第一章 ⑧

「どっからそんなカネがでてくんの!? 中学生だろおまえ! どうして十四歳にしてスデに金銭感覚してんだよ!」


 言ったあとで、しまったと思った。

 ……やべ、これ、もしかしたららいかも分からん。答え聞くのがすごくイヤだ……。

 俺の気まずい心配をよそに、きりはあっさりと言った。


「どっからって……ギャラに決まってるじゃん?」

「そ、そうか……」


 ふーん……ギャラ……ギャラね? それならいいんだが……。

 って、いやいやいやいや!? 全然よくねえだろ!?

 俺は、片眼をぎょろりといたぎようそうで問う。


「ぎゃ、ギャラ、だと……?」

「うん」

「……なにそれ? どっからどういう理由でもらってるわけ?」

「ああ……言ってなかったっけ。あたし、雑誌のモデルやってるから」

「ざ、雑誌? モデル? ……巻頭グラビアとかか?」

「……全然違う。耳腐ってる? だっつってるでしょ? 専属読者モデル」


 けいべつしきったせんが胸に痛い。モデルとグラビアアイドルの区別がいまいちついてない俺だったが、どうやら見当違いのことを言っていたらしい。

 ぼうぜんと首をかしげている俺を見かねたのか、桐乃は本棚から雑誌を取り出し、俺に放ってきた。

 それは、いわゆるティーン誌というやつだった。白背景に、やたらとキラキラしたフォントのタイトル。流行を先取りだのなんだの、幾つかのあおり文句が並んでいる。


「…………」


 パラパラページをめくってみると、雑誌のあちこちで、見慣れた妹の姿を見付けることができた。俺にはよく分からんが、流行最先端とかいう服を着て、びっとポーズを決めている。

 ──へえ。モデルみてーだとは思っちゃいたが、まさかホントにモデルやってたとはね。

 こいつがどこで何をしてようがどうでもいいはずなのに、妙にイラっときたのは何でなんだろうな? おれにもよく分からんのだが、つい考えなしに悪態をついてしまった。


「──んだよこの格好、腰でもてえの?」

「……バカじゃん」


 けいべつせんに、失望の色が混じったように見えたのは、気のせいだろう。

 さっと目を伏せた妹を見ていると余計に気分が悪くなってくる。俺はつくろうように言った。


「……まぁ……か、かわいいんじゃねえの」


 妹相手に、なに言ってんだ俺は。……一応本音ではあるけどな。


「……つうか、これ結構有名な雑誌だろ? 俺が名前知ってるくらいなんだから。──おまえ、もしかしてすごいんじゃないのか?」

「ふん、別に? たいしたことないよ、こんなの」


 俺なんかのめ言葉でも、それなりにうれしいらしい。まんざらでもないようだった。

 険悪な空気がほどけたので、俺はれた話題を再開させる。


「で、幾らくらいもらってんの?」

「えーと……たしかぁ」


 妹から返ってきた答えを聞いた俺は、がっくりと肩を落とした。

 ……おいおい。……幾ら何でもガキに金渡しすぎだろ。


「そういうわけだから、あたしが日々、かわいさにみがきをかけているのも仕事のうちってわけ」

「けっ……よくいうぜ」


 だがなぁ……この雑誌の読者どもも、このカッコ付けたポーズ決めてるかわいいモデルが、まさかギャラで『妹と恋しよっ♪』だの『妹たちとあそぼ♡』だのを買っているとは思うまい。

 というかたぶん、こいつのファンが真実を知ったら間違いなくそつとうするね。

 俺は世界のあいめつつ、さらに収納スペースの奥底をのぞき込もうとした。

 が、そこにひざち体勢のきりが、両手を広げてふさがる。


「……きょ、今日きようはこれ以上見せられない」

「なんで?」


 いや、別に見たくもねえけど。全部見終わるまで解放してくれないのかと思ってたぞ。

 桐乃は収納スペースの奥底をいちべつしてから、ぎろっと俺をにらみ付ける。

 だからそのゴミを見る目はやめろよ。


「まだ……信用したわけじゃないから。いまは、これが限界」

「はあ?」


 なんだ? こいつ、何を言ってやがるんだ? その言い方だと、まるで……いま見せたのはほんのじよくちで、さらに上があるみたいに聞こえるんだが。え……マジで? そうなのか?


「あの、奥にあるのは、ちょっと恥ずかしいやつで……その……だから、だめ」

「………そ、そうか……」


 ええ~~? 『妹と恋しよっ♪』を得意げに見せびらかせるこいつが、恥ずかしがってちゆうちよしてしまうブツって……いったいどんなとんでもないしろものだってんだ……? あまりのせんりつだまり込んでいると、きりが話しかけてきた。

 おれのすぐ前、つんいで前のめりになった体勢で、


「で、どう?」

「ど、どうとは?」


 何を言えってんだ。だれか分かるやつがいたら教えてくれよ。

 俺が何も言えないでいると、桐乃は、じやつかんもじもじし始めた。


「だから、その、感想。あたしの、しゆを、見た」

「……ああ、感想、感想……な? ……ええと、びっくりした」

「そんだけ?」

「……そんだけって言われても……しょうがねえだろ? すげえびっくりして、ほかの感想なんて出てこねえんだから」


 俺がつくろうように言うと、桐乃はととのったまゆをひそめてものげにつぶやく。


「……やっぱり、あたしがこういうの持ってるの……おかしいかな」

「……いや、そんなことは……ないぞ」


 おかしいっていうか……そういう次元の問題じゃねえし。

 ……つまり桐乃のそうだんってのは、これか……。

 それよりさ、そろそろ解放してくんねえかな。ぐっすり眠って、もう忘れたいよ俺は。

 俺は一刻も早くこの場から脱出したいので、妹が求めているであろう台詞せりふを言ってやった。


「言ったろ。俺は、おまえがどんな趣味を持ってようが、絶対バカになんかしねえって。──いいんじゃねえの? 何を趣味にしようがそいつの勝手だ。誰に迷惑かけてるわけじゃなし、自分がかせいだ金で何を買おうが、文句言われる筋合いはねえよ」

「……だよね? ……ははっ……たまにはいいこと言うじゃん!」


 よしよし満足したな? じゃあ俺はそろそろ退散させてもらおう。

 と、しりを浮かせかけた俺だったが、気が変わって再び腰を下ろす。

 実は、さっきからずっと、こいつに突っ込みたくて突っ込みたくて我慢していることがある。

 に突っ込むと、とんでもない回答が返ってくる可能性があるので、できることなら突っ込まずに済ませたいと考えていたわけだが……もう我慢の限界だ。

 まるで世界の外側から『早く突っ込め! 突っ込め!』と指示を飛ばされているような感覚だった。もちろん気のせいだろうがな。


「はあ……」


 ようし……いまから突っ込むぞ? 突っ込むからな? 覚悟はいいか? もしも最悪の回答が返ってきたとき、あわてずさわがず落ち着いて対処する準備はOK?


きり、話が前後しちまうが、ひとつおまえに聞いておきたいことがある」

「は? キモ、なに改まってんの?」


 てめえ、それが大サービスでおまえのしゆを全肯定してやった兄への言い草かよ。

 なんかこの分だと、どうやら最悪の展開はなさそうな気がしてきたな……。

 ふぅ……。おれは一息ついて気を取り直してから、こう言った。


「なんでおまえ、のエロいゲームばっか持ってんの?」

「…………………………………………」


 お、おい……なぜそこでだまり込むんだ? な、なんとか言えよ……なあ?


「……なんで、だと……思う?」

「さ、さぁ……なんでなんだろうな?」


 ま、待て。待て待て待て……なぜそこでうっとりほおを染める……!?

 なぜつんいで這い寄ってくる……!?

 まさか、まさか……ちょっと、やめてくれよマジで……俺にそんな趣味はねえっての……!

 身の危険を感じた俺は、腰が抜けたような体勢で、じりじりとあと退ずさった。


「……なに逃げてんの?」

「別に逃げてねえよ」

「うそ、逃げてるじゃん」

「それはおまえが……あ」


 し、しまった。背中がかべについてしまい、これ以上逃げられない。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影