第四章 ⑦

 俺は、あらためて紗霧が手に持つきよう──いな、ペンタブのめんかれている、ぜんきんぱつしようじよのイラストを見る。


「そのイラスト……もしかして、エル──おとなりやまさんか?」

「…………」


 紗霧は答えず、そっぽを向いた。


「そうなんだな? このえろい全裸女が、俺がうそつきって話とどう関係してるんだ?」

「……!」


 バッ! しゃしゃしゃしゃーっ!

 紗霧はふたたび、タブレットにペンを走らせる。

 すぐにイラストをかんせいさせ、むすっ、と、俺にめんき付けてきた。


「………これ」

「……ううむ……」


 紗霧が見せてきた画面には、さっきと同じくデフォルメされた『俺』のイラスト。

 ムカつく顔で『おとなりさん? ぜんぜんなかくないよ』としやべっている。


「次はこれ」


 ぎりは、タブレットをおれき付けたまま、片手の指をめんすべらせる。

 するとひようされているイラストが切り替わり──

 ちようえろいぜんのエルフと、それを見て『ひゃっほー』とスケベに笑う『俺』のイラストが表われた。


「……こ、これは……」


 ひくひく。俺のくちもとが引きつる。


「……次はこれ」


 紗霧はさらに画面をスライド。

 エルフのごとで、楽しそうにお喋りする、俺とエルフの姿すがたかれている。


「……ぬ……ぐ……」


 俺は、紗霧の部屋の、わすれているカーテンにせんをやった。

 おかしいと思ってはいたんだ……引きこもりが何の理由もなく、カーテン開けるわけねぇって……。そーゆーコトかよ。


「……紗霧、おまえな」

「次」


 紗霧はさらに画面をスライド。

 お土産みやげを持った『俺』が、でれでれとニヤけ顔でこう言っている──


美味おいしいお土産もらってきたよ。おなかすいてるだろ?』


 紗霧はさらに画面をスライド。


『お隣さん? ぜんぜん仲良くないよ』


 しゃっ、しゃっ、しゃっ──

 以上四枚のイラストを、何度も順番に切り替えて、見せつけてくる。

 ────『お隣さん? ぜんぜん仲良くないよ』────────

 紗霧は、あらためて言った。


「うそつき」

「仲良くねぇええええええええええええええええええよ!」


 なんっつー……まどろっこしいきゆうだんだこりゃあ!

 紗霧は、低い声でり返した。


「うそつき」

「だから! うそじゃねーって! 確かに俺は、最近よくお隣に出かけていくけれども! それにはじようがあるんだ!」


 そもそもこれってしやくめいするようなことか? 今回、俺はだんじて噓をいちゃいないけれども、もしも本当にうそいていて、おとなりさんとイチャコラなかくやっていたとして。

 なんでぎりがぶすくれて、くちいてくれなくなったり、一方的にきゆうだんしてきたりするんだよ。

 意味がわからん。

 紗霧は、さらにめてくる。


じようってなに」

「それは────…………」


 俺はいま、くだんの〝お隣さん〟と『こうへいしようのため、エロマンガ先生に、エルフのげん稿こうを読んでもらえるようにする』というやくそくをしているわけで。

 ここで紗霧に、やまエルフ先生のしようたいを明かしてしまうという手もある。

 ……でも、言いたくない。

 もちろん約束は守るし、エルフの原稿はなんとかして読んでもらうけれども。

 隣に住んでいるのが、売れっ子作家の山田エルフ先生だということを、妹に教えたくない。

 いや、いや、ごまかすのはやめよう。

 公平な勝負をすると約束したにも関わらず、俺にはいまだまよいがあるのだ。

 俺よりもずっと人気があって売れているどうぎようしやが、すぐ隣に住んでいて、エロマンガ先生の力を俺と同じくらい強くほつしていて、学校にも行かず紗霧とたような生活をしている──だなんて、言いたくないのだ。たいせつあいぼうを取られてしまうような気がして、イヤなんだよ。

 なんてなさけない、ずかしいやつだって自分でもそう思う。


「……いまは、まだ、言えない」


 来月になったら、言うさ。

 二人の原稿が仕上がって、おまえに読んでもらって、決着がついたら。

 そのときに。


「そう」


 紗霧は俺のへんとうに、しつぼうしたようだった。ひとみに暗いものを宿やどしたまま、ぼそぼそとつぶやく。


「……うそつき。ずっと、ずっと、なにもかもうそばかり。兄さんなんて…………」


 紗霧は、はっきりと断言する。


「兄さんなんて、だいきらい」


 そのことはもう『エルフと仲良くしていたこと』を糾弾するものではなくなっていた。

 一年間、かりそめながらも兄妹として同じ屋根の下でらしてきた俺に対する、妹からのひようだった。


「──大嫌い、か」

「大嫌い。顔も見たくない」


 じようとうじゃないか。ショックを受けている場合でも、落ち込んでいる場合でもねえ。

 わかっているな、和泉いずみまさむね──ここで決めなくちゃ、あにじゃない。


「なら、うそつきじゃないって、しようめいする」

「……どうやって?」


 いまこそおれの決意を、つたえるときだった。


「決まってる。俺にできることなんて、ひとつっきゃないんだ」

「………………なんの話?」

「俺は、この一年間、ずーっと同じことばかり考えてた。妹に、俺のことを信じてもらうにはどうすりゃいいのか。ぎりあにに、少しでも近づくためにはどうすりゃいいのか。おまえにみとめてもらうには、どうすりゃあいいのか、ってさ」

「………………」

「でもって先月……俺は、おまえのみつを知った。ずっといつしよごとをしてきた人の、しようたいを知った」



『フハハハハハハハ! テンション上がって来たあ──!』



 妹に近付くきっかけをつかんだ、と、張り切ったあのときの気持ち。



しようだ! 俺のあいぼうを、おまえにはわたさん!』



 アニメ化さつなんぞブッ飛ばしてやるといきいた、あのときの気持ち。


「色々考えたよ。色々行動もした」


 燃え上がるようなモチベーションの高まりは、デビュー以来、初めて感じるほどのものだった──初めて作品のかんそうをもらったときと同じくらい、初めて自分が書いた本がほんならんだときと同じくらい────────『すっげえおもしろい!』って、思ったのだ。



『……楽しかったの。絵をくのも、どうはいしんして、みんなとおしやべりするのも』

『ばか! ばか! ばか! えっち! へんたい!』



 妹と、話せるようになって、うれしかった。これからどうしようって、心おどった。

 最近の俺は、きっと──

 楽しさのあまりバカ丸出しでイラストを描いていたエロマンガ先生と、同じ気持ちで行動していた。妹と、エロマンガ先生のことで頭がいっぱいになったまま、しんしよくを忘れるいきおいでしんさくしようせつを書いていた。


「そんで、ようやく気付いたんだ」


 ひつに楽しく仕事をしようというなんだいを、俺はすでにとつしつつあったのだと。


「やっと──おれがやるべきことが、わかった」


 聞いておどろけ!

 じようやる気MAXファイヤーで、ちよう楽しく仕事をして、めちゃくちゃおもしろしようせつを書き上げるさく

 ボツボツうるせえたんとうへんしゆうをぎゃふんと言わせ、クソうぜえアニメ化さつさまをブッ飛ばし、これからもエロマンガ先生にすげーイラストをいてもらい、かわいい妹のしんらいて、ほんいちあにになる──いつぱつぎやくてんひつさつわざ

 しようがいでたった一度きり、世界でゆいいつ、この俺だけが使用できる、S級レジエンドクラスのユニークスキル。

 そいつは──


ぎり! 俺は!」


「妹をヒロインにする!」


 俺は紗霧に──妹に向かって、大声で言ってやった。


「…………………………………………………………………………は?」


 紗霧は、かんぜんひようかれたようで、目が点になっている。


「な、な、な……なにを……言ってるの」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影