第四章 ④

 学校行く行かないはともかく……ちゃんと勉強しておかないと、売れっ子作家でもゆるされないということを、自分しんしようめいしてしまったエルフであった。


「よ、ようするに、わたしがおどろいていたのは、アンタは年に文庫九十六冊分の物語をみ出すちようそくひつさつだってこと!」

「言っとくけど、さすがに、ずっとその速度をし続けられるわけじゃないぞ。土日休むと半分になるし、しすぎると病気になることだってあるしな」


 いずれにせよ、九十六冊なんてのは、あくまで仮定の話でしかない。

 じつさいおれは、きよねん、一年に七冊出したのが最高ろく(イラストレーターにちようきついスケジュールをいた)だし、一昨年おととしは、ボツのげんごくにハマり、他のさつしゆつぱんわくうばわれ、いつさつも本を出せてない。


「それでもじゅうぶんかくがいのチートスキルよ。るいけいはつこうすう百万以下の雑魚ざこ作家のぶんざいで、すでにA級スキル持ちホルダーだなんて……はじめて見たわ、そんなやつ」


 いつしゆんなんの話だと思ったが、そういえばコイツこの前『累計発行部数が百万をえると「大小説家グレーター・ノベリスト」にランクアップしてスキルをかくとくできる』とかいうもうそうれ流していたな。

 ……ううむ……ライバルに、初めて作家としてみとめられた気がしてまんざらでもなかったのに、なおよろこべない。


「そういえば、『大小説家グレーター・ノベリスト』さまであるおまえも、何か、そういうスキル? 持ってんの?」


 妄想にノッてやると、エルフはニヤリと笑った。


「わたしのユニークスキルも、けっこうすごいわよ。使いがつの悪い玄人くろうと向けののうりよくだけれど、そのぶん決まったときのばくはつりよくは、あんたの〝超速筆スピードスター〟をりようするわ」

「そ、そうなんだ」


 エルフがあまりにもガチすぎて、おれは妄想に付き合ってしまったことを、ちょっとこうかいした。


「いずれ見せてあげるわよ。あんたがわたしに、けるときにね」


 あとから思い返してみれば、俺は、このてんで気付いておくべきだったのだろう。

 エルフのおそるべきの能力のしようたいに……ヒントはじゅうぶんにそろっていたのだから。

 ──なんて、俺が能力バトルもののしゆじんこうだったなら、そんなモノローグを入れておく場面だったかもしれないな。やれやれ、アホらしい。


 さて、そんなやり取りがあった後。俺たちは一階へと戻っていった。

 エルフはキッチンでりようをはじめ、俺はリビングで、書き上がったげん稿こうを読み直す作業を行う(A4用紙がないので、結局ちがうサイズの用紙で、原稿をいんさつした)。

 どのくらいったころだろうか……リビングでとんすわっていた俺のところに、エルフがさらを持ってきた。


「ちょっとスープのあじをしてくれる?」

「ん、お、おう」


 俺は、赤ペンと原稿をローテーブルに置いて、スープの味見に取りかかった。

 味見というわりには、やや深めの皿に、ざいれいりつけられている。

 たまねぎ、えんどうまめ……皿の中心、メインヒロインのようにそんざいしゆちようするのは、ぷるんとふるえるはんじゆくたまご。

 こうばしそうな焼き色の付いたキャベツは、乙女おとめまところものよう。

 ただよかおりは、コンソメとベーコン、バターのさんじゆうそう

 ごくりとのどが鳴った。

 見た目とかおりの両面から、ガンガンしよくよくげきしてくる。


「………………」


 さらを直接手に持ち、ず……とすする。

 ずず……ごんでもうひとくち。ずず……さらにもう一口。

 何かにかされるようにスプーンを動かし、乙女おとめころもを一枚ずつはがしにかかる。キャベツを口にふくんでみしめると、こうないにじゅわっとうまみがみてきた。


「………………」


 ことにもならない。代わりにせわしなく次のものねらいを定める。スプーンのせんたんをつぷりとはんじゆくたまごにし入れる。とろりと流れ出たを、キャベツにからめ、他のざいいつしよに口に入れる。

 とろり……バク……じゅわっ、ずず……。

 ……ううむ……こ、コレは……。


「どう? お味は」

「すげえ美味うまい」


 出てきたのはシンプルなしようさんの言葉。

 一年前からすいをはじめたようなおれなんかとは、かくちがう、エルフのりよううでまえだった。


「でしょ? これぞ名付けて『はるようせいぜんスープ』! まだまだじよの口だから、他の料理にもたいしていてちようだい

「おう!」


 しようじきなところ、この『なんたら全裸スープ』とかいう、ちよう美味くてわいな名前のしるを飲ませてもらった時点で『仕事を見せてもらうはずだったのに、なぜ手料理をわされているのか?』というもんは、すでにどうでもよくなりつつあった。

 なりつつあったのだが、俺の口からは別のしつもんが飛びだした。


そうといい料理といい……おまえって、なんかしよたいめんのイメージと違って……むちゃくちゃじよりよく高くねーか?」


 料理も掃除も超うまく、がつたしなみ、オタクしゆにも明るい、見てくればつぐんの女の子。

 そんでもって、じんかくめんにはなんがある。まるでライトノベルのヒロインみたいなやつだ。

 俺のもんに、エルフはでこう答えた。


「プロのラブコメ作家なんだから、当たり前でしょう?」

「な、なに? どういうことだ?」

「どういうこともなにも。料理ができないラブコメ作家なんて、いるわけないじゃない。掃除のやり方をしらないラブコメ作家なんて、ひとりもいないわよ。だって掃除のうまい女の子も、料理のうまい女の子も、自分の書くしようせつに出てくるんだから。どくしやをヒロインにれさせるために、女の子をかわいくくために、毎日毎日ひたすらそればかり考え続けているのよ。じよりよく高いに決まっているでしょうが」

「……そういうもんか?」


 そういえば、あのせんぱいも、あの先輩も、じんかくはともかくりようはうまいらしいしなあ。


「そういうものよ。すいしようせつを書くのに人を殺すのはダメだけど、ラブコメ書くのに料理するのは別にはんざいにならないからね。そりゃ、やるわよ。人を殺すときの気分は、そうぞうするしかないけれど、くらいなら、ごうほうてきたいけんできるわ。美味おいしい料理を作れたときの感動も、じようたつするうれしさも、失敗したときのくやしさだって、体験できるものなら、体験してから書くでしょう。プロなんだから」


『ラブコメ作家全員が女子力高い』なんてのは、さすがに決めつけだと思うが。

 ……なんだ、こいつ。

 学校行ってねーけど、ちゃんとべんきようしてるんじゃねーか。


「……おまえ、遊びで小説を書いているんじゃなかったのか?」

「本気でやらない遊びなんかつまらないわ。──美味しく食べてもらうのは当然のだいぜんていだけれど、そのためにも、料理は楽しく作らなくちゃね」


 おれの対面にすわっているエルフは、テーブルにりようひじをついて、両のてのひらあごをのせる。

 エルフは、にっこりと、ヒロインみたいに微笑ほほえんで、


「ねぇ、美味しかった?」


 どきり、と、しんぞうねた。かろうじて、顔には出さずに返事をする。


「すっげー美味うまかったよ。さっき言ったろ」

「そう。すっげー嬉しいわ。あんたのおかげで……料理、いままでよりきになったかも。────ありがとう、いいしゆざいになるわ」

「──────」


 たしかに、かわいい女の子にそんなふうに言われたら、れてしまうかもしれない。

『取材』というすいことがくっいていてなお、俺はどうようしてしまっているのだから。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影