第二章 ②

 俺たちはばこで靴をき替え、校舎を出た。ここから家までは一キロほどのみちのりだ。

 麻奈実とは近所なので、俺んの前までいつしよである。

 校門を出たところで、麻奈実が話しかけてきた。


「ところで勉強は進んでる?」

「全然だな」

「即答できるくらい全然ってこと? もう。じゃあ、今日きようも一緒に勉強しよっか?」

「そうしてくれると助かる。どうにも一人ひとりだと、やる気にならなくてな──」

「漫画とか読んじゃうんでしょう」

「……せんがんかよ、おまえは」


 本当にお見通しらしかった。にこにこと笑ってやがる……。

 じゆけん勉強。高校二年生にとっての『普通』の話題。

 ちなみに俺が目指しているのは、麻奈実と同じ地元の大学である。

 少々しいと思われるかもしれないが、俺が進路を決定した理由は、こいつと同じ大学に行きたかったからだ。別にれているから──とかではなくて、この心地ここちいいくさえんを、なるべく長く続けていたかったから。それにミス・凡人たる麻奈実のとなりにいれば、自然と俺の目指す『普通』の人生を歩むことができるんじゃねえか──そう考えたのだ。

 が人生のガイドライン・麻奈実は言う。


「ん、分かった。じゃあ、わたしの家で待ち合わせして、しよかん行こっか。……あ、そうそう、新味のもなかがあるんだ。せっかくだから、食べていかない?」

「お、おお、いいのか? 悪いな」


 麻奈実の家はをやっているので、よく菓子を俺にわせてくれる。

 毎度毎度、年寄りしゆだと幼馴染みをからかう俺であるが、こいつん家の菓子ばかりは悪くないと思う。らくがんやらまんじゆうやら、ガキのころから喰わされてるせいかもな。

 お袋の味ならぬ、幼馴染みの味ってところか。


「いいよ。妹さんの人生そうだんじゃあ、わたしは力になってあげられそうにないし。だからそのぶん、きょうちゃんにやさしくしてあげる」

「……このおひとしめ」


 おれの皮肉に、は「えへへ」とはにかんだ。幸せそうな顔でうつむき、両手で持ったかばんをスカートの前で、ぱたん、ぱたん、とやっている。これはおさなみ同士でのみ通じるサインであり、子犬がシッポを振っているぐさと同じである。もっとめて、褒めて、という意味だ。


「おまえは、いいおばあちゃんになるよ。おまえの孫になる子供は、幸せだな」

「……あ、あのさー……その褒め言葉って、『おまえはいい奥さんになるよ。おまえの夫になる男は幸せだな』とか言うもんじゃない?」

「いや、お婆ちゃんで正しいね。ならおまえと話していると、俺はいつも、死んだ婆ちゃんとえんがわで茶を飲んでいるような気分になるからだ」

「……褒めてないよね? それ、全然褒めてないよね? ……ふんっ、どうせ色気がないですよーだ。もうっ、きょうちゃんだって、わきやくみたいな顔してるくせにーっ」

「おまえにだけは言われたくねえよ!?」


 まさかお互いにそんなことを思っていたとは……。わりと似たもの同士なのかもしれん。

 そんな会話をかわしているうちに、のそばまできてしまった。

 目の前のていを左に曲がれば、俺の家。

 が、そこでタイミングよく──あるいは悪く──下校中のきりそうぐうした。


「げ」


 俺はとつに(ていで言うと一番下部分あたりで)足を止めた。

 丁字路の右手から、制服姿のティーン誌モデル様が歩いていくる。同じ学校の女生徒たちといつしよのようだ。妹とおしやべりしている女どもは、どいつもこいつも器量よしばかり。タイプは違うが、それぞれズバ抜けたはながある。

 ほら、ローティーンばっかを集めた有名なアイドルグループがあるだろ? あいつらが、セーラー服着込んで、きゃらきゃらさわぎながら歩いてくると思いねえ。


「………………」


 俺たちは立ち止まったままちんもくした。

 わきやく二人ふたりの前を、きらびやかなオーラを振りまいて、女子中学生たちが通り過ぎる。


「はぁ~……」


 そんなしいイマドキの若者たちを、麻奈実はせんぼうまなしで見送っていた。


「いまの、すっごくかわいいたちだったね──いいなー、若いって」

「婆さんや、自分が女子高生だってことを思い出しなさい。もの忘れはげしいよ?」


 もはやフォローしきれないレベルで言動がババア。どうにもならんな、こいつ。


「分かってますよう、おじいさん。でも、わたしが中学生のときだって、あんなにあかけてなかったでしょう。中学生っていったらまだまだ子供なのにね……わたしよりずっと大人おとなっぽいんだもん。うらやましいなあ……わたしも、もうちょっとがんろっかなー」

「……いいよ別に……おまえはそのまんまで」


 おまえまできりみてーになったら、おれの安息の地はどこにもなくなっちまうだろうが。

 俺は、あかけたイマドキの女の子なんぞより、地味で普通なおさなみのとなりにいたいよ。

 ふん。俺もも、とは、しょせん別世界の人間なんだよな。

 分かってるさ、ちくしょうめ。


 それからさらに数日後。俺は、しばらくぶりに妹と言葉をかわすことになった。

 にちよう。俺は午前中から麻奈実といつしよしよかんに出かけていた。で、夕方、麻奈実を家まで送っていったあと、帰宅した俺を、玄関で桐乃が待ちかまえていたのである。

 かべにもたれて腕を組んでやがる。険悪な流し目が胸に刺さる。

 ……えーと、なんかこいつに悪いことしたかな、俺?


「……ちょっと来て」

「な、なんで?」


 内心ビビりながら問うと、桐乃は俺を流し見たまま、


「人生そうだん。続き」


 単語ブツ切りでつぶやく。言いたいことは分かったが、なんでそんなにけんかんしなんだよ。

 これから人にモノをそうだんしようって態度かそれが?


「続きっておまえ──」

「……いいから、早く来てよ」


 と、桐乃は俺がろくに靴も脱いじゃいないうちから、そでを引っ張ってくる。間違っても手を直接握ってきたりはしないところが、こいつのむかつくところである。


「ったく、相っ変わらずもんどうようだな……」


 人の好い俺は、桐乃のけんまくにあらがえず、へっぴり腰で階段を上っていく。

 そうして連れ込まれたのは、妹のであった。

 相変わらず甘ったるいにおいのする部屋だな……。ちなみに麻奈実の部屋は、いつ行ってもせんこうのにおいしかしない。おばあちゃんのにおいな。……まあ人それぞれなんだろう。

 先んじて部屋に入った桐乃は、パソコンデスクのを引き、くいくいっと人差し指で俺を招いた。なんだこいつ、どういうつもりだ? 人生相談じゃなかったのか?

 妹のおもわくが読めず、困惑する俺。


「ここ、座って」

「あ、ああ」


 俺は素直に、妹の指示に従った。桐乃は、椅子に座った俺のすぐわきに控え、デスクに片手をついて体重をかけている。

 きりがパソコンの電源を入れると、ウィンドウズの起動画面がおれひとみに映る。やがて画面が切り替わり、デスクトップが現われる。

 たくさんのネコ耳少女たちが、お茶の間でくつろいでいるかべがみだ。

 そんなかわいいデスクトップのすみっこには、デフォルメされた猫が、ごみ箱からちょこんと顔を出しているアイコン。左上隅にはカレンダー。上部には横長のネコ耳型ウィンドウが開いていて、メッセンジャー、ブラウザ等のアイコンがせいぜんと並んでいる。


「……ずいぶんとってるな」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影