「やかましい! おま……じ、じ、自分が何をやったのかわかってんのか! やま、山田エルフの新作を消したんだぞ! その原稿にどれだけの価値があると……!」
興奮しすぎて、ろれつが怪しくなってきている。
「……いや……山田エルフはわたしなんだけど……それに原稿ならここにあるじゃない」
軽く言ってくれる…………ここに存在するアレが、唯一のオリジナル原稿ってことか。
「……おまえそれ、マジでさ、入稿とかどうすんの? いまどきの出版社って、データじゃないとダメだろ」
「さあ? わたしは、あんたとの勝負に勝ったら、この原稿を、このまま担当編集に手渡しするだけよ。編集部のバイトとかが、手打ちでデータ化するんじゃない?」
ほんとクソだなこいつ。中二病ってかわいい属性だと思うけど、こいつだけは論外。
まっっっ~~~~~~~~~~たく! かわいくない!
憤慨のあまり、息を荒げてしまった俺に、エルフは鷹揚な仕草で原稿を差し出した。
「さぁ、余興はおしまい。勝負よ、和泉マサムネ」
俺はこの期に及んで、内心ではめちゃくちゃビビっていたが──
間違っても、表情に出すわけにはいかない。
「──上等だ。山田エルフ」
俺も呼気を整え、宿敵を迎え撃つ。大事に抱えていた茶封筒から、ちょうど三百ページの原稿を取り出し、相手へと差し出す。
お互いの原稿が、交換された。
もちろん相手の自信作を、この場で読むためにだ。
この手順はあらかじめ打ち合わせたものではない。決着をつけるだけなら、俺はエルフの原稿を預かって、エロマンガ先生に渡せばいいだけなのだから。
でも、読みたいじゃん。山田エルフ先生が、魔界から召喚したという、渾身の小説を。
編集者さえまだ読んでいない、幻の初稿を。
俺の原稿を受け取ってくれたってことは、エルフも、同じように思ってくれたんだろうか。
そうだとしたら、嬉しいし、光栄だ。
「あら──タイトルがないのね?」
どすん、と、俺のとなり、白い座椅子に腰掛けるエルフ。
「あぁ、まだ決まってない。正直に言うと、ついさっき書き上がったばかりなんだ」
初稿を書き上げるのに半月も時間をかけるなんて、生まれてはじめてのことだった。書けなくなっていた──わけではない。むしろ逆だ。いままで以上の勢いで、書いては書き直し、書いては書き直し──何度も不安に押しつぶされそうになりながらも、たったひとりでブラッシュアップし続けてきた。熱中していた──すっげー、楽しかった。
「へえ、あんた、タイトルを最後に決めるんだ。あたしとは逆ね」
エルフの原稿には、表紙にタイトルが書かれていた。
書き上げてから、内容に合ったタイトルを考える。
まずタイトルを決めて、そのタイトルに合った話を書く。
エルフは後者、計画的に物語を作っていく人なのだろう。俺なんかは、決めたとおりに話を書けたためしがないので、すべては書き上がってからだ。効率悪いと我ながら思う。
エルフの付けたタイトルは、なかなかキャッチーで、インパクトがあり、なによりヒロインを象徴するようなものだった。
一目見て、えっちでコミカルな話なんだなと伝わるタイトルでもあった。
ぱっとタイトルを見ただけで、エロマンガ先生の描いた貧乳ヒロインが、表紙で恥じらっている様子が、目に浮かんでくるようだ。商品として、エロマンガ先生への自己アピールとして、そして俺を打ち負かす武器として……あらゆる意味で秀逸なタイトルだといえた。
「万が一わたしに勝ったら、あんたの作品が本になったときに推薦文書いてあげてもいいわよ。ちなみにぃ~、まだ発表されてないけれど、わたしが見込んだ作品は、いまんとこぜんぶアニメ化されてるから」
「……そいつはすげえな」
「そうでしょう、そうでしょう」
そこでエルフは、片手を左目に近づけて、アニメヒロインみたいなポーズを決める。
右目をつむり、キラリと左目を光らせて、
「B級スキル〝神眼〟──一読しただけで作品の本質を見抜く〝能力〟よ」
自分の見る目は確かだとアピールしたいらしい。
うーむ、言い方はきわめつけにうさんくさいのだが……『見る目がある』と言い張れるだけの実績はあるんだよなぁ、こいつ。
実のところ、B級以上のスキルは、エルフの完全なる妄言ではなく、それなりの真実が含まれている。……そいつを俺が理解するのは、もう少し先の話になるのだが。
特にエルフがいま、自慢げに披露した〝神眼〟。
これは彼女が持つ多数のスキルの中でも、かなりまとも、というか、すごい能力だと思う。
このスキルのせいで、この直後、俺はとんでもない窮地に陥るのだから。
エルフはかっこいいポーズを決めたまま、おごそかに言った。
「ふふふ……この恐るべき〝能力〟によって、いずれライトノベル業界には、わたしの名を冠した賞が生まれることになるのよ」
「はいはい、すごいすごい。おまえの見る目は確かですよ──へっ、そういうことなら、おまえに勝って、俺もついにアニメ化作家の仲間入りだな」
「は、言ってなさい」
軽く挑発しあう。エルフは、つん、と見くだすように俺を見た。
「さ……読んでみて頂戴、わたしの書き上げた傑作を」
「ああ」
「わたしも、あんたの自信作を、読ませてもらうわ」
「おう……どうぞ」
妙にドキドキした。自分の書き上げた文章を、お互いに読み合うという行為は、もしかしたら……とんでもなくえろいんじゃないだろうか。はだかを見せ合うようなものなんじゃないか。
ふと、そう思ってしまう。
実際、エルフのはだかを目撃したときよりも、俺の顔は熱くなっている。
──ええい!
俺はかぶりを振って──何故かとなりでエルフも同じようにしていた──原稿のページをめくる。
「──────」
ぱら、ぱら、ぱら……。ぱら、ぱら、ぱら……。
どんどんと、読み進める。勝負のことなんか、数ページで頭から消え去った。ドキドキしていた心臓は、別種の興奮で塗りつぶされ、さらに強く脈打っている。
止まらない。読み進める、手が、心が、止まらなかった。
「──────」
面白い! めちゃくちゃ面白い! やっべえ……!
これが……アニメ化作家の実力か……! あきらかに窮地に陥っているのに、俺は宿敵の書いた小説にすっかりハマり、作品の世界にのめりこんでいた。ヒロインのかわいさに魅了され、そのえっちでたまらん姿を脳裏に思い浮かべていた──エロマンガ先生のイラストで!
「……こいつ……!」
俺は悔しげな笑顔で、ライバルの美貌を睨み付ける。
気付いてしまったのだ。
これは……イラストレーターを決め打ちで書かれたライトノベルだと。
料理がそうであるように、文章とイラストには相性がある。(一部の例外を除き)イラスト付き小説であるライトノベルにおいて、この相性ってものは、バカにできない重要要素だ。
メディアミックスで絵柄が変わったり、事情があって担当イラストレーターが変わったりしたときに、実感する読者もいるだろう。俺も一ファンとして体験したことがある──そして。
エルフの新作小説は、エロマンガ先生のイラストと相性抜群の作品だった。
「………………くっ」
文章、ストーリー展開、キャラクター……なにもかもが、エロマンガ先生にイラストを描いてもらう前提で創られている。ヒロインは貧乳しかいねえし、エロマンガ先生が得意なポーズ、好きなシチュエーションや服装が盛りだくさんだ。
そんでもって、とにかくえろい。