第一章 ⑨
さっさと立って逃げりゃあいいものを、
「…………」
そこで桐乃は、何かを決意したような、思い詰めたような表情になった。
真剣な
そうして桐乃は、四つん這いで俺に
俺の鼻先に、『妹と恋しよっ♪』のパッケージを突き付けた。
「は?」
予想外の展開に、面食らう俺。そんな俺の反応なんざ意にも介さず、桐乃はころっと態度を一変させて、ややうっとりとした
「このパッケージを見てるとさ……ちょっといいとか思っちゃうでしょ?」
「……な、なに言ってんのおまえ?」
意味が分からねえ。この部屋に足を踏み入れてから、何度この
「だぁからぁ~」
何で分からないかなぁとでも言いたげに、
「……すっごく、かわいいじゃない?」
だから何が? おまえの
このときの俺の表情は、さぞかしいぶかしげだったことだろう。
これ以上聞き返しても、ろくな答えが返ってきそうにないので、俺はなんとか妹の言わんとすることを察してやろうと頭を回転させた。
「……………………」
手掛かりは二つ。いま、鼻先に突き付けられたパッケージ。そして
普通に考えれば答えは一つしかないわけだが……でも、それっておかしくねえか? ……おかしいよなあ? ……俺はどうにも納得いかないままに、おそるおそる聞いてみる。
「……すると、おまえ。なんだ、その……まさかとは思うけど……『妹』が、好きなのか? で、だから、そんなゲームとか、いっぱい持ってると」
「うんっ」
だ、大正解……。元気いっぱいに
……
などと思っていると、桐乃は聞いてもねえのに語り始めた。
「ほんとかわいいんだよ。えっと、例えばね? たいていギャルゲーだとプレイヤーは男って設定だから、お
「ふ、ふーん……すごいな」
適当に
ところでおまえは俺のことを『おい』だの『ねえ』だの、やたらと
俺の無言の問いかけにはもちろん気付かず、桐乃は『妹と恋しよっ♪』のパッケージを俺に見せつけるようにして、とある女の子のイラストを指で示した。
「この中だと──あたしは、この娘が一番お気に入り」
妹が示したのは、背の低い、気弱そうな女の子だ。黒髪をツインテールに
「やっぱね、黒髪ツインテールじゃないとダメだと思うの。
おまえ茶髪じゃん。
……まぁ……それはそれとして、だ。
「……な、なるほど」
それは理解した。だが俺の疑問は解消されちゃいない。むしろでかくなったくらいである。
俺は
「だ、だが……どうしてだ?」
「え?」
「だからおまえ、どうして妹が好きなんだ? 悪いとは言わないが……おまえが集めているゲームって、普通男が買うもんだろ? ……しかも、その、18歳未満は買っちゃいけないやつじゃないのか? あまりにも、おまえのイメージからはかけ
「そ、それは……その……」
俺の問いを受けた
「わ、分かんない!」
目をきつくつむって、顔を
俺が「は?」と問い返すと、妹は胸に両手を持っていって、もじもじと恥じらい始める。
「……あのね……あのね……じ、自分でも……分かんないの」
……うお、なんだコイツいきなり……
恥じらう
「分かんないっておまえ……自分のことだろ?」
「だ、だって! しょうがないじゃん……ホントに分からないんだから……。いつの間にか、好きになってたんだもん……」
だもん、って……おいおい、おまえのキャラじゃねえだろ、それ。
「……たぶん店頭で見かけたアニメがきっかけだったとは思うんだけど……」
桐乃は、それこそ自分が好きな妹キャラみたいに、気弱な態度になっている。
不安そうに俺を見上げてきた。
「……あたしだって……こういうのが、普通の女の子の
で、挙げ句の果てにこのザマというわけか……。
……めちゃくちゃメーカーの策略にハマってやがるな、こいつ。
「こ、このかわいいイラストが、あたしを狂わせたのよ……」
イラストレーターのせいにすんじゃねえよ。
ていうか俺はなんで、深夜に妹から、オタクになったいきさつとか聞いてるんだろうな?
こんな奇妙な
「このままじゃいけないって……何度もやめようって、思った。でも、どうしてもやめられなくて……だってね、ブラウザ立ち上げると、はてなアンテナに
「いやおまえ……よく分かんねえけど……ニュースサイト? 見なきゃいいんじゃないか?」
「………………それができれば苦労しないんだって……」
軽く突っ込んだら、桐乃は思いっきりしょんぼりしてしまった。
おいおい……だから
俺の前にぺたんと座り込んだ桐乃は、目に涙を
「……ねぇ、あたしさ、どうしたらいいと思う?」
「………………」
どうしたらいいと思う……って、言われてもな……。
んなもん知るかよ、というのが正直な意見だが、さすがに俺を頼ってきた妹にこの