第五章 ②

 昨日きのうまでの、へらへら笑ってサボっているアホ作家の姿すがたは、そこにはなかった。

 ひとりどくに、そうで赤いティガレックスをっていたプロハンターさまは、もういない。

 かつての俺がそうぞうしたとおりの、かっこいいやまエルフ先生が、仕事をしていた。


「…………」


 俺はごんを見回し……それから、たなの上を指でなぞる。

 指のはらを見ると、少しばかりのホコリがちやくしていた。部屋のあるじは、これまでそうをかかしたことのないやつだったのに。


「……これは……」


 ふとらしたつぶやきに、エルフがはんのうした。ぴくりとかたふるわせ、キーを叩く手を止める。

 ──そのこうけいに、ざいあくかんを覚えた。

 アーロンチェアのキャスターを回し、エルフは俺の方に振り返る。げんじつのないぼうには、深いくまがきざまれている。

 いつものロリータふくではなく、動きやすいスウェットの上下を着ていた。


「……ああ、あんた、来てたの。そっか……今日……三十一日だっけ。……リビングでっていてちようだい


 ろうのようにしわがれた声だった。


じやしちまったか?」

「………………」


 答えはなかった。彼女は俺の声が聞こえなかったように、ふたたびノートパソコンへと向き直り、キーを叩き始めていた。

 俺は無言で、足音を立てないように、仕事場から出て行った。


 言われたとおり、リビングで待つ。とんにあぐらをかいて、目をつむってさくに入る。

 ピリッとめた空気が、クリスタルパレスのすべてをおおっていた。

 ……まさか、あいつにあんないちめんがあるなんて、な。

 意外……じゃーねぇな。むしろああやってごとに打ち込む姿すがたこそが、どくしや──おれの思いえがいていた『売れっ子さつやまエルフ先生』のイメージだったのだから。

 あのようなら、きっと、らしいげん稿こうを仕上げてくるにちがいない。


「…………ふふ」


 俺にとってはごうが悪いことのはずなのに、どうしてもうれしさがこみ上げてくる。

 あいつは俺のてきだけれど、俺はずっと、あの人のファンだったから。

 一時間ほどしてから、エルフがとびらを開けて入ってきた。

 バターン!


たせたわね!」


 白いふりふりロリータ服に、しんじようなでかい声。

 すっかりいつもの調ちように戻っている。どうやって消したのか、くまさえなくなっていた。

 ノートパソコンと、かみたばかかえている。

 エルフは、つかつか俺のそばまでやってくると、バン! と音を立てて、紙束──原稿をローテーブルにたたき付けるように置いた。


「これが、わたしのしんさくしようせつよ!」

「…………………………………………………………」

「……なによ、和泉いずみマサムネ。その『ないモノを見た』みたいな顔は」

「いや……だってよ」


 仕事に打ち込む姿を見て、やりげるとは思っていたが……

 あらためて目にしてみると信じられん。本当にかんせいさせやがった……。


「お、おまえ……昨日きのう……まだひとも書いてないって言っていたよな?」

「ええ、言ったわね。それが?」


 それが……って、言っている意味、わかってんのか?


「たった……一日で……原稿を完成させた……のか?」


 俺はぼうぜんと、ローテーブルからエルフの原稿を手に取った。

 ずしりと重い。きちんと、ぶんぼんいつさつぶんはありそうだ。原稿の一番後ろを開いてみると、フッタに『130』と数字が振ってあった。つまり文庫本かんさんで二百六十ページ、ということ。


「一日……約二十四時間で、二百六十ページも書いたってのか……?」


 きようがくする俺に、エルフは「ふふん」ととくげに笑って見せた。


「いや、いや……ウソだろ? 一日で書ける分量って……がんばってもつうは二百ページくらいだろうが!」

「はいそこ! あんたのかんかくもじゅうぶんおかしいから! ……普通は五十ページくらいじゃない?」


 え? マジで? そんなもん? 一日五十ページって、おれへいじつほうに書くまいすうより少ないぞ? そんなにチョッピリずつのしんこうで、プロさつってやっていけんの? 一日百ページくらい書かないと、ボツのげんごくにハマったときにだつしゆつできなくねーか?

しゆうりね。やぶったらす』ってプレッシャーかけられたとき、どうするんだ?

 いくつかのもんいだいたが、いま問題にしているのはそこじゃねえよな。


「だったらけいにおかしいだろう。昨日きのうまでひとも書いてなかったくせに……どうして今日、いきなりげん稿こうかんせいしているんだよ」

「ちっちっちっちっ」


 エルフは、ムカつくぐさで指を振った。


「以前、言わなかったかしら──『あんたがけるときに、見せてあげる』って」

「なんの話──あっ」


 思い出した。



『わたしのユニークスキルも、けっこうすごいわよ。使いがつの悪い玄人くろうと向けののうりよくだけれど、そのぶん決まったときのばくはつりよくは、あんたの〝超速筆スピードスター〟をりようするわ』



 くっだらねーもうげんだと、すぐに忘れてしまっていたが──


「おまっ……まさかっ……おまえ……!」

「くふふふっ──気付いたようね。ごめいさつよ、和泉いずみマサムネ」


 バッ! エルフは俺の手から原稿をうばい取り、たかだかかかげた。


「これぞ『大小説家グレーター・ノベリスト』たるが〝能力〟! B級スキル〝完成原稿召喚サモンダークネス〟────稿

「──────」


 俺は目を見開いてこうちよくした。

 ば、バカな……ッ! そんな、おそろしいチートスキルがそんざいするなんて──!


「──っておどろくと思ったか! うそはつぴやく言ってんじゃねーぞ!」

「う、ウソじゃないわよ!」

「ウソつけ! さっきちようひつで書いてたろうが!」

「あ、あれはこの原稿じゃなくて! その……そ、そう! ゲームのこうりやくサイトを見ていただけよ! 遊び! 遊びにねつちゆうしていたの!」


 完全にぼしをつかれたようあせるエルフ。


「………………」


 じぃ、とはんでエルフの目を見つめる俺。


「な、なによ……」

「ケッ、なーにがサモンダークネスだ! おまえのやり口は『え? 夏休みの宿しゆくだい? えへへアタシぜんぜんやってないよぉ~♪』のハイエンドバージョンじゃねーか! プロのさつがやるなよタチわりィな! わかってんだぞ! いままでも、おれの見てないところで、ちょっとずつ書いてたろ!」

「書いてません~~~~~~~~~~~~~~~~~~! たったいま、かいからしようかんしたんですぅ~~~~~~~~~~~!」


 こいつはこんなゴミみたいなウソで、人をダマせるとでも思っているのか?

 たまにいるんだ。こういう『ごとやってないまん』するバカ作家が。

 そういうのやめろよ。俺、おまえのしんかん楽しみにしてるんだから。

 俺が冷たいまなしを向け続けていると、エルフはくちびるとがらせた。


「ウソだと思うなら、わたしのノートパソコンを調べてみなさい。どこにもこのげん稿こうのファイルはそんざいしないから」


『ふふん、どうだ』とばかりにうすむねって、ノートパソコンのふたを開け、見せてくる。


「……………………ちょ」


 いま、なんてった、こいつ……? 自分のPCのハードディスクに、この原稿のファイルは存在しない。よって、自分はこの原稿を書いておらず、魔界から召喚したものである、と……。

 そう言ったのか? こ、こいつ……ま、まさか……まさか……。


!? 稿! こんなくだらねー小ネタをやるためだけに!?」

「はあ? なにを言っているのかしらこのおバカは……この原稿は、このわたしがスキルによって魔界から召喚したものなのだから、原稿データなんてもとより存在しないのよ?」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影