第四章 ⑤

「………取材ね。おまえが言ってた『ごと』ってのは、これか」

「ええ、そうよ。少しはさんこうになったかしら」

「大いにな」


 直接アドバイスされたわけではなかったが……とっかかりを、つかめた気がする。

『遊びで仕事をやっている』エルフの書いた小説は、悔しいがおもしろい。

 すさまじく面白くて、むちゃくちゃ売れている。

 その理由はいったいなんなのか。

 同じく『遊びで仕事をやっていた』デビュー当時の俺と、なにがちがうのか。

 三年前、デビュー当時の俺に、りなかったものはわかる。

 ひつさだ。なりふりかまわず本気でどくしやを楽しませようという、プロとしての心がまえだ。

 そいつを……遊びでやっているという彼女は、ちゃんと持っている気がする。

 もしかしたら、ごとでやっているおれよりも、強く。

 その上で。さらなるプラスアルファを、かさねている気がする。

 それはきっと、スポーツマンガで、しゆじんこうそなえているようなマインドだ。

 だれよりも楽しんでいるがゆえに強いとかいう、めいせいしんろんだ。

 それでも、いつこうはあるのではないか。じやつかんでん入っちゃっているとはいえ、マンガの主人公ではなく、じつせきのある人間のことなのだ。

 やる気MAXファイヤーで書いた文章の方が、絶対おもしろいに決まってるでしょ──

 美味おいしく食べてもらうのは当然のだいぜんていだけれど、そのためにも、りようは楽しく作らなくちゃね──

 わたしは遊びでやっているのよ──

 彼女が俺に言った台詞せりふが、ぐるぐると頭の中を回っている。

 ライバルのあつとうてきな実績が、俺の心をりにくる。

 つまり──つまり。俺はどうしたらいい? どうするべきなんだ?

 どうしたら俺は、いまよりも面白いしようせつが書ける?

 ひつさとか、そういうもろもろを失わずに、もっと楽しく仕事をすればいいのか?

 たいてきにどうやって?

 デビュー作でいきなり売れっ子になったエルフとちがって、仕事はつらむくわれないものだって、こんなにもみてしまっているのに? いまだってボツ続きで、いつになったら作品をかんせいさせられるのかわからなくて、どんどんエルフに勝てる気がしなくなってきて──

 あせりで頭がどうにかなってしまいそうなのに?

 答えは、いつだって俺の、すぐそばにあった。

 気付くのは、もう少しだけ、先のこと。

 そして──

 やまエルフ先生は、今日もワープロソフトをどうしなかった。

 あれほどかっこいいおおぐちたたいていたにも関わらずだ。

 ……おいおい、このままげん稿こうを書かないでいたら、せんしようで俺の勝ちになっちまうぞ?

 ……本当に、どうするつもりなんだ……?


 日も落ちて暗くなったころ……

 俺は両手に、お土産みやげふくろを持たされて、クリスタルパレスをあとにした。


「……おそろしく美味いメシだったな……」


 ぼうぜんつぶやく。


「妹のぶんまでもらってしまった」


 おれりようくらべられてしまうのがつらいが、きっとよろこんでくれるんじゃねえかな。


「……はららしてるかもしれねえ。早く、持って行ってやるか」


 俺はたくへと入っていった。『かずの』へ向かう階段を、ゆっくりと上っていく。

 いつみ出すごとに、身体からだが重くなるような感じがした。

 何故なぜかって?

 ごとをしないアニメ化さつさまに、色々あつとうされてしまったってのもえいきようしているし……。

 ──へんたい。

 あのけんからこっち、妹とひとことも口をいていないのだ。顔も見てない。

 以前のじようきように戻っただけっちゃだけなんだが……。

 二階にとうちやく。俺は『開かずの間』の前に立ち、


「ええい!」


 頭を振って、暗い気分を追い出した。

 あにってのは、妹に、落ち込んだ顔を見せたりはしないんだ。


「すーっ、ふーっ……よし」


 しんきゆうして気持ちを落ち着け、いざ──

 きぃぃ……。


「あれっ?」


 ──声をけようとしたら、先んじて『開かずの間』のとびらひらいた。


「…………」


 扉を開けて現われたのは、もちろんパジャマ姿すがたの俺の妹。

 だったのだが……。


「…………………………………………」


 ぎりは、わざわざ扉を開けて、自分から俺の前に出てきたにも関わらず、ひとことしやべらない。

 ひたすらごんで、じぃっと俺を見続けている。かんじようひとみからは、ようあつりよくを感じた。


「……さ、紗霧?」

「…………………………………………」


 こちらから声を掛けてみても、はんのうは変わらず。

 気まずいちんもくが、しばらく続いた。

 プレッシャーにえかねた俺が、泣きそうになったころ……ようやく妹に動きがあった。


「…………」


 紗霧は、ひようじようのまま、くい、くい、と、まねくように人差し指を動かす。

 このジェスチャーは……


「……入れってことか?」

「…………」


 ぎりていこうていもせず、ぞくりとするような流し目をしてから、おれを向ける。


「お、おい」


 だまって見ていると、とびらめられてしまいそうなはいを感じたので、俺はあわててに戻っていった妹のあとを追う。

 そうして俺は、何度目かの『かずの』へのしんにゆうたしたのである。

 妹の部屋のようは、以前に入れてもらったときと変わらない。

 ひとつだけちがっているのは……ベランダのカーテンが、開いていること。


「メモでも言ったけど、けっぱなしはダメだぞ。頭おかしい人が、となりに住んでるからな」


 くちゅん! と、エルフがくしゃみをしているこうけいが、なぜかのうに浮かんだ。

 紗霧は、部屋のちゆうおうでこちらに振り向き、したくちびるんだ。


「………………」


 俺としては、なんとか気まずいげんじようかいしようと話を振ってみたのだが、けいに妹からのプレッシャーが強まった気がする。な、何故なぜだ……? 話題のセレクトをちがったか……?

 くそう……どうしていいかわからない。

 なさけない話だ。キャラクターのしんじようは、何万ページも書いてきたのに、いつしよに住んでいる妹の気持ちさえ、俺にはわからない。わからないが、何もしないってのはナシだ。考えろ……!


「ええっと……隣といえばな。これ」


 俺はエルフの家から持ち帰ってきた、お土産みやげかかげて見せた。


「お隣さんからもらったんだ。すげえ美味うまいから、食べてみな」

「………………いらない」


 ようやくしやべったと思ったら……。


「いらないって……どうして? おなかいてるだろ?」

「……………………」


 紗霧は、ふたたびむすっと黙り込んでしまう。決してつねに無表情なやつではないし、むしろ感情が顔に出やすいやつではあるのだが……。どうしてそうなっているのか、までは読み取れん。

 俺は、ひとまず荷物をその場において、ゆっくりと語りかけた。


「なぁ……なにをおこっているのかしらないが、言ってくれなくちゃわからないぞ」

「…………うそつき」

「うそつき? だれが?」


 紗霧は、すねたようにくちびるとがらせて、俺の顔を指差した。


「……俺?」

「……そう」

「俺が、うそつき……か。すまん、心あたりがない。どういうことだ? せつめいしてくれ」


 まどろっこしいやり取りが続く。

 前回会ったときから、口を聞いてもらえていなかったわけで、もともとおれおこっていたのはわかる。しかし、おとなりさんからの土産みやげを見せたら、けいいかりが強まったのはどういうわけ?

 妹の心はなぞだらけだ。


「……だから……!」


 だからの続きが出てこない。

 ぎり──エロマンガ先生。

 どうはいしんのときはあんなにしやべるのがうまいやつなのに、こうしてめんと向かっているときは、とんでもなく口べたになってしまう。


「う、うう……うう~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 もどかしさのあまり、目をきつくつむってこぶしをぶんぶん振り回し始めた。

 俺もなんとか紗霧の気持ちをくみ取ってやりたいのだが、さっぱりわからん。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影