第一章 ⑥

 何度かうなずきをり返し──しようだいに『星くず☆うぃっちメルル』を抱きかかえ、その場から走り去っていった。その光景が、だか俺にきようしゆうを抱かせる。ずっと昔、こんなことがあったような気もする。……もう忘れたけどな。


「……扉くらい閉めていけっての」


 そうぼやいて、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

 で──それから二日間は、何事もなくすぎた。おれきりはいつもどおり、会話もなく、目も合わさず、他人のきよかんを保ったまますごしていた。妹の意外な一面をかいた俺だったが、別段何をしようとも思わなかったし、さっさと忘れちまおうと割り切っていた。

 そりゃ、なんでまた、あの妹があんなもんを……? というきよういていたけどな。

 だからといって、他人の秘密をほじくり返そうとは思わんさ。めんどうくせえもの。

 だが……

 そんなある日の深夜。

 安らかに眠っていた俺は、バチンとほおに強い痛みを感じた。


「っだ!?」


 最悪の目覚め。どうやら頰を張り飛ばされたらしい。

 な、なんだ!? 強盗か!? ぎようてんした俺は、あわてて目を開ける。


「っ」


 まぶしい。の電気はつけられているようだ。腹に重みを感じるが、手足をこうそくされているようなことはない。強盗にしては中途半端な……って、おい!


「お、おまえっ」


 しゆうげきしやの姿を認めた俺は、目を見張ってしまう。いきなり夜襲をかけられたもんだから、しんぞうがばっくんばっくんいってやがる。


「…………静かにして」


 なんと襲撃者の正体は、パジャマ姿の桐乃だった。ベッドで上体を起こした俺に、おおかぶさるような体勢でつんいになっている。化粧をおとした妹の顔が、すぐ間近にある。


「……っこの、おまえな……!? なんのつもり……」

「…………静かにしろって言ってるでしょ……いま何時だと思ってんの?」


 俺がなんの声を上げると、桐乃は小声でどうかつしてきた。

 いま何時だと思ってるってのは、この場合、俺の台詞せりふだと思うんだがな。

 ……つーか、俺はいま……深夜、自室のベッドの上で、妹に覆い被さられて、きんきよで見つめ合っているわけだが……。このシチュエーションは……いったい? このシーンだけ切り取ってみりゃラブコメちっくだが、俺の心臓は違う意味で張り裂けそうだ。


「と……とりあえず、ベッドから下りろ……」


 呼吸をととのえながら言ってやると、桐乃は明らかにムッとした表情で、俺の言葉に従った。

 これがほかの女なら、俺だって(おどろく以外の理由で)動揺しただろうが、妹に乗っかられても重いだけである。どんなに見てくれがよかろうと、こいつは異性のうちに入らない。

 妹を持つ兄なら、みんなそう言うはずだ。


「はぁ」


 俺はこめかみを指で押さえ、ため息をついてから聞いた。


「で? どういうつもりだ?」

「…………話があるから、ちょっと来て」


 なんでおまえがキレ気味なんだよ……。いきなりほおを張り飛ばされたこっちの方が、よっぽどムカついてるっての。それでもちゃんと相手をしてやるおれは、ホント人間ができているよな。


「話だぁ? こんな時間にか?」

「そう」

「すげー、眠いんだけどな、俺。……明日あしたじゃか?」


 あからさまにいやそうに言ったのだが、きりは首をたてに振らなかった。

 むしろ『バカじゃん?』みたいな顔で返事をした。


「明日じゃダメ。いまじゃないと」

「どうして?」

「……どうしても」


 はいはい。理由は言わない。主張も曲げない。どんだけわがままなんだよ、この女。

 こんなもうげんはうっちゃって眠りたいのが本音だったが……あいにく目がえてしまったので仕方ない。めんどうくさいが返事をしてやる。


「……どこへ来いって?」

「……あたしの


 親のかたきでも見るような目で言って、きりおれそでを引っ張った。

 やれやれとかぶりを振って、俺は抵抗をあきらめる。


「行けばいいんだろ……行けば」


 なんだってんだよ、本当。


 妹のは、俺の部屋のすぐとなりにある。一昨年おととしの春、桐乃が中学に上がったので、おやがあてがってやった部屋だ。ろくに使っていなかったボロ和室を、わざわざ洋室にリフォームした部屋で、俺自身は一度も入ったことがない。

 今後もないだろうとばかり思っていたのだが……よりにもよって深夜に招かれることになろうとは。までの俺なら、絶対に信じられないだろうな。なにせ、いまだって何かのじようだんじゃないかと疑っているくらいなんだから。


「……いいよ、入っても」

「……おう」


 せんどうしていた桐乃にうながされ、俺は妹の部屋へと、初めて足を踏み入れた。特にかんがいはないが。

 妙に甘ったるいにおいがする。

 ……ふーん。俺の部屋より広いじゃねえか。

 八畳くらいある。ベッドにクローゼット、勉強机、本棚、姿見、CDラック……などなど

 内装自体は俺の部屋と、それほど代わり映えしない。全体的に赤っぽいカラーリングだ。

 違うところといえば、パソコンデスクがあるくらいか。

 個性にはとぼしいが、わりと今風で、俺が抱いている桐乃のイメージと一致する部屋だった。


「……なにジロジロ見てんの?」

「別に見てねえよ」


 信じらんねえ。自分で連れてきたくせに、この言い草。

 桐乃はベッドにちょこんと腰掛け、地べたを指差す。


「座って」


 いたって自然に言うけどな。妹よ、それはぎようと罪人の立ち位置だぞ?


「……おい、せめてとんをよこせよ」

「………………」


 桐乃はすごくいやそうにまゆをひそめ、猫の座布団を投げてよこす。

 俺はありがたく猫のがんめんしりいて、あぐらをかいた。

 ……ほんっとこいつ、自分の持ち物に俺が触れるのが気に入らんらしいな。きんがつくとでも思ってんのかね? このとしごろの女ってのは、みんなそうなのか? あー、やだやだ。


「で?」


 俺はぞうにあごをしゃくった。桐乃はムスっとしたまま、落ち着きなくせんをさまよわせている。やがて、すぅはぁと深呼吸をしてから、こうつぶやいた。


「…………があるの」

「なに?」


 声が小せえよ。聞こえねえっての。おれが問い返すと、きりの目付きがきびしくなった。


「……だ、だから、そうだん


 ずいぶん妙な台詞せりふが聞こえたな? 聞き間違いかと思い、俺はもう一度問い返す。


「なんだって?」

「……人生相談が、あるの」

「……………………」


 俺は、かなり長い間、ぼうぜんちんもくしてしまった。落ち着きなくまばたきを連射しながらだ。

 だっておまえ……ねえ? よりにもよってこの妹が、ゴミ虫みてーに嫌ってる俺に向かって、なんつったと思う? 人生相談があるの、だぜ? どう考えても夢だろ。町にゴジラが攻めてきたっつわれても、こんなにおどろかねえよ。

 俺はカラカラに渇いたのどで、なんとか声を発した。


「人生……相談って……おまえが……俺にか?」

「うん」


 桐乃ははっきりとうなずいた。おいおい、マジかよ……。


「……この前、言ったじゃん?」

「なにが?」

「あ、あたしが、その、……ああいうの持ってても、おかしくないって、さ」


 歯切れが悪い。落ち込んでいるようなしやべかただ。


「ああいうのって…………もしかして、俺が捨てといてくれって頼んだアレのことか?」

「……うん」


 何でここでその話が出てくるんだ? 

 俺はいぶかりつつ「ああ、言ったな」と答えた。


「それがどうした?」

「あの……ほんとに……バカにしない?」


 本当に、こいつに話しても大丈夫かな──そう言いたそう。

 このにおよんで疑惑のせんを向けてくる桐乃に、俺はこう言った。


「何度も同じこと言わせんな。絶対バカにしたりしねえって言ったろ」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影