「………取材ね。おまえが言ってた『仕事』ってのは、これか」
「ええ、そうよ。少しは参考になったかしら」
「大いにな」
直接アドバイスされたわけではなかったが……とっかかりを、摑めた気がする。
『遊びで仕事をやっている』エルフの書いた小説は、悔しいが面白い。
凄まじく面白くて、むちゃくちゃ売れている。
その理由はいったいなんなのか。
同じく『遊びで仕事をやっていた』デビュー当時の俺と、なにが違うのか。
三年前、デビュー当時の俺に、足りなかったものはわかる。
必死さだ。なりふり構わず本気で読者を楽しませようという、プロとしての心構えだ。
そいつを……遊びでやっているという彼女は、ちゃんと持っている気がする。
もしかしたら、仕事でやっている俺よりも、強く。
その上で。さらなるプラスアルファを、積み重ねている気がする。
それはきっと、スポーツマンガで、主人公が備えているようなマインドだ。
誰よりも楽しんでいるがゆえに強いとかいう、意味不明の精神論だ。
それでも、一考の余地はあるのではないか。若干電波入っちゃっているとはいえ、マンガの主人公ではなく、実績のある人間の言葉なのだ。
やる気MAXファイヤーで書いた文章の方が、絶対面白いに決まってるでしょ──
美味しく食べてもらうのは当然の大前提だけれど、そのためにも、料理は楽しく作らなくちゃね──
わたしは遊びでやっているのよ──
彼女が俺に言った台詞が、ぐるぐると頭の中を回っている。
ライバルの圧倒的な実績が、俺の心を折りにくる。
つまり──つまり。俺はどうしたらいい? どうするべきなんだ?
どうしたら俺は、いまよりも面白い小説が書ける?
必死さとか、そういう諸々を失わずに、もっと楽しく仕事をすればいいのか?
具体的にどうやって?
デビュー作でいきなり売れっ子になったエルフと違って、仕事は辛く報われないものだって、こんなにも身に染みてしまっているのに? いまだってボツ続きで、いつになったら作品を完成させられるのかわからなくて、どんどんエルフに勝てる気がしなくなってきて──
あせりで頭がどうにかなってしまいそうなのに?
答えは、いつだって俺の、すぐそばにあった。
気付くのは、もう少しだけ、先のこと。
そして──
山田エルフ先生は、今日もワープロソフトを起動しなかった。
あれほどかっこいい大口を叩いていたにも関わらずだ。
……おいおい、このまま原稿を書かないでいたら、不戦勝で俺の勝ちになっちまうぞ?
……本当に、どうするつもりなんだ……?
日も落ちて暗くなった頃……
俺は両手に、お土産の袋を持たされて、クリスタルパレスをあとにした。
「……恐ろしく美味いメシだったな……」
呆然と呟く。
「妹のぶんまでもらってしまった」
俺の料理と比べられてしまうのが辛いが、きっと喜んでくれるんじゃねえかな。
「……腹減らしてるかもしれねえ。早く、持って行ってやるか」
俺は自宅へと入っていった。『開かずの間』へ向かう階段を、ゆっくりと上っていく。
一歩踏み出すごとに、身体が重くなるような感じがした。
何故かって?
仕事をしないアニメ化作家さまに、色々圧倒されてしまったってのも影響しているし……。
──へんたい。
あの件からこっち、妹と一言も口を利いていないのだ。顔も見てない。
以前の状況に戻っただけっちゃだけなんだが……。
二階に到着。俺は『開かずの間』の前に立ち、
「ええい!」
頭を振って、暗い気分を追い出した。
兄貴ってのは、妹に、落ち込んだ顔を見せたりはしないんだ。
「すーっ、ふーっ……よし」
深呼吸して気持ちを落ち着け、いざ──
きぃぃ……。
「あれっ?」
──声を掛けようとしたら、先んじて『開かずの間』の扉が開いた。
「…………」
扉を開けて現われたのは、もちろんパジャマ姿の俺の妹。
だったのだが……。
「…………………………………………」
紗霧は、わざわざ扉を開けて、自分から俺の前に出てきたにも関わらず、一言も喋らない。
ひたすら無言で、じぃっと俺を見続けている。無感情な瞳からは、異様な圧力を感じた。
「……さ、紗霧?」
「…………………………………………」
こちらから声を掛けてみても、反応は変わらず。
気まずい沈黙が、しばらく続いた。
プレッシャーに耐えかねた俺が、泣きそうになった頃……ようやく妹に動きがあった。
「…………」
紗霧は、無表情のまま、くい、くい、と、招くように人差し指を動かす。
このジェスチャーは……
「……入れってことか?」
「…………」
紗霧は否定も肯定もせず、ぞくりとするような流し目を寄越してから、俺に背を向ける。
「お、おい」
黙って見ていると、扉を閉められてしまいそうな気配を感じたので、俺は慌てて部屋に戻っていった妹のあとを追う。
そうして俺は、何度目かの『開かずの間』への侵入を果たしたのである。
妹の部屋の様子は、以前に入れてもらったときと変わらない。
ひとつだけ違っているのは……ベランダのカーテンが、開いていること。
「メモでも言ったけど、開けっ放しはダメだぞ。頭おかしい人が、隣に住んでるからな」
くちゅん! と、エルフがくしゃみをしている光景が、なぜか脳裏に浮かんだ。
紗霧は、部屋の中央でこちらに振り向き、下唇を嚙んだ。
「………………」
俺としては、なんとか気まずい現状を打開しようと話を振ってみたのだが、余計に妹からのプレッシャーが強まった気がする。な、何故だ……? 話題のセレクトを間違ったか……?
くそう……どうしていいかわからない。
情けない話だ。キャラクターの心情は、何万ページも書いてきたのに、一緒に住んでいる妹の気持ちさえ、俺にはわからない。わからないが、何もしないってのはナシだ。考えろ……!
「ええっと……隣といえばな。これ」
俺はエルフの家から持ち帰ってきた、お土産を掲げて見せた。
「お隣さんからもらったんだ。すげえ美味いから、食べてみな」
「………………いらない」
ようやく喋ったと思ったら……。
「いらないって……どうして? おなか空いてるだろ?」
「……………………」
紗霧は、再びむすっと黙り込んでしまう。決して常に無表情なやつではないし、むしろ感情が顔に出やすいやつではあるのだが……。どうしてそうなっているのか、までは読み取れん。
俺は、ひとまず荷物をその場において、ゆっくりと語りかけた。
「なぁ……なにを怒っているのかしらないが、言ってくれなくちゃわからないぞ」
「…………うそつき」
「うそつき? 誰が?」
紗霧は、すねたように唇を尖らせて、俺の顔を指差した。
「……俺?」
「……そう」
「俺が、うそつき……か。すまん、心あたりがない。どういうことだ? 説明してくれ」
まどろっこしいやり取りが続く。
前回会ったときから、口を聞いてもらえていなかったわけで、もともと俺に怒っていたのはわかる。しかし、お隣さんからの土産を見せたら、余計に怒りが強まったのはどういうわけ?
妹の心は謎だらけだ。
「……だから……!」
だからの続きが出てこない。
紗霧──エロマンガ先生。
動画配信のときはあんなに喋るのがうまいやつなのに、こうして面と向かっているときは、とんでもなく口べたになってしまう。
「う、うう……うう~~~~~~~~~~~~~~~~~」
もどかしさのあまり、目をきつくつむって拳をぶんぶん振り回し始めた。
俺もなんとか紗霧の気持ちをくみ取ってやりたいのだが、さっぱりわからん。