第五章 ⑤

 いちもくりようぜんだと言わんばかりのエルフだったが、そこで何かに気づいたようにハッとした。


「む。あぁ……まぁ……そっか。そりゃ、あんたのことなんも知らないどくしやとか、知っててもあんたにきようないようなやつなら、いくらふかみしたってわかんないかもね。うん、いまの発言はちょっぴりていせい。たしかに、モチーフは、うまいことかくされてる。──でも、わたしが読んだら一発よ、コレ。バレバレ」

「……ば、バレバレ?」

「うん、バレバレ。エロマンガ先生のしようたいがあんたの妹だって、書いてあるようなもんだから。まぁ、このまま本にするのは、やめた方がいいよね」


 ……マジかよ……。自分では、だいじようだと思っていたのに……。

 おいおい、これが〝神眼ゴツドアイ〟とやらの力か……! あれ、マジだったのかよ……!

 本人にそう言ってみたところ、「……別に。わたしがわかったのはスキルのせいじゃないけれどね……」と、みような返答。一方で、おれは、エルフの台詞せりふぎんするゆうなんてなく、ひたすらあせっていた。


「なぁ……お、俺……このしようせつが書き上がったら、妹に読んでもらおうと思ってたんだけど……」

「あー……いいんじゃない、あんたの思いやり、ちようつたわると思うわよ」


 へきえきした声でエルフは言った。俺は泣きそうな顔でう。


もとネタ……バレるかな?」

「……ノーヒント?」

「『俺の心を〝素材ネタ〟にして』『妹をヒロインにしたライトノベルを書くぞ』っておおきった」

「………………あのさぁ……それで、なんでバレないと思ったわけ?」

「………………………………なんで……だろう、ね……」


 俺は両手で顔をわしづかみにしてうつむいた。

 俺のバカ! バカバカバカ! なんで調ちようこいて、ぎりにあんな大ヒントを……!

 これじゃ、せっかくエルフをかしてやったってのに、紗霧に読ませられねぇじゃん!

 俺の書いた物語は、ごくつうの高校生であるしゆじんこうが──

 

 なんでこれでバレないなんて思ったんだろうな。

 いや、わからないよう隠したはずなんだ。けど、いくらせつていをいじっても、おおもとが同じなら、伝わるやつには伝わってしまうらしい。

 そうかもしれない、と思う。だって、俺は、たましいを込めて書いたんだから。


「ぷっ、ちょっとスッとした……ねぇ、ショックを受けてるところ悪いんだけれど。で? どうするの?」

「どうする……って」

「その、妹に読ませるんじゃないの?」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 おれは頭をかかえてぜつきようした。


「らぶっ! らぶっ……! おまえ……!」

「え? だってそーでしょ。これ、ラブレターよね? しかも、三百ページもある……ちよう超超超超~~~~~~~ねつれつなヤツ」

「●×■⊿……ッ!」


 殺すつもりか。他にことがない……殺すつもりか!

 燃え上がったのうはぐちゃぐちゃで、まともにこうしてくれない。

 俺の顔面は、さぞかしひどいありさまになっていたことだろうよ。


「どんなしゆつしゆよと思ったけれど──まさか、かくでやっていたなんてね。これはこれで、やってられないわ。まったくもって、やってらんない。最初から言えってのよ──ったく」


 エルフは、れいきんぱつらんぼうにかきむしる。


「妹に、読ませるんでしょう? あんたは、そのために書いたんだから」

「…………そう、だが」

「だったら──」


 エルフは、俺のげん稿こうを返してきた。まだ、すべてを読み終わっていないのに。

 代わりに、俺の手から、自分の原稿をうばい取った。そして──


「さっさとやることやってこい! エロマンガ先生に会ってこい!」


 みずからの手で、やまエルフのしんさく原稿を、シュレッダーにんだ。


「あー、負けた負けた! 今回はわたしの負けっ!」

「お、おまえっ!」


 俺はとつに走り寄ったが、そのときにはすでに、エルフの原稿のたいはんこまれになっていた。

 もとデータを消してしまって、この世にたったひとつしかない、オリジナル原稿。

 あのちようおもしろい新作小説は、エロマンガ先生のために書かれたような、えろくて楽しい物語は──えいえんに、失われてしまった。


「なんつーことを! なんつーことを……!」

「なんであんたが泣いてんのよ」

「まだ最後まで読んでなかったんだぞ!」

「あは、そりゃどーも。でもね、残しておいても意味ないのよ。わかるでしょう? 読んだんだから」

「……………………」


 エルフが書いたのは、エロマンガ先生といつしよに仕事をするぜんていで書かれたライトノベルだった。だから、別の人にイラストをいてもらっても意味がない。

 エルフが言っているのは、そういうことだ。

 それはわかる。わかるが……もったいない。あんなにおもしろかったのに。


「言っとくけど、わたしが負けただけで、から。そこんところ、ちがえないでよね」

「……どう違うんだ?」

「だからどんかんだっつーのよ──」


 エルフはなみだのあとをそででぬぐう。


「次は勝つわ」


 今回は負けたけれど、エロマンガ先生のことをあきらめたわけじゃない……ってことか。

 二階のごとで、おれとエルフは向かい合っている。

 すうびようちんもくの後、エルフが言った。


「それで? どーすんの? まさか見せない、なーんて言わないわよね」


 エルフの低い声が、サディスティックにひびいた。


「このわたしを、たたきのめしたくせに」

「……こんにゃろ」


 なんともムカつくげきれいだった──しかし、大先生のおっしゃるとおりだ。

 この人に負けをみとめさせておいて、あの素晴らしいげん稿こうやぶかせておいて、

 にすることなんて許されない。

 俺は、男を見せなくては。


「……わかった」

「ん? なぁに? 聞こえないわ──もっと大きな声で言ってちようだい

「やってやるさ! もとよりのそのつもりだったんだからなあ!」


 俺はこの小説を、妹に、エロマンガ先生に読ませるつもりで書いたのだ。

 それで、俺の気持ちがバレてしまうのだとしても、予定を変えるつもりはない。

 俺の一年間が、無駄になってしまうかもしれない。

 もう二度と、会ってもらえなくなるかもしれない。

 大切な仕事相手を、失ってしまうぼうきよかもしれない。

 それでも、俺は、できることをやるって、そう決めた。


「そのためには、あの『かずの』のとびらを、どうにかして、開けなくちゃいかんよな──」


 実のところ、この部分に関しては、こうしようしか考えていなかった。

 たとえば……原稿ができたと扉しにつたえる。扉の前に、メッセージとともに置いておく、といったものだ。それで、ぎりおれの原稿を読んでくれるかどうか。

 ……この半月、紗霧とは会えていない。あいつはろくにめしも食わなくなって……部屋に閉じこもってしまった──きっかけは、妹をヒロインにするとせんげんした、俺のしんさくだ。



『ちっともうれしくない! 嬉しくない嬉しくない嬉しくない! そんなので心を開いたりなんてしないし気持ち悪いだけっ! うそつきの兄さんなんてだいきらい! 信じない! 早く出て行って! 私のことは放っておいて!』



 ……あのようからすっと、書きあがったとしても、読んでもらうのはなんわざだな、と、考えていた。

 けど、たったいま、思いついた。いや、前々から思いついてはいたのだ──めぐみが俺にはない発想で、色々と(すべてろんがいだったが)ヒントになるようなネタ出しをしてくれていたし。

 実にごうのいいに、エルフがしてきてくれた。


「? ……あんた、なにを始めるつもり?」


 そう。俺のしようせつしゆじんこうだったなら、まよわず行くシーンだと……思いついちゃあいたのだ。

 自分でやってやろうとは、思わなかっただけで。

 けど……


「ちょ、あんた、人の話を────」

「決まってるだろ。『かず』の中にいる、エロマンガ先生に会いに行くんだ」

「は? それって……まさか!」


 エルフが、俺のやろうとしていることを、さつしたらしい。まあ、それこそ〝神の眼〟なんてなくたって、わかるだろう。あからさまだもんな。

 俺は──

 おもむろにベランダのまどを開けた。


「あんた本気!? 落ちたらじゃすまないわよ! それに! そのままじゃ──」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影