第五章 ④

 こいつのせいかくてきに、ねらってやっているわけじゃないのだろうし、万が一狙ってこれを書いたのだとしたら、なおさらすごい。

 カリッカリのとつがたチューニング。

 まさしく、エロマンガ先生のために書かれたライトノベルだった。


「おまえ……これ……すっげえな」


 気付けば、心からのしようさんを敵に送っていた。顔を上げ、あいはんのうを確かめる──と、エルフは俺のことなんか聞いちゃいなかった。

 いつしんらんに俺のげん稿こうを読んでいた──────ただし、ブチギレた表情で。


「…………」


 ぎりっ、と、ぎしりの音が聞こえてきそうなぎようそうで、めちゃくちゃ原稿に顔を近づけて、俺の原稿を、睨み殺さんばかりだった。

 俺が、やまエルフの原稿を読んで楽しんでいるすぐわきで──

 エルフは、和泉いずみマサムネのげん稿こうを読んで、おこっていた。


「……お、おい」


 おずおずと声をかけると、エルフはどうだにせず、口だけを動かしてつぶやいた。


「この原稿………? ? ?」


 ぱらり。エルフはページをめくって読み進める。低い声で、めてくる。


? とてもじゆうようなことよ──答えなさい」


 きわめてはっきりしない問いだった。

 ……な、なんでこいつ……こんなに怒ってるんだ?

 おれ……どくしやがそんなになっちゃうようなシーン、書いたっけ?


「も、もちろん大マジだが……」


 俺の原稿に、大マジで書かれていないシーンなんかない。


「あっそう!」


 エルフは声をあらげててた。指を原稿に食い込ませ、したくちびるみしめる。


「……………………」


 ぱらり……ぱらり……ぱらり……エルフはごんで俺の原稿を読み進める。

 熱中している読み方ではあった。表情はぜんとしてブチギレていたが……


「……っ……ぐ……く……ぅ………………ぅ……」


 段々とそれが変わっていく──何かをこらえるような形へと。

 そして、


「う~~~~~~~が~~~~~~~~~~~~っ!」


 とつじよとしてエルフがほうこうした。バンッ! バンバンッ! ガラスが割れてしまいそうなりよくで、原稿をローテーブルにたたき付ける。

 エルフはさらにガンッとまえりを入れてテーブルをどかすや、高そうなじゆうたんにダイビング。

 ころがったたいせいでゴロゴロとあばれ始める──原稿を持ったまま。


「ううううううううう! うぐうううううううううぅぅ~~~~~~~~~」


 かんぜんじようたい。マウントを取られたティガレックスみたいなおおあばれっぷりだ。

 俺の書いた小説を読んだせいで、こいつはこうなっているのだ……と、そう考えるとおそろしかった。俺は読者の、こんなはんのうそうていしてはいなかった。

 なんなんだいったい!

 ページをめくる。もだくるしむ。ページをめくる。悶え苦しむ。

 ゆかに何度もヘッドバットしたり、「キョエエエエ!」だの「ギエピー!」だのとけものめいたせいを張り上げたり……エルフのそんなありさまは、しばらく続いた。

 俺は何もできず、じゆうびようにんを見るまなざしでながめていることしかできなかった。

 やがて彼女は、力きたように、ぱたりとあおけにたおれ……


「……ない」


 ぽつり、とつぶやく。エルフの青いひとみに、じわりとなみだが浮かんだ。


「うぁぁ……勝てない……こんなの勝てない……ずるい……こんな──」


 ぼろぼろ涙をこぼしながら、勝てない勝てないとり返すエルフ。

 ……ど、どういうことだ? たしかにおれの書いたしようせつは、自分ではちようおもしろけつさくだと思っているし、手ごたえも自信もばっちりだ。

 それでも、エルフの書いた超面白いライトノベルに、ここまであつしようできるほどだろうか?

 俺はかなりまよったすえ、こう声をかけた。


「……俺のげん稿こう……そんなに面白かったのか?」

ちがう! !」

「え……?」


 意味がわからない。いま、俺たちは小説しようをしていて……勝てないって台詞せりふは、のか? 俺じゃないなら、んだ?


「いっつもせつきようじみたことばっか言ってたくせに! あんたの方が、わたしよりずっとじようしきじゃない! 最初から言いなさいよ! こんな……こんな……どんなごうもんよ! あんた、わたしを殺すつもり!?」

「……そんなにおこるほど、つまらなかったのか?」

「だから! そんな話はしてねーっつってんでしょ!」


 エルフは立ち上がり、両のこぶしにぎりしめ、涙のかわききっていないな顔でさけぶ。


「このどんかんろう! しゆつしゆへんたいめ! よくもわたしに、こんなものを読ませたな! わたしの書いたラノベの方が、ひやくおくばい売れるわよ! でも! こんなの……! 対戦ゲームでたたかおうとしていたのに、いきなりきんぞくバットでぶんなぐられたような気分よ!」


 かなり直接的なを使っているが、ぜんとして俺にはエルフの言いたいことがつたわらない。


「おい……てめえ……何を言いたいのかわからねえぞ! それは、俺が全力で、たましいを込めて書き上げたもんだ! 〝きゆうきよくのラノベ〟をつくるつもりでな!」


 俺がると、エルフは顔をきんきよまで近づけてきた。そうしててる。


「あー! 読めばわかるわ! はらが立って腹が立ってしょうがないけれど、このわたしがたいばんを押してあげる。確かにあんたの書いたコレは、和泉いずみマサムネの魂そのもの! S級スキルでそうぞうされた〝究極のラノベ〟だってね!」

「なら!」

「でもこの原稿は『たくさんのどくしやを楽しませるために書いた本』じゃない! わたしが思うに小説ってのはキホン的に、ターゲットをげんていすればするほど、ねらう読者そうせばめれば狭めるほど、面白くなんのよ。そりゃあ究極のラノベにもなるでしょうね──あんたはコレを、たましいめて、んだから」

「────」


 おれは言い合いに押しけた。ぼしだったからだ。


「そんなのはもうライトノベルじゃない。あんたの書いたこれは……これは……こんなの」


 エルフはその先を口にしなかった。かわりに、


「やぁってられるかあ──!」


 と、大声でうやむやにした。そのままリビングを飛び出し、はげしい音を立てて階段を上っていく。


「お、おい!」


 俺はあわててエルフのあとを追って、階段を上っていく。二階のごとに入ったところで追いつき、小さな背中に声をけた。


「なんなんだよいったい!」

「あーもぉ、さいってぇ~、やってらんないやってらんないやってらんないわよもう!」


 エルフはだんんでゆかに八つ当たりをしてから、振り返り、俺の顔を指差した。


「と・に・か・く! この商品としては問題外のクソげん稿こうを読んで感情をさぶられるのは、世界中で、と、──エロマンガ先生だけよ!」

「!」


 いかりとともにエルフがき出した台詞せりふは、かみなりのように俺を打ちのめした。

 ひようかれた俺は、ぼうぜんとこう口にする。


「……な……なんで………………わかったんだ?」

「あんたの妹が、エロマンガ先生だってこと?」

「それだけじゃない。このしようせつが、げんじつの……俺の妹をモチーフにした小説だってこともだ。せつていはかなり変えていたはずだ。俺以外のだれにもわからせないつもりで書いた。そもそも俺の小説に引きこもりの妹なんて出てこない。おまえに妹の──ぎりじようを話した覚えもない。なのに──」


 なんで、いまみたいな台詞が出てくる?


「いや、そりゃ、わかるでしょ。読んだら」


『なんだ、そんなことか』とばかりのたいだった。


「えっ?」

「ん?」


 俺とエルフは、いつしゆん顔を見合わせ、そしてエルフが俺の顔を指差した。


「あっ……もしかしてあんた、ほんとにこれでかくしているつもりだったの? 読んだ人に、もとネタがばれないとでも思ったわけ?」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影