「話してなくても同類だってわかるわよ。あの娘、平日の昼間っから、部屋にいるし」
「そ、そうか……」
紗霧のバカ! カーテン閉めとけっつったろ!
あいつ、引きこもりのくせにベランダのカーテン開けるのって、いったいなんなんだ?
道路側のカーテンと窓は、絶対開けないくせに……。
しかし……ううむ。
紗霧の引きこもりは、エルフにバレてしまったか。まぁ、エロマンガ先生と同一人物だということまでは気付かれていないようだけどな。
「おせっかいは、わたしじゃなくて、妹に焼いてあげたら?」
「あいつはいいんだよ、かわいいし、頑張ってるから。おまえはダメ、かわいくないし、頑張ってないから」
「え? わたしの方がかわいいでしょ」
「ぜんぜん?」
比べることさえおこがましい。
「くっ……! そ、それにあの娘、ひたすら絵ぇ描いてるだけじゃない! どう考えてもプロの世界で無双しているわたしの方が頑張っているでしょうが!」
そうでもないんだけど……本当のことは言えないしな。
「とにかく」俺は話を戻す。「おまえはさっさと仕事しろ」
「だからー、やる気出ないって言ってるじゃない。人の話聞いてないの?」
「やる気はカンケーねーだろ。仕事ってのは毎日休まずするもんだ」
「えっ?」
エルフは、もの凄く驚いたような声を出した。幽霊を目撃したような顔で震えている。
「あ、あんた……あんた……ま、まさか……ウソでしょ……? い、いい、いつも……そんな仕事のやり方をしているの?」
「と、当然だろ? 俺はボツが多いし、毎日書かないとやっていけな──」
「やる気がないのに原稿を書くなぁああぁぁぁぁあぁあぁぁぁっ!」
バチーン! エルフは、全力で俺にビンタをぶちかました。
「? ??」
もちろん俺は、なんで殴られたのか、さっぱりわからない。
痛む頰を押さえて、当惑するばかりである。
「愚か……あんたってやつは……どこまで愚かなの! すべてわかった……謎は解けた……! そんなやり方をしているから、あんたの書く小説はつまらないのよ!」
「な、なんだと……?」
「やる気出ないときに書いた文章が面白いわけないでしょうが! なんでそんなこともわからないのよ! バカなの?」
山田先生、マジギレである。よっぽど俺の言い草が気に食わなかったらしい。
「た、多少やる気なくても面白く書くのが、俺たちの仕事じゃないの?」
「違うってばバァァァカ! 『やる気ないときに面白く』書いた文章より、やる気MAXファイヤーで書いた文章の方が、絶対面白いに決まってるでしょ!」
「そ、そりゃ……そうかもしれんけどなぁ」
「だったら! やる気MAXファイヤーのとき以外、死んでも原稿なんか書くなよ! じゃないと、実力以上の作品を完成させることはできないし! 書いてて楽しくないし! なんか、なんか……手ぇ抜いたみたいな気分になるでしょ!」
「………………………………」
こいつの言い分も……わからなくは、ない。わからなくは、ないんだが……。
「おまえ……そんなやり方で、いままで仕事してきたのか?」
よくやってこられたな──そういう意味で聞いたのに、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。
「? わたし、仕事なんかしたことないけれど?」
「は? いや、売れっ子作家様なんだろ?」
「もちろんそうよ。でも、それは趣味だもの」
「な……に?」
エルフはソファから立ち上がり、ゆっくりと机の方へと歩く。
ノートパソコン──自分の仕事道具に指を触れさせて、言った。
「わたしは趣味でプロの作家をやっているの」
「…………」
咄嗟に言葉が出てこない。累計発行部数で俺の十倍の数字をたたき出す大小説家様が……いま、なんて言った? ……趣味、と、聞こえたが。
「もっとわかりやすく言うなら、遊びね、遊び。言葉の綾で仕事と言うことはあるけれど、わたしにとってずっと変わらず、小説を書くのは遊び。この世のなによりエキサイティングな、人生でいちばんハマったゲーム」
何故か、俺の脳裏には、はしゃいで絵を描く紗霧の姿が浮かび上がる。
「わたしと同じゲームで遊んでるのに、手を抜くなんて許さないわ。つまらない真似はやめて頂戴」
こいつ……。なんだろ……これ……なんか、無性に、むかつくんだが。
ひどく静かに、はらわたが煮えくりかえっている感覚。
いままでも大切な相棒を賭けて勝負していたわけで、十分すぎるほどに俺は燃えていた。
けど……まさか、その上があるとはな。
すげえ。さすが売れっ子作家さまの仕事場だ。アニメ化マネーで買った家だ。
この家に、来てよかった。素晴らしい収穫があった。みにくい嫉妬だと笑わば笑え。
「上等だこのクソエルフめ。勝ってやるぞ」
俺は、宿敵に向かって、言ってやった。
「こっちは仕事でやってるんだよ。遊びでやってるやつなんかに、負けてたまるか」
「遊びでやってるわたしが、仕事でやってるやつなんかに負けるわけないでしょう?」
こいつにだけは絶対に負けたくない。
必ず勝つ!
こうして俺は、エルフと、今度こそ完全に敵対した。
のだが──……その翌日の夜。
ピピピピピ!
「はい、和泉ですが」
『わたしよ! あんた、なんで今日は来なかったの?』
さっそく、敵対したはずの相手から、親しげな電話が掛かってきたのである。
自室ではかどらない仕事をしていた俺は、思いっきり、眉間にシワを寄せてしまった。
それでも辛うじて返事をする。
「いや(おまえをやっつけるための)仕事が忙しかったし……学校もあったし」
『ふうん、そうだったの。じゃあ、トーゼン、明日は来るわよね?』
「なんだ当然って。当然いかねえよ、明日も、明後日も」
『えっ……な、なんで?』
エルフの当惑した声が聞こえてきた。……コイツ……なんでって……。
「……わからねぇの?」
『わ、わからないわ。教えなさい。……わ、わたし……あんたに何かしたかしら?』
……嫌味とかじゃなくて、ほんとにわかってねーな、こいつ。不安そうな声出しやがって。
「や……だからさ、俺たちって敵同士じゃん?」
敵の家に行くわけねえだろう──と、続けようとしたら、
『ん? 違うけど?』
「はっ?」
『えっ?』
? ?? と、電話越しにクエスチョンマークを発生させる俺たち。
『別に、あんたはわたしの敵じゃないでしょ?』
「いや、いやいや、敵だろ? もともとエロマンガ先生を賭けて勝負する敵同士だったし──その後ちょっとなれ合っちゃってたとこもあったけど、昨日、お互いの仕事についてのスタンスの違いで言い合いになったことで、改めて決別したじゃねーか」
俺にそこまで言わせて、ようやくエルフは、今日、俺が家に来なかった理由に思い至ったらしい。
『ああ、ああ、あれね。気にしなくていいってば、そんなの。どうせわたしが勝つし』
「!? か……ッ」
簡……単、に言いやがって~~~~~~~~~~~~~~~~~~!
ああそうかい。話が嚙み合ってない理由がようやくわかったぜ。こいつは俺を、敵だと思っていないんだ。勝って当然の相手だから、勝負とすら思っちゃいない。
だから敵対している俺に、『なんで今日は来なかったの?』なんて台詞が天然で出てくる。
「おまえのそういうところが、ほんとむかつくわ。絶対泣かせてやっかんな」
『がんばって頂戴、応援してるわ。で、本題だけど──明日は来るわよね?』
「あのさぁ。なんで山田先生は、そう執拗に俺を家に呼びたがるわけ?」
『!? な、な、なな、なに言ってるのよ! ばっかじゃないの! 別にあんたなんか、家に呼びたがってなんかないし!』
「はいはい、そんなテンプレツンデレキャラみたいな演技しなくてもいいから」
『っ……あんたのそういうところ、ほんとむかつくわ。いつか泣かせてあげるから、楽しみにしていなさい』
「がんばれ、応援してるぜ。それで……ボツ続きで修羅場ってて、クソ忙しい俺が、わざわざ敵の家に行かなくちゃいけない理由はなに?」
「………………」
電話越しに、しょんぼりとした空気が伝わってくる。
……ちょっと言い過ぎたな。敵とはいえ……年下の女の子に言うことじゃなかった。
謝ろうかと口を開いたところで、エルフから回答が来た。
『……あんた、前に、わたしが仕事しているところを見たいって言ってたでしょ? 参考にしたい──とか、なんとか』
「……おう」