第五章 ⑥

「俺はいつだって大マジだ! 行くぜ!」


 俺はせいの声を打ち消して、走り出す。せいしんてきにもぶつてきにも、いきおいがついてしまっていて、止まれなかった。勢いのままに、ダンッと足をみ出して──


 飛んだ。


 いつしゆんゆうかん

 すぐに『あ、やばっ』と思った。

 きよもうし分なかったのだが、ちょっとばかし飛びすぎた。


「向こうの窓にぶつかるでしょ! って、ああもう──!」


 おれを止められないと判断したエルフは、俺が飛ぶ直前に、大声を張り上げていた。


「エロマンガ先生~~~~~~~~~~~~~~~~! いますぐまどを開けないと、あんたのお兄ちゃんが死ぬことになるわよ~~~~~~~~~~~~~~!」


 がらっ!

 エルフのさけびが終わる前に、俺のジャンプのちやくてんにある『かずの』の窓が、いきおいよく開いた。

 そこから姿すがたを現わしたのは、半月ぶりに見る、パジャマ姿の妹。

 しゆんかん、時間が止まったように感じた。


「────」


 体感では飛んでから窓が開いたように思えたが、あとから考えてみると、じつさいには、俺が飛んだのと、ぎりが窓を開けたのは、ほぼ同時だったのだろう。その前に、エルフが叫んでくれていたのだろう。そうじゃないと色々とおかしい。

 おかしいのだが──

〝兄さん〟

 たしかに、その声をいたのだ。妹のあせった顔がおどろきの表情へと変わり……俺を呼ぶ、そのくちびるの動きまで、つぶさに見て取れた。


「紗霧──いま、行くぞ」


 そんな返事なんて、いつしゆんでできるわけないのだが、そう言ったというおくがある。

 いやはや、何事もたいけんしてみるまでわからねぇもんだ。

 バトルしようせつでよくある──『時が止まったような』『一瞬のうちにべらべらしやべる』──びようしやも、ちよう表現じゃなかったのかもしれない。

 ともあれ、そんなながながとしたこうを、なぜか一瞬のうちにたれ流した俺だったが──当然、ぶつげんしようじ曲げられるわけがない。たいせいを立て直すひまもなく、妹にぶつかった。


「! きゃ……!」


 先にさくに当たったため、飛んだ勢いはかなり殺され、紗霧へのしようげきはさほどでもなかったのがこうちゆうさいわいだろう。妹にをさせるくらいなら、俺しんが窓にげきとつしていた方がずっとましだから。

 ぶつかる、というよりは、のしかかるような形で、俺は妹の身体からだたおれこんだ。


「……っ、いて、て……」


 柵にぶつかったあしいたむ一方で、顔面にはやわらかなかんしよくがある。

 ……な、なんだ……? 俺の顔は、いったいなににれている……?

 ゆっくりとを開けた先にあったのは……


「なっ……」


 妹のむねだった。

 つまり……おれは、いま、ぎりの胸に、顔をうずめている、ということで……。


「……っ……な、なにっ」


 そこで紗霧も、目を開ける。ぱちくりとまばたきして──


「な……!」


 あまりのことに、たいにんしきできず、固まってしまっている。


「…………………………」

「…………………………」


 い、いかん……なにか……なにか言わなくては……!


「いや、これは、その……ええとっ!」


 そ、そうだ! 俺は決めていたはずだ! 紗霧と顔を合わせたら、まずこう言うんだ、って!

 俺は、妹の胸にうずもれたまま、かかえていたちやぶうとうかかげ──ずっと考えていた決め台詞ぜりふり出した。


「紗霧、しんさくげん稿こうができたんだ。読んでくれ」

「!」


 紗霧は、いつしゆん、俺のことぎんするかのようにこうちよくし──そして、


「~~~~~~~~~~~ッ」


 ばちこーん! と、強力なビンタをおれほおにおいしたのである。


「……………………」

「……………………」

「………………………………………………その……すまん」


 数分後……頰をらした俺は『かずの』の中で、みずかせいをし、ちぢこまっていた。

 俺のもくぜんでは、うで身体からだいたぎりが、じらいで赤くなった頰を、げんにふくらませている。


「も、もういい……よくないけど…………………………で?」


 ヘッドセットのマイクしに、ぼそ、と、つぶやく。

 あいわらず、これがないと声が小さすぎてまともな会話にならないらしい。

 の声……きなんだけどな。


「なんで、あんな、あぶないことしたの」

「……いや、その……おまえが……あれからずっと……とびら、開けてくれないから」


 最近、紗霧はよくベランダのまどめ忘れていたし、開いているかも、と思ったのだ。


「俺……しんぱいで……こんな方法しか思いつかなかったんだよ」


 悪かったな、と、あらためてびる。


「…………」


 紗霧はうつむいて、俺の話を聞いていた。何を考えているのか、わからない。


「……紗霧……なんで、窓を開けてくれたんだ?」

「……えっ?」

「いま、自分から、開けてくれただろ? だから俺とぶつかっちゃったわけで────」

「──そんなの、どうでもいい」


 俺のいを、紗霧はぴしゃりとシャットアウトした。そして、


「…………これ」


 ぶっきらぼうにタブレットをき出し、めんを見せつけてくる。


「なんだ?」

「扉を開けなかった、理由」


 原稿を読ませに来たのに、ぎやくにこっちが見せられるがわになるとは。

 おかしなてんかいになってきたなと、そう思ったが……それをもくげきしたしゆんかん、俺はをむいた。


「なっ……!」


 俺は、とっさになんと言っていいか、わからなかった。色々な感情がうずいていて、どれを取り出してしめせばいいのやら……。

 ぎりが見せてきたタブレットにかれていたのは、かんけつしたおれぜんさくてんせいぎんろう』シリーズにとうじようするヒロインたちの姿すがただった。

 完結ねんイラストと、ほぼ同じオールスターメンバー。

 ただし、以前とちがっている点がひとつ。


『ヒロインたちがを持って、たたかっている』シーンだということ。


 ──「お、おまえだって、せんとうシーンのさし描くのヘタクソじゃねーか!」


「おまえっ! これ……!」

「……戦闘シーン、描くの、うまくなった?」

「うまくなった、どころじゃない……ほとんどべつものじゃないか」


 かつて明らかににがだった武器──特にじゆうたぐいびようしやが、別人が描いたみたいにリアルで、引き込まれるものになっている。いや、リアル調ちようのイラストになったって意味じゃなくて……なんというか、キャラクターたちが、まるで本当に『生きている』ように見えるのだ。


「…………そう」


 ぼそりとうなずいた紗霧は、どうでもよさそうな調ちようとはうらはらに……かすかに微笑ほほえんだ。

 紗霧は……感情をかくし切れない──そんなときに見せる表情が、いちばんかわいらしい。

 俺は、こんなときだってのに、頭が熱くなってきて、まともに妹の顔が見られなかった。


「いままでと……なにが違うんだ? なんでこんなにすごく見える?」

「……さあ?」


 きょとん、と、首をかしげる。


「ちょ、自分でもわかってねーのかよ! こういう描き方してる、とか、そういうの、あるんじゃないの?」

かくとうあいどう、見たり……武器のりようとかも、たくさん読んだ」


 研究の成果──って、ことか。


「でも、描き方、とか、じゃなくて……。うまく言えない」


 このあたり、どうはいしんちゆうのエロマンガ先生に聞けば、じゆつてきなことをいくらでもおもしろく語ってくれそうなところだが──紗霧には無理だな、こりゃ。


「ただ……」

「ただ?」

「戦う人の気持ちは、ちょっとわかった……かも」

「……と、いうと?」


 紗霧は『戦い』なんてガラじゃないような気がするが。

 彼女は少しまようようなぐさをしてから、うつむいて、こう言った。


「……私、人が死んだり、をしたりする話……あんまりきじゃない」

「!」


 いまのぎりが言うと、深い意味がこもっているように聞こえる。


「前から、だから。かんちがいしないで」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影