第一章 ⑩

 分かってるさ。こいつがそうだん相手に俺を選んだのは、頼れる兄貴だとしたってくれているからじゃあない。俺がこいつにとってどうでもいい人間で、何を話しても無害だと判断したからだ。

 人をなめた、ふざけた話さ。

 けどな……そんな理由でも桐乃は、自分が抱え込んでる悩みを、こうして俺に話してくれたわけだ。の念なんざカケラもねえんだろうけどよ、そんでもちっとは俺を信頼して、頼ってくれたってことだろ? で、こいつの力になってやれるのは、いま、俺っきゃいねーんだろ?

 ……んじゃ、しょうがねえよな。

 俺が目をつむってかんねんしたときだ。桐乃がすげえことを言った。


「やっぱさ……おとうさんとおかあさんに話した方が、いいのかな」

に決まってんだろ!? 絶対やめとけ! だいたいそれができるんならおまえ、最初っから悩むことなんかねえだろよ!?」


 うおお、びっくりすんなあ。実はこいつ、天然なんじゃねーの?


「それもそっか。……じゃ、やめとく」

「そうしとけ。特におやには絶対バレねーようにな」


 の親父は、いわゆる昔ながらの堅物というやつで、実にきびしい。

 そんな親父が、きりの『秘密のしゆ』を見付けたら……とんでもないことになるだろう。


「見付かったら……まずいかな……?」

「まずいだろうな。正直、その展開は考えたくもねえ。だから、そこは協力してやる。おまえの趣味がバレないように……つっても、何ができるかは分からねえけどさ」

「……いいの?」


 桐乃は意外そうな顔をしていた。おれが協力を申し出たことが、信じられないらしい。

 ……おまえさ……俺をどういう評価してたわけ? おっかないから聞かないけどよ……。

 などと不満を抱きつつも、俺はうなずいた。


「いいさ。何かあったら、えんりよなく言えよ。たいした助言もできねーけど、俺にできるはんでなら協力してやるから」


 俺は成り行きで口にしてしまったこの台詞せりふを、あとで後悔することになる。


「……そ、そう? ……じゃ、そしよっ、かな……うん……そうしてくれると、助かる、かも」


 桐乃は礼こそ一言も言わなかったが、しきりに小さく頷いて、うれしそうにしていた。

 そんな妹を見ていると、正直、悪い気はしない。

 ──ふーん、こういう顔もできるんじゃん、こいつ。

 俺は意外なおもいを抱きつつ、はにかむ妹の顔を見つめる。

 なつかしい……だかやはり、そう想った。

 なんだかなぁ……ちっとばかし無責任なこと言っちまった気がするが。

 まあいいか、どうにかなんだろ。俺に例のブツを見付かってから今日きようまでの二日間、ほんとに悩んで悩んで悩んだ上で、俺にそうだんしてきたんだろうしさ、こいつ。

 協力せんわけにゃいかんだろ。めんどうくせえけども。

 ……やれやれ、とにかく『最悪の展開』じゃなさそうでよかったぜ。


「ところでおまえ、あくまで『妹』が好きで『妹もののエロいゲーム』を買ってるんだよな? ……他意はないんだよな?」

「は? じゃなきゃなんだと思ったワケ?」


 俺がさらなる安心を求めてつぶやいた台詞に、桐乃はきょとんと首をかしげる。

 そして数秒後、俺が心配していた『最悪の展開』について思い至ったらしく、さっとまゆをひそめた。


「……キモ。なわけないでしょ」


 おお、いつしゆんでいつもの桐乃に戻りやがった。けんかんまるだし。これぞ俺の妹。

 やべえ、むかつくはずなのに妙に安心しちまった。さっきのしゆしような態度が、どんだけ異常かって話だよな……これ。


「キモ、っておまえな……おまえの好きなゲームだと、妹ってのは兄貴が大好きなんだろ? 自分で否定してどうすんだよ?」

「……ばかじゃん? 二次元と三次元をいつしよにしないでよ。ゲームはゲーム、リアルはリアルなの。大体さー、現実に、兄のことを好きな妹なんているわけないでしょ?」


 こいつ、いまおれのことを遠回しに『大嫌い』って言ったか? ひどくね? 仲のいい兄妹だって世界にゃたくさんいるだろうよ。俺とおまえは永遠に敵だけどな!


「もう用は済んだから。そろそろ出てってくんない?」


 ちくしょう……やっぱかわいくねぇよ、こいつ。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影