんね和泉いずみ先生~、前の打ち合わせが長引いちゃって」


 神楽坂さんは、テーブルし、俺のたいめんすわる。


「最近ほんといそがしくてー♪ たくさんヒット作をかかえちゃったから~。昨日きのうもその前も二時間しかてないんですよぉー。いつものことだからラクショーですけどね!」

「はあ、大変ですね」


 しんそこどうでもいいわ。そんなことより俺の作品をヒットさせようぜ。

 よっぽどそう言ってやりたかったが、がしらほんをぶちまけるわけにもいかない。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影