第五章 ③

「やかましい! おま……じ、じ、自分が何をやったのかわかってんのか! やま、やまエルフの新作を消したんだぞ! その原稿にどれだけのがあると……!」


 こうふんしすぎて、ろれつがあやしくなってきている。


「……いや……山田エルフはわたしなんだけど……それに原稿ならここにあるじゃない」


 軽く言ってくれる…………ここに存在するアレが、ゆいいつのオリジナル原稿ってことか。


「……おまえそれ、マジでさ、にゆう稿こうとかどうすんの? いまどきのしゆつぱんしやって、データじゃないとダメだろ」

「さあ? わたしは、あんたとのしように勝ったら、この原稿を、このままたんとうへんしゆうわたしするだけよ。編集部のバイトとかが、ちでデータ化するんじゃない?」


 ほんとクソだなこいつ。ちゆうびようってかわいいぞくせいだと思うけど、こいつだけはろんがい

 まっっっ~~~~~~~~~~たく! かわいくない!

 ふんがいのあまり、いきあらげてしまった俺に、エルフはおうようぐさで原稿を差し出した。


「さぁ、きようはおしまい。勝負よ、和泉いずみマサムネ」


 おれはこのおよんで、ないしんではめちゃくちゃビビっていたが──

 ちがっても、表情に出すわけにはいかない。


「──じようとうだ。やまエルフ」


 俺もととのえ、宿しゆくてきむかつ。だいかかえていたちやぶうとうから、ちょうど三百ページのげん稿こうを取り出し、あいへと差し出す。

 おたがいの原稿が、こうかんされた。

 もちろん相手の自信作を、この場で読むためにだ。

 この手順はあらかじめ打ち合わせたものではない。けつちやくをつけるだけなら、俺はエルフの原稿を預かって、エロマンガ先生にわたせばいいだけなのだから。

 でも、読みたいじゃん。山田エルフ先生が、かいからしようかんしたという、こんしんしようせつを。

 へんしゆうしやさえまだ読んでいない、まぼろししよ稿こうを。

 俺の原稿を受け取ってくれたってことは、エルフも、同じように思ってくれたんだろうか。

 そうだとしたら、うれしいし、こうえいだ。


「あら──タイトルがないのね?」


 どすん、と、俺のとなり、白いこしけるエルフ。


「あぁ、まだ決まってない。しようじきに言うと、ついさっき書き上がったばかりなんだ」


 初稿を書き上げるのにはんつきも時間をかけるなんて、生まれてはじめてのことだった。書けなくなっていた──わけではない。むしろぎやくだ。いままで以上の勢いで、書いては書き直し、書いては書き直し──何度も不安に押しつぶされそうになりながらも、たったひとりでブラッシュアップし続けてきた。熱中していた──すっげー、楽しかった。


「へえ、あんた、タイトルを最後に決めるんだ。あたしとは逆ね」


 エルフの原稿には、ひようにタイトルが書かれていた。

 書き上げてから、内容に合ったタイトルを考える。

 まずタイトルを決めて、そのタイトルに合った話を書く。

 エルフはこうしや、計画的に物語を作っていく人なのだろう。俺なんかは、決めたとおりに話を書けたためしがないので、すべては書き上がってからだ。こうりつわるいとわれながら思う。

 エルフの付けたタイトルは、なかなかキャッチーで、インパクトがあり、なによりヒロインをしようちようするようなものだった。

 ひと見て、えっちでコミカルな話なんだなとつたわるタイトルでもあった。

 ぱっとタイトルを見ただけで、エロマンガ先生の描いたひんにゆうヒロインが、表紙でじらっているようが、目に浮かんでくるようだ。商品として、エロマンガ先生へのアピールとして、そして俺を打ちかすとして……あらゆる意味でしゆういつなタイトルだといえた。


「万が一わたしに勝ったら、あんたの作品が本になったときにすいせんぶん書いてあげてもいいわよ。ちなみにぃ~、まだ発表されてないけれど、わたしが見込んだ作品は、いまんとこぜんぶアニメ化されてるから」

「……そいつはすげえな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 そこでエルフは、片手を左目に近づけて、アニメヒロインみたいなポーズを決める。

 右目をつむり、キラリと左目を光らせて、


「B級スキル〝神眼ゴツドアイ〟──いちどくしただけで作品のほんしつを見抜く〝のうりよく〟よ」


 自分の見る目はたしかだとアピールしたいらしい。

 うーむ、言い方はきわめつけにうさんくさいのだが……『見る目がある』と言い張れるだけのじつせきはあるんだよなぁ、こいつ。

 実のところ、B級以上のスキルは、エルフの完全なるもうげんではなく、それなりのしんじつふくまれている。……そいつを俺がかいするのは、もう少し先の話になるのだが。

 特にエルフがいま、まんげにろうした〝神眼ゴツドアイ〟。

 これは彼女が持つすうのスキルの中でも、かなりまとも、というか、すごい能力だと思う。

 このスキルのせいで、この直後、俺はとんでもないきゆうおちいるのだから。

 エルフはかっこいいポーズを決めたまま、おごそかに言った。


「ふふふ……このおそるべき〝能力〟によって、いずれライトノベルぎようかいには、わたしの名をかんした賞が生まれることになるのよ」

「はいはい、すごいすごい。おまえの見る目は確かですよ──へっ、そういうことなら、おまえに勝って、俺もついにアニメ化作家のなかりだな」

「は、言ってなさい」


 軽くちようはつしあう。エルフは、つん、と見くだすように俺を見た。


「さ……読んでみてちようだい、わたしの書き上げたけつさくを」

「ああ」

「わたしも、あんたの自信作を、読ませてもらうわ」

「おう……どうぞ」


 みようにドキドキした。自分の書き上げた文章を、おたがいに読み合うというこうは、もしかしたら……とんでもなくえろいんじゃないだろうか。はだかを見せ合うようなものなんじゃないか。

 ふと、そう思ってしまう。

 じつさい、エルフのはだかをもくげきしたときよりも、俺の顔は熱くなっている。

 ──ええい!

 俺はかぶりを振って──何故なぜかとなりでエルフも同じようにしていた──原稿のページをめくる。


「──────」


 ぱら、ぱら、ぱら……。ぱら、ぱら、ぱら……。

 どんどんと、読み進める。しようのことなんか、数ページで頭から消えった。ドキドキしていたしんぞうは、別種のこうふんりつぶされ、さらに強くみやくっている。

 止まらない。読み進める、手が、心が、止まらなかった。


「──────」


 おもしろい! めちゃくちゃ面白い! やっべえ……!

 これが……アニメ化作家の実力か……! あきらかにきゆうおちいっているのに、おれ宿しゆくてきの書いたしようせつにすっかりハマり、作品の世界にのめりこんでいた。ヒロインのかわいさにりようされ、そのえっちでたまらん姿すがたのうに思い浮かべていた──


「……こいつ……!」


 俺はくやしげながおで、ライバルのぼうにらみ付ける。

 気付いてしまったのだ。

 これは……ライトノベルだと。

 りようがそうであるように、ぶんしようとイラストにはあいしようがある。(一部の例外をのぞき)イラスト付き小説であるライトノベルにおいて、この相性ってものは、バカにできないじゆうようようだ。

 メディアミックスでがらが変わったり、じようがあってたんとうイラストレーターが変わったりしたときに、じつかんするどくしやもいるだろう。俺も一ファンとしてたいけんしたことがある──そして。

 エルフのしんさく小説は、エロマンガ先生のイラストと相性ばつぐんの作品だった。


「………………くっ」


 文章、ストーリーてんかい、キャラクター……なにもかもが、エロマンガ先生にイラストをいてもらうぜんていつくられている。ヒロインはひんにゆうしかいねえし、エロマンガ先生がとくなポーズ、きなシチュエーションやふくそうが盛りだくさんだ。

 そんでもって、とにかくえろい。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影