「聞こえなかったのか? 俺は『妹』を題材にしたライトノベルを書く! 小さな女の子が大好きすぎて、ついにかわいい小学生をヒロインにした名作小説を書き上げちまったあの人みたいに! 全裸大好き売れっ子作家さまが、はだかでピアノ弾きながら、めちゃくちゃえろくて面白いラブコメの構想を練っているみたいに! えっちな絵を描くのが大好きなあの人が、いつも俺を感動させてくれているみたいに──」
俺はいったん息を吸い込んでから、言い切った。
「俺は、世界でいちばん大好きな妹を書く! 俺の心を素材にして〝究極のラノベ〟を創ってやるぜ!」
「──っ!」
妹の顔は、炎みたいに赤くなった。ヘッドセットを鷲摑みにして、被る。
スピーカーで拡張された声で、火を噴くように叫ぶ。
「ちっとも嬉しくない! 嬉しくない嬉しくない嬉しくない! そんなので心を開いたりなんてしないし気持ち悪いだけっ! うそつきの兄さんなんて大っ嫌い! 信じない! 早く出て行って! 私のことは放っておいて!」
すべてを焼き尽くすようなはげしい拒絶。
妹に、俺の言葉は届かない。
そして……
『開かずの間』の扉は、再びかたく閉ざされる。
紗霧の心と同じように。
数日が経ち、五月も半ばに差し掛かった。
あれから紗霧とは、一度たりとも顔を合わせていない。
対話する前よりも、さらに関係は悪化し……扉の前に食事を置いても、そのままになっていることが増えてきた。あんなに楽しそうにやっていた動画配信さえ、ぴたりと止まっている。
心配で心配で胸が張り裂けそうだったし、俺が妹に悪影響を与えてしまったのかと思うと、罪悪感で死んでしまいそうになる。
それでも俺は、愚直に小説を書き続けた。妹に食事を用意してやり、声を掛け続けた。
やる気MAXファイヤーで、できることをやるのだ。
最後のボツを喰らってから、俺は編集部に原稿をいっさい提出していない。プロットや、企画書もだ。
速筆作家として(編集部に対して)売っている、和泉マサムネとしては、いまだかつてないことではあるが──俺は、いま手がけている『妹小説(タイトル未定)』について、これまでとはやり方を変えることにしたのだ。
数打ちゃ当たる〝弾〟のひとつとして消費するのではなく。
必ずや、死んでも『この作品』を世に出すと決め、腰を据えた。
奇しくもそれは、俺がデビューする前にやっていたやり方そのもので──速筆を活かしプロ作家として生き残るために、切り捨てたやり方でもあった。
いままでうまくいっていた──まがりなりにもプロで通用していたやり方を、自己判断で変え、新しい題材に挑戦するのは楽しかったし、無限のモチベーションが湧いてくる。
もちろん、いいことばかりじゃない。
担当編集には、つい先日、『今週中になんか出してね』と言われたのだが……。
……仕事相手に『原稿を待ってくれ』って頼んだのは、始めてだ。
向こうに設定された締め切りを、自分から拒否するのは、俺にとって、とても怖いことだ。
これで俺の作家生命が終わってしまうんじゃないか、という不安さえある。
もう二度と、本を出版することは、できなくなるかもしれない。
実際には、そこまで厳しくはないのかもしれないが、担当編集の『じゃあ、ゆっくり考えてください』という優しく聞こえた言葉が、たまらなく恐ろしい。
俺が原稿を出さないでいたら、どんどん他の作品に、出版枠を奪われていってしまう。
書いても書いても、何十冊ぶんの文章を書いても、一冊も本が出せなくて挫けそうになった、一昨年みたいに。
いつの間にか、俺の座る席は、なくなってしまう。ファンにさえ、忘れられてしまう。
きわめて現実味のある想像が、ずっとまとわりついていた。
ペースダウンの恐怖を、俺は、デビュー以来初めて味わっていた。
一番好きなモノを題材に、やる気MAXファイヤーで書きまくっている俺は──
バトル小説をやめて、妹小説を書いている俺は──
うまくいっていたやり方を変えて、うまくいってなかった頃のやり方に戻した俺は──
わくわくと心躍らせながら、同時に、不安で押し潰されそうになっていた。
初めて小説を書いたときのように──
ポジティブとネガティブの激しい波を、交互に繰り返しながら、書き進めていった。
興奮と恐怖を胸に抱いて、細いロープを渡っていく。