あれから半月ほどが経ち、五月になっていた。
ボツ続きで悩んでいる俺は、敵であるエルフの仕事場に、ちょくちょくやってきていた。
その理由は三つある。
売れっ子作家の仕事ぶりが、新作の参考になるかもという理由。
敵情視察という理由。
そしてなにより、隣に住んでいる売れっ子作家さまのことが、気になって仕方がないからだ。
もちろん好きとか嫌いとか、そういうんじゃない。
そういうんじゃなくて……
山田エルフの仕事ぶりが、あまりにも俺の想像を超えていたんだよ。
「お・ま・え、なぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
今日も今日とて、エルフの仕事場に、俺の声が轟いた。
「いい加減仕事しろよ!」
「えー、やる気でなーい」
購入したばかりのソファに寝っ転がり、気だるそうな声を出すエルフ。
今日も学校が終わった後で、エルフの家──クリスタルパレスを訪ねたのだ。
そうしたら、このザマである。この売れっ子作家さまは、ちっとも仕事をしないのであった。
ワープロソフトを起動しているところを、一度たりとも見たことがない。
だらけ過ぎだろ。ここにファンがいるってことを忘れているんじゃあるまいな。
俺、こいつの新刊、めちゃくちゃ楽しみにしてるんだぜ? 憧れの天上人だった作家先生が、目の前でこんな有様になっていたら、放っておけるわきゃねーだろうが。
「やる気出ないやる気出ないって、毎日ずーっとそればっかじゃねーか。俺、ここでおまえが大口叩いてるとこと、遊んでるとこと、だらけてるとこしか見たことねーぞ。そんなんで原稿締め切りに間に合うのか?」
「さあ?」
「さあ、じゃねーよ。アニメ化決まったシリーズの新刊も、俺と勝負するための新作も、どっちもやらなきゃいけねーんだろ? 両方月末締め切りなんだろ? そろそろやばいんじゃないのか?」
「担当編集はそーゆってるけど、わたし、別に月末までにやるとは言ってないしー。そんなスケジュールを許可した覚えはないしぃー。ていうか、まだ一文字も書いてないしー、このままじゃ間に合わないんじゃないかしらー」
ぴこぴこ携帯ゲームをやりながら、まるで他人事のように言う。
へらへらっと笑って、
「えへへ、でも大丈夫大丈夫~♪ 作家に伝えられる締め切りなんて、目安みたいなものなんだから。まだまだ引っ張れる引っ張れる。それに……それに、よ? そもそもわたしのような天才に、締め切りなんて無粋なモノがはたして必要なのかしら? ──否! 断じて否! 我が心は自由であってこそ、創造の翼をはためかせる……」
「ばっかじゃねーの」
……お、おかしいな。この前は、かっこいいやつだと思ったのだが……。
やっぱりゴミじゃねーか。あの感動は、俺の気の迷いだったのだろうか。
どうしてこいつは、月末に締め切りが二つも迫っているってのに、へらへら平気でゲームとかやってられんの? 信じらんねえ。モンハンやってんじゃねーよ。
「おい、おい、山田先生よう……究極のラノベを創るんじゃなかったのか?」
「創るわよ、必ず。そのために、いまは魔力を充塡しているの。傑作を創るため、鋭気をやしなっているの。余計な口出しはやめて頂戴」
毎回この調子だ。無限に言い訳を繰り出してきやがる。こいつの担当編集さんも、苦労しているんだろーよ。
「そんなことより、マサムネ、協力プレイしましょう。ゲーム機ならもうひとつあるから」
「しねえよ」
「じゃあ、お茶でも用意して頂戴。気が利かないわね」
「何様だてめえ!」
怒鳴りつけてやったのに、うつ伏せになっていたエルフは、それでもゲーム画面から目を離さない。
「うるさいわねー。あんた、それでもわたしの下僕なの?」
「たしかに俺はおまえのファンだけど、下僕じゃねーんだよ」
「それにしたって、一人暮らしの美少女の面倒を見てあげるのは、お約束でしょう? そのくらいの甲斐性もないのかしら?」
「そーゆーのはな『とらドラ!』の竜児さんとかに頼め。現実にあんないいやつがいてたまるか。それに──」
俺は、エルフの仕事場を見回した。
あれほどあったダンボールは別の場所に移されており、さっぱりしている。フローリングも家具も、少々増えた仕事道具も、ぴかぴかに磨き上げられていて、たとえ本の中から竜児さんがやってきたとしても、やってもらうことはなさそうだ。
「──おまえだって、逢坂大河ってガラじゃねーだろ。普段だらけているようにしか見えないのに、どうしてこんなに部屋が綺麗なんだ? 掃除が趣味だったりするのか?」
「まぁね。それに人が来たとき、部屋が汚かったらカッコ悪いでしょ」
「ふうん」
俺のために掃除して待っていてくれた、ということ……なのか?
初めてここに入れてもらった日から、妙に歓迎されているような気がするな。いつの間にか、呼び方も馴れ馴れしくなってやがるし。
毎回毎回、クソ長い自慢話を聞いてやっているからか? わからん。
「にしても……」
改めて見てみれば、掃除をしたばかりって感じだ。俺の通う高校は、すぐ近くにあるし、今日は真っ直ぐ帰宅したはずなのだが……。
エルフは、自分が通っている中学校から帰宅して、それから俺が来るまでに、掃除するヒマなんてあったのか? 気になったので、本人に聞いてみることにした。
「そういや、おまえってどこ中よ? もしかして、俺の妹と同じ学校じゃねーの?」
「行ってないわ」
「は?」
「行くわけないでしょ、学校なんて、このわたしが」
エルフはこちらに顔を向けず、ソファにうつ伏せに寝転がったままで言う。
なんと、こいつも学校行ってない系女子だったとは。いや、待て、ということは、だ。
「……小卒?」
「しょッ……小卒ってゆーな!」
言葉のナイフが背中に刺さったのか、エルフはゲームを中断して、ガバッと起き上がった。ひらひらのミニスカートから、白い脚がのびている。日替わりのロリータファッション。今日はずいぶんと涼しげだ。
「あ、あああ、あんた! ……言うにことかいて、とんでもない暴言を口にしてくれたわね! だ、だだだ、誰が小卒よ!」
「おまえだおまえ。だって中学行ってないんだろ? このままだといずれそうなるぞ」
「……ぐぬ」
「いや、いや、山田先生、小卒はやばいよ! 俺、他の職業のことはしんねーけど、作家で小卒はまじやばいって!」
「そ、そう?」
「そうだって! 作家って、FF5の〝すっぴん〟みたいなもんだぜ。すべての職業のアビリティが使える最強の底辺職じゃん!」
「ちょッ、最後の一言!」
エルフが抗議してきたが、構わず続ける。
「小卒とかめちゃくちゃもったいねえって! 中学生になれんのは人生でいまだけなんだぜ! 行けよ! 学校! どこでもいいから!」
「だから小卒小卒うるさいのよ! 行く必要ないっつってんでしょ! わたし、ベストセラー作家なのよ!」
「! そ、そういえば……」
俺は愕然と目を見開く。
「お、おおお、俺はいままで、小卒にボロ負けしていたのか……?」
なんということだ……こんなことが……。
思いのほかショックがでかい。とても一人で抱え込める事実じゃない。
早稲田とか東大とか出てる高学歴作家の皆様方に、ぜひとも教えて差し上げねば……。
『おいコーコーセーくん。大学くらい、いいとこいっとけよ?』だの『社会経験ない作家とか、実によくないよぉ~』だの、ゴチャゴチャうるせー先輩方に、ぜひとも、小卒に無双されてどんな気持ち? って言って差し上げたい。悔しがるぞう。
「なに悪いカオしてるのよ」とエルフが口を挟んできた。
「だいたいね──わたしが小卒なら、あんたの妹だって小卒でしょうが」
「……おまえに、妹のこと話したっけ?」