第四章 ③

 まだエルフとけつべつする前に、そんなことを言ったっけ。

 あいにく、こいつはちっとも仕事なんてしてくれず、参考になることなどなかったのだが……。

 エルフは言った。


『わたし……明日、仕事するから。よかったら、見にきなさい』



 よくじつほうおれしんみようおもちで、クリスタルパレスのもんぜんに立った。

 あのエルフが。半月の間、俺の前で一度たりとも仕事をすることがなかった売れっ子作家さまが、今日、ついに仕事をするというのだ。きんちようしないわけがない。こうしているだけで、あせき出てくる。


「……ごくっ」


 いや、まぁ、しようせつなんだから、仕事するのが当たり前なんだけどさ。

 おかしいな……俺も少しばかり、あいつにどくされてしまっているのかもしれない。

 ピンポーン。インターホンを押すと、すぐにやつの声が聞こえてきた。

 おごそかなこわいろで、


なんじあかししめせ』

ちんもくせよ、光あれ」

『入りなさい……せいいきは開かれた』


 インターホンが切れ、門の先のとびらがわずかに開く。もちろんな力で開いたわけではなく、向こう側からエルフが押している。

 ……このちやばんをやんないと、家に入れてくれないからこまる。このくらいの手続きで、の『かずの』が開くなら、いくらでもやってやるんだけどなあ。

 顔を熱くしながら、扉の前まで進むと、さっきまでのしんせいっぽいやり取りをぶちこわすかのように、いきおいよく扉が開く。

 そして、白いエプロン姿すがたのエルフが現われた。


「来たわね! っていたわ!」

「……どうしたんだ、そのかつこう?」


 俺は目をいて聞いた。


「今日は……仕事をするところを見せてくれるんじゃ……なかったのか?」


 そう思って来たのに、出てきたのは、なふりふりエプロンを着用したやまエルフ大先生だったのである。おれぎようてんするのもはない。

 いつしゆん、メイドきつにでもまよい込んでしまったのかと思った。

 エルフは、エプロンをたたいて言った。


「見てのとおり、ぜつさんごとちゆうよ!」

「おまえの仕事って、しようせつだよね?」


 メイドじゃないよね?


「は? なにをわかりきったことを……」

「一瞬わからなくなってしまったから、聞いたんだ。小説家の仕事で、どうしてエプロンをそうちやくするひつようが?」

「エプロンを着けてやることなんて、りようしかないでしょう? さ、ついてきなさい」


 ? ?? な、なにを……言っているのだ?

 俺のもんはまったくかいしようされないまま、エルフに連れられリビングへ。


てきとうすわってちようだい」と、いつもの台詞せりふを言われたところで、ピンポーン、と、インターホンが鳴った。エルフは、リビング入口にあるインターホンのじゆを手にとって、


なんじあかししめせ。………………入りなさい……せいいきは開かれた」


 ガチャ。通話を切ったエルフは、俺を見て言った。


「クロネコヤマトだったわ」

「おまえ! はいそうぎようしやにもそれやらせてんのかよ!」

「当然でしょう? なんのためのあんごうだと思っているのよ。だれかれかまわずげん稿こうを取りに来たてきだと判断するのはよくないって、あんたが言ったんじゃない」

「そりゃ、言ったけど……」


 おとどけもののたびにこのちやばんをやらされる配送業者さんが、かわいそうでならない。


「ちょっとげんかんに行ってくるわ。悪いけれど、あんたもきて。たぶんアレだから」

「はいはい。なんだかわかんねーが、とことんつきあってやるよ」


 玄関で、エプロン姿のエルフが受け取ったもつがなんだったかというと。


「……しよくざいか」

「そーよ。わたし、いつもネットスーパーで買い物をしているの」


 インターネットでたのむと、食材やら何やらを届けてくれるというサービスである。

 便べんなのかもしれないが、ややわりだかなので、俺は利用したことがない。


「はい、そっち持って」

「はいはい」


 二人で食材をキッチンまで運び、れいぞうに入れていく。もう、完全に料理をする流れになっているな。ごとをするところを見せてもらうつもりで来たってのに。


「……何を作るのかしらんけど、つだうか?」

「いや、今日のはそういうシチュじゃないから、一人で作るわ。リビングでっていてちようだい


 ぜんとして、こいつのがわからない。そういうシチュじゃないってなに?


ざいりようからすると、けつこう時間かかりそうだな。……家に戻ってちゃだめか? 仕事したい」

「ダメ。仕事したいなら、ここでしなさい。いいわね」


 どうあっても逃がしてはくれないらしい。

 ……こいつ……なーに考えてんだかな。


 エルフの考えはわからなかったが、仕事をやっていていいというなら、逃げ出すひつようもない。

 おれはエルフの仕事場にどうして、USBメモリに入れておいたげん稿こういんさつする。前にも何度か借りたことがあって、プリンターの使い方はあくしていた。

 エルフが使っているのは高級なぎようようレーザープリンターで、すさまじくせいのうがいい。俺のにはそんなものはなく、必要なときは学校のしよくいんしつやらネットカフェやらで印刷させてもらっていたから、うらやましいといつも思う。

 しずかな音で、けいかいに紙をき出していくプリンターをながめていると、


「あれ?」


 急に止まってしまった。どうやら紙がなくなってしまったようだ。


「おーい、プリンターの紙ってどこにあるんだー?」


 部屋の外に出て、かいに呼びかける。すると、ぱたぱたとエプロン姿すがたのエルフが上ってきた。


「用紙がなくなったの? うそ? 前にきゆうしてから、わたし、ぜんぜん印刷してないわよ? 仕事してないし」

「……………………」


 俺はさりげなくエルフからせんをそらした。


「あんた! 人んちのプリンターで、大量に印刷したでしょ!」


 もちろんすぐに、俺のはんこうだとバレてしまった。俺はエルフをおがんでゆるしをう。


「いや、すまん。どーももったいなくてプリンター買ってなかったんだけど……すぐ使える場所にあると、やっぱ便利でなあ」

「だからあんた、うちに来るたびプリンター使わせろって言ってきてたのね──もう自分で買いなさいよ! うわ! ほんとに部屋にストックしておいたA4用紙がぜんぶなくなってる! 印刷したのって、ほんとに原稿だけ? ウソでしょ? はんつきでどんだけ書いたの?」


 どんだけ書いたかって……うーん、そうだな。


「一週間で、三百ページくらいのをさくずつ書いて送ってたから……半月で千二百ページくらい」

「せ……!」


 エルフが、ネズミをもくげきしたねこがたロボットみたいな顔になった。


「せんにひゃく!? 千二百ページって言ったいま!?」

「お、おう。言ったぞ」


 ちなみに一枚の紙に二ページぶんずついんさつしているので、しようしたA4用紙はその半分だ。つまり六百枚くらい印刷した……ということ。


「……そうおこるなよ、インク代とかみだいくらいはらうって」

「そうじゃないわよ! そうじゃなくて……一週間で三百ページを二作ずつ書いてた? つまりぶんぼんさつぶんってことよね──それが本当だとしたら、アレよ? 一月で……ええと、何冊になるのかしら?」

「八冊」

「そう! 八冊でしょ!? 二千……何百ページか! てことは……てことは……あくまでていだけど……書いた作品がぜんぶはつばいされるとしたら……」


「年間で八十八冊も、本が発売できてしまうじゃない!」


「九十六冊じゃねーの?」


 ざんかけ算あやしいぞ? 売れっ子作家のくせにだいじようか?


「………………」


 エルフはだまった。

 ポッとほおめ、けれど『別にたいしたことじゃないよ』みたいな顔で、


「そうね! 九十六冊ね! ちょっとちがえたわ!」

「…………八かける十二は、八を十二回足すんだぞ?」

「ばかにしないでちようだい! し、しし、しってるわよ! そのくらい!」


 いきどおるエルフの顔は、ゆでだこみたいにっている。

 人前で小学校レベルの問題をせいだいに間違えるとか、すさまじいはじだものな。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影