第一章 ⑦

 だからおまえのしゆなんざ、心底どうでもいいんだっての。そんなことをわざわざもう一度聞くために、俺をここに呼びやがったのか、こいつ?


「ぜ、ぜったい? ほんとに、ほんと?」

「絶対の絶対。本当に本当に本当だ」

「ウソだったら……許さないからね」

「おお、好きにしろよ」


 フ──いい加減にしてくれねえかな、なんだってんだ……。

 おれがげんなりと脱力していると、きりは意を決したように立ち上がり、本棚の前まで歩いていった。

 ……あん? 何をするつもりだ?

 とうわくしている俺の前で、桐乃は二つある本棚のうち、片方を手前に引っ張った。ずいぶん軽々と動くもんだと思ったが、よく見りゃ中身はすでに取り出して、ベッドの上にんである。

 かべの一面をせんゆうしていた本棚が片方なくなり、大きなスペースがく。


「お、おい……おまえ……何やってんだ?」


 桐乃は俺の質問には答えず、残った本棚(こちらは半分くらい本が収納されている)の側面に肩をあて、ぐっ、ぐっ、とからスペースに向かって押し込み始めた。

 ズ、ズ……と、分厚い本棚が少しずつズレていく。そうして現われたのは、洋室にはそぐわないふすまだった。隠し収納スペース。


「うお……」


 桐乃は「ふぅ」と一息ついて、言う。


「……あたしが中学入って、自分のをもらえることになったとき……この部屋を洋室にリフォームしたじゃん? よく分かんないケド、そんときの名残なごりだと……思う。本棚で隠れてたから、あたしも去年の大掃除んとき、初めて気付いたんだけどさ」

「へえ……」


 おやあたりが金をケチったのかね? まぁ本棚で隠しておきゃ見えないしな。


「で……人生そうだんってのは、もしかしてその『中身』のことか?」


 桐乃はうなずいた。が、襖に手をかけたまま、いつこうに開けようとしない。


「…………」


 むずかしそうな顔でちゆうちよしながら、俺をじっと見つめてくる。

 とくれば、これまでの話の流れで、察しのよくない俺にも、襖の奥に何が入ってるのか想像がつくってもんだ。こいつが躊躇している理由もな。

 ──人生相談ねえ。……どうして俺なんだろうな?

 たしかに俺はこの間、こいつがどんなしゆを持ってようとバカにしないとは言ったが……


「ふむ……」


 自分が桐乃の立場だったらと想像してみる。

 えーと……人生相談ってのは大きくわけて二種類あるよな?

 いっこはまぁ、一番よくあるケースで、『事情に通じてて頼れる人間』相手に相談する場合。

 この場合は当然『自分が抱えている悩みとか問題が、どうやったら解決するのか』いつしよに考えて欲しくてそうだんするわけだな。

 んで、もういっこは、『事情を知らない第三者』相手に相談する場合。

 こっちの場合は、有効なアドバイスなんざハナっから期待してなくて、とにかく『話を聞いて欲しい』から相談するわけだ。

 でもって、きりにとっておれは『事情に通じてて頼れる人間』じゃあない。断じて、ない。

 ……だとすっと?

 桐乃の悩みが俺の想像どおりなら、そもそも他人に相談すること自体がむずかしいよな。

 自分のイメージを崩すのがこわいから。相談相手をえり好みできる立場じゃねーわけだ。

 いま、桐乃が開けっぴろげに相談できる相手は、たった一人ひとりしかいない。

『すでに相談内容を知っていて』、『相談した結果、どう思われようが構わない、どうでもいいやつ』──つまり俺。

 へーえ。そういうことかよ……。妹が抱える大体の事情を察した俺は、さっさとうざったい用事をすませてすいみんの続きに戻るべく、こう言った。


「心配すんな。そこから何がでてこようと、俺は絶対バカにしねえし、秘密にしろってんなら、絶対だれにも言わねえ……だから、な?」


 俺の打算に満ちたやさしい台詞せりふを聞き終えた桐乃は、再びこくんとうなずき、


「……約束だからね」


 と念を押すようにつぶやいてから、禁断の扉を開けた。

 がら……

 ぼとっ。


「……ん? なんか……落ちた……ぞ?」


 俺はつまびらかになったふすまの中身を見る前に、転がり落ちたブツを何気なく拾う。

 それはまたしてもDVDケースで──

 タイトルは『妹と恋しよっ♪ ~妹めいかぁEX Vol.4~』だった。


「げふんげふんげふんげふん……!?」


 盛大にむせた。

 ほ、本体登場──!? 考えてみりゃアニメだけじゃなくて、アレの持ち主もこいつだった!

 ぎもを抜かれる俺。何にって、半裸の女の子が身体からだを抱いて恥じらっているという、想像以上にいかがわしいパッケージイラストにだ!? しかもシリーズものなのかよ!?


「な……なんだ……コレは……」

「あ。それは最初プレステ2から出たんだけど、パソコンに移植されてから別シリーズ化したやつね。名作ではあるけど、ちょっと古いし内容もハードだから、初心者にはおすすめしない」


 んなこた聞いてねえよ!? 大体なんだ初心者って? おまえはプロか? プロなのか?

 チクショウ突っ込みどころが多すぎて、俺のスキルではカバーしきれねえ!

 い……いったい何が始まろうとしているんだ?

 お、おれはどんな異常空間に足を踏み入れてしまったんだ? だれか教えてくれ!?

『妹と恋しよっ♪』というファーストインパクトで脳をやられてしまった俺は、スデにグロッキーだった。だがこんなモノは、きりにとってほんのジャブでしかなかった。


「くっ……」


 あぶらあせをだらだらかいて、顔を上げ、開け放たれた禁断のしんえんのぞき込む。

 ふすまの内側は、一見ごく普通の押し入れだ。上段下段に分かれていて、うすぐらい。

 だが、そこにまれているモノどもは、さらにのうこうなグッズの数々。

 まず目につくのは、上段にうずたかく積まれた大量の箱。


「……その……箱は……?」

「これ? これは、パソコンゲームの箱」


 桐乃はちょっと得意げな調ちようで答え「よいしょ」と、箱の一部を俺の前に置いた。

 そのほとんどは『妹めいかぁEX』シリーズで、タイトルの例を挙げると『ちようまい』『妹たちとあそぼ♡』『天元突破十二姉妹』『最終兵器妹』……とまあそんな具合。

 いろいろ言いたいことはあるが、ここで台詞せりふを間違えるとになりかねん。ひとまず俺は、なんな質問を投げる。


「なんで……こんなに箱がでかい?」

「……それは、あたしにも分からない。でも、こういうものなの」


 世界のなぞを、おごそかに口にする桐乃。分からん……分からん……俺には何もかもが分からねえ。

 ゴクリ……いまにも口をついて出てきそうなをギリギリのところで飲み込みつつ、俺はせんを収納スペースの下段へと向けた。

 そこにはやはりドでかい箱が、でん、でん、でん、でん、と並んでいる。

 パソコンゲームの箱よりもさらにでかく、規格が統一されていない。それぞれ女の子のイラストが描かれていたり、メタリックにかがやいていたりとまちまちだ。


「こっちの……コレらは……な、なんなんだ?」

「アニメのDVDボックス。ここにあるのはぜんぶ特製ボックス仕様」

「DVDボックス? 特製ボックス仕様?」


 情けないが、オウム返しに問い返すのが精一杯だ。


「そう。ほんぺんに修正を加えた完全版と、ボーナスディスクとか、特製ブックレットとか、ほかにも色々特典がぎっしり入ってるの。……ふふ、すごいでしょ」

「その……星くず☆うぃっち……とかの?」

「うん」


 桐乃のテンションは、か上昇気味だった。

 自慢のコレクションをかいちようできたのが、そんなにうれしいのか? 大嫌いなおれに、ついうっかり笑いかけちまうほど。俺はなんとなくしやくぜんとしない気分になった。

 ところで気になるんだが、


「こういうのって……結構高いんじゃねえの?」

「んー? まあ、わりとね。えっと、コレは41,790円でしょ? コレは55,000円でしょ? で、えっと、こっちは──」

っけええええええええよ!? どこがわりと!?」

「そう? ……服一着か二着分くらいでしょ、こんなの」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影