第四章 ⑥

「もうっ!」


 紗霧は、ぎん! とひときわ強く俺をにらむと、パソコンデスクのあたりから、ペンタブを手に取った。まえかがみになって、しゃしゃしゃしゃーっ、と、こうそくでペンを走らせる。

 十びようもしないうちに、イラストをかんせいさせて俺にき付けてきた。


「これっ!」

はや! なんだ、これ? ……もしかして、俺か?」


 紗霧が俺に突き付けてきたのは、デフォルメされた『俺』のイラストだった。

 口からはフキダシが出ていて、その中に『お隣さん? ぜんぜんなかくないよ』と書かれている。


「なんか、この『俺』……はらつ顔してんな。……これがどうしたんだ?」

「……!」


 紗霧はふたたび、しゃしゃしゃしゃーっと、新たなイラストをいて、俺に突き付ける。

 つうに喋った方が絶対に早いだろと思ってしまうが、こいつに限っては、れいがいなんだろうな。

 紗霧は、パンパン! と、タブレットのめんたたいて、


「……これ」


 紗霧が見せてきたのは、ぜんきんぱつしようじよのイラストだ。


「どう?」

「どうって……」


 このイラストを見たかんそう? そりゃあ……。


「むちゃくちゃエロって! タブレットのかどなぐんのやめろよ!」

「ば、ばかっ! そうじゃなくて! 他に……他に……!」


 他に、何か言うことあるでしょう? と、言いたいのだろうか。


「他に、ねぇ」


 このちようエロいきんぱつしようじよのはだかを見て、他に、何か言うこと……か……。


「……うーん……ないでもないけど、これは関係ないだろうし……」

「………………言ってみて」


 いや、ほんとに関係ないと思うぞ? と、言えるふんではなかったので、おれかたなく、思ったことをそのまま口に出してみた。


「ずっと気になってたんだけど、おまえって、なんでひんにゆうの女の子しかかないの?」

「……!」


 ぎりは、ボッとせきめんしつつった。

 俺に対してキレていた紗霧のいきおいが、目に見えて弱まる。


「そ、それは……!」

「ヒロインのおっぱいを大きくしてくださいってようぼう出しても、するよね?」

「そ、そんなことない。……がんばって大きくしてあげた。ちょっと」

「よく見ないと気づかないレベルでな」


 デビュー当時、全力で要望を出してその結果だったので、俺はあきらめて、作中にきよにゆうキャラを出すのをやめた。

 描いてくれないから。


「……から」


 紗霧が、ぼそっと何事かをつぶやいた。顔はぜんとして赤く、目がわっている。

 エルフに『ヒロインのはつとうじようシーンがクソ』って言ってやったときも、こんな顔をしていやがったな。……これは、あれだ……紗霧のやつ……かんぜんに、ムキになっている。

 いまのやり取り、どうやらエロマンガ先生にとってゆずれないポイントだったらしい。


「えっちな絵には! こだわりがある……から……!」


 紗霧は、自分の声で、はっきりとこう言った。


なまは描きたくない!」


 …………………………。

 しん、と、ちんもくが満ちる。


「ええと……」


 えっちな絵には、こだわりがあるから、自分の目で見たものしか描きたくない。

 エルフがさっき言っていた『しゆざい』の話と、たようなものだろうか。俺にもそういう『こだわり』がないわけじゃないから、そのくつは、なんとなくわかる気がするが……。

 紗霧の発言には、大きな問題がある。


「……いままでおまえは、ぜんぶ……じつさいに、自分が生で見たことあるものを……描いてたってこと?」

「そんなわけない。りようが手に入らないものとか……『ぎんろう』に出てくるかいしゆぞくとか、せいれいとか、そうぞうでしかけないものもたくさんあるし。でも、したとか、人の身体からだとか、みんなが見たことあるようなものは、一度見てから描かないとやだ」

「いや、おれが問題にしているのは、そういうことじゃなくてだな」

「……え?」


 うまくつたわらなかったようなので、俺はもう一度言い直した。


「おまえはその……えっちな絵を描くとき……」

「あっ」


 言われている意味に気付いたのだろう──ぎりは、ぼしゅ! と、さらにきゆうそくに赤くなる。

 俺は、決定的なしつもんをするべく、さらに口を開く。


なまってなにを」

「言わないで!」


 バンッ! 紗霧はタブレットを全力で俺ののうてんたたき付けた。


「ばか! ばか! ばか! えっち! へんたい! 兄さんはまた……!」


 バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! とうとともに、顔面をめつちにされる。


「やめ……! わる……! いた……! がんじようどんだなオイ!」


 ペンタブってのは、えきしようとプラスティックでできてるんじゃねーの!?

 なんでてつぱんなぐったみたいな音すんだよ! とくべつせいか!?


「……はー、はー、はー」


 引きこもりの体力のなさで、すぐに紗霧はいきれした。

 ……めぐみが初めてうちに来る前くらいに、エロマンガ先生がはいしんで描いてたえっちなイラストも、き出したオシリにヒモみたいなぱんつが食い込んだポーズをしていて、みんなだいこうふんしていたものだが。


「…………まさか、あのケツ出しイラストは……」


 俺は、顔をガードしていたうですきから、かたすみに置かれた姿すがたをみやる。

 ……紗霧のやつ……あのかがみを見て……


「ちゃ! ちがぁーッ!」


 バンッ! バンバンバンバンバンバンッ!


「まだなんも言ってねーだろ! 落ち着け!」

「ぜったい想像した! いま私で、すごいえっちなことっ……!」


 げんかいとつしたいかりとじらいで、紗霧は、顔から火が出そうなくらい興奮している。


「考えてねーよ!」

「うそだあ!」


 紗霧は、息をあらげて俺をブッ叩きながら、まくし立てる。


「ぜ、ぜったい! 私が四つんいになって、自分のオシリを見ながら、あのえっちなイラストをいたってそうぞうしたもん! そのためにヒモのぱんつを買ったんだなって、えっちなやつだなって思ってるもん!」

「マジでそこまでは考えてなかったよ!」


 本人がはくしたせいで、いまはえっちな妹だなって思っているが。


「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」


 ぎりは、歯を食いしばって、うるんだひとみおれにらみ付けるばかり。

 いかん……泣かれる!


「紗霧! 聞け!」


 俺はとっさに、大声を張り上げていた。


! ! !」

「!」


 俺のけんまくおどろいたのか、ビクッと紗霧のかたがはねる。

 妹は、こちらのようをうかがうようにつぶやく。


「……ほんとに?」

「おう、ほんとだ」

「……ひもぱんをせんたくさせても、えっちな子だなって……けいべつしない?」

「するわけあるかよ」


 だんげんした。

 というか、この前せんたくしたアレ、ひもぱんだったのか。

 パッと見てもわかんねーよ! そもそも引きこもりの妹が、ひもぱん持ってるってのが、すでにそうぞうらちがいだよ!


「そんなに心配なら、はっきり言ってやる。おれは、おまえのあにになるって決めた。おまえにみとめてもらうって、決めたんだ。だから、おまえがどんなにえろいやつでも、、なにより絶対にバカにしたりはしない」


 俺はむねを張って、しんねんを口にする。


「それが兄貴ってものだからだ」


 だから安心しろ、ぎり

 妹を守るのが、兄貴のやくだ。


「……………………」


 紗霧は、俺の話を、ふくざつな表情で、だまって聞いていた。感情が顔によく出るわかりやすいやつなのに、このときは何故なぜか……まったくはんべつできなかった。

 いていえば『らく』をのぞいた『あい』が入りじっているような──


「ばかみたい」


 ──そんな顔で、紗霧はてる。


「えっちでうそつきの兄さんなんて、しらない。信じない」


 ああ……そうだった。


「……俺がうそつきだって話だったな」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影