第二章 ③

「まあね。スキンを変えて、かわいいランチャー使ってドレスアップしてあるんだ。基本でしょ、こんなの」


 得意げにみを漏らす桐乃。

 皮膚スキン発射装置ランチヤーでドレスアップ……? ……なんのこっちゃ。どうしてこいつは専門用語ばっか使うかね。いまひとつ意味が分からんが、とにかく自分好みにカスタマイズしてるってことらしい。

 ……つーかこういうのを見せびらかしたがるのは、オタクも女子中学生も変わらんな。


「そんで? 俺にこれを見せて、どうしようってんだ?」

「あっきれた。……まだ分かんないの?」


 分かるかよ。桐乃は、俺のすぐとなりから、べつひとみを向けてくる。パソコンのマウスをかかげて言った。


「……ゲームよ、ゲーム。これからいつしよにプレイするの」

「はあ? ゲームって……俺とおまえが? 二人ふたりで?」

「……そ、そう」


 せんを合わせずに答える桐乃。微妙にづらそうにしているのは、こいつも自分がめちゃくちゃ言っているのをそれなりに自覚しているからだろう。

 さっぱり分からん。どうして俺が、別に仲いいわけでもねえ妹と二人で、並んでゲームをせにゃならんのだ。対戦にしろ何にしろ、気まずいだけだろうによ。

 げんそうな俺に気付いたのか、桐乃はつくろうように言う。


「自分で言ったんじゃん。できるはんで協力するとか、なんとか……」

「いや、親にバレねえよう協力するっつったんだぞ? 俺は。だいたい人生そうだんって話だったじゃねえか、どうしていきなりゲームやることになってんだよ」

「ひ、必要なことなの! いいから、はいコレ持って──」

「お、おい……」


 俺にマウスを握らせる桐乃。普段ふだんなら触れるのもいやがるはずなのに、俺の手の甲に自分のてのひらかぶせるようにしてマウスをあやつる。すみっこのアイコンをダブルクリック。

 いきなりテンション高くなってきたなコイツ……。

 普段ふだんのクールぶった態度はどこへやら。どっちかっつーと、たぶんこっちが本性なんだとは思う。やったらイキイキしてるもんな。なんか最近分かってきたけど、普段は周りに合わせてねこかぶってやがるんだ、こいつ。

 冷めていて、投げやりで、斜に構えて……妙に反抗的で。

 流行の服着て、流行の調ちようしやべって、友達とつるんでカラオケやら、なにやら……

 それがイマドキの中学生が考える『イケてるあたし(死語か?)』像なのかもな。

 その生き方が良いとか悪いとか、おれごときがどうこう言えるもんじゃねえとは思う。

 でもさあ桐乃……おまえ、そういうのより、友達とゲームやったりしたいんじゃねーの?


「……なに見てんの? なんかむかつくんですけど」

「別に?」


 やれやれ……。しょうがねえな、ちっとくらい付き合ってやっか──。

 俺は内心で兄貴風を吹かせ、ゲーム画面に切り替わったディスプレイを見た。

 ぴっろりん。にぎやかなタイトル画面が、少女のロリボイスといつしよに俺を出迎える。



『いもーとめーかぁいーえっくす♪ ぼりゅーむふぉーっ!

 ──おかえりなさい、おにーちゃんっ。妹とぉ……恋しよっ♪』





おれに何やらせるつもりだてめえ──!?」


 キレていい。いま、俺は絶対キレていい。そもそもリビングのテレビじゃなくて、きりのパソコンでやるっつー時点で気付こうよ俺!? このクソアマ、どこの世界に妹といつしよに、妹をゲームをやる兄がいるんだっつうの!? 変態か俺は! ああん!?


『わかってるとおもうけどぉ──おにーちゃん? このゲームにとうじょうするいもーとは、みぃんな18さいいじょうなんだからねっ』


 うるせえ、おまえもちょっとだまってろ。

 俺はズキズキ痛むこめかみを押さえながら、桐乃に向き直った。


「お、おまえな……」

「なにいきなりってんの? びっくりするじゃん──ちょっと、顔近づけないでよ」


 詰め寄った俺に、言葉の毒ナイフをぐさぐさとうてきしてくる桐乃。さすがに何か言ってやろうと思ったのだが、その直前、妹の顔がみるみるくもっていったので踏みとどまる。


「……おい、どうした?」

「……やっぱ、バカにしてんじゃん」

「は? 何が?」

「結局……口だけなんでしょ? やってもないうちからへんけん持って……口ではれいごと言っちゃってさ……あたしのことも、心ん中では変な子だって思ってたんでしょ……」


 いまいましげににらみ付けてくる桐乃。


「あ、あのなあ……そうじゃなくて……っ」


 俺はマウス片手に頭をくしゃくしゃかきむしった。


「バカにするとかじゃなくて! おまえの前でコレをやるのが気まずいんだっての! 分かれよ! お茶の間でドラマ見てる最中、キスシーンになるどころのさわぎじゃねえだろコレ!?」

「……なにそれ? なに言ってるか、ぜんぜん分かんないんだケド」


 まさか……本気で分かってないのか? つうか、俺が変なこと言ってるのか?

 いや、だってさあ。俺はディスプレイを指差して言う。


「俺もぜんぜん詳しくないが、恐らくコレは、仮想の妹と仲良くして、どうのこうのっつーゲームだろ? そんでもって男向きの18禁ゲームだろ? ってことはだ、当然のけつろんとしてストーリーのきようではそういうシーンがあると思うんだが……」


 そこまで言ったところで、桐乃が、怒った顔のままびくっと反応した。


「おまえ、俺と一緒にそういうシーン見てて、何とも思わねえの?」

「あっ……」


 口を大きく開けた桐乃の顔は、『言われていま気付いた』とばかりにになっていた。


「あ、あたしは、そういうの……しきしてやってなかったしっ……わけわかんないこと言わないでよねっ。その言い方だと、まるであたしが変みたいじゃない」

「むう……」


 なるほど、問題点が見えてきたぜ。たぶんこいつ、『18禁』『そういうシーンがあるから』、こういうゲームをやってるわけじゃねーんだ。こいつが言う『妹が好き』ってのに、エッチなことしたいって意味は含まれてない。まあ、女だから当たり前なんだろうけど……。

 とにかく、んなもんだから……

 おれは手の甲でひたいをぬぐう。


「ふ──、分かったきり。おおむね状況は理解した。話し合おう、な? いいか……あのな」

『画面を、やさしぃく、くりっくしてねっ♡』

「だからうるせえっての!? いいタイミングで話のコシを折るんじゃねえ!」


 ディスプレイに突っ込み入れちゃったよ……どんだけ混乱してるんだ俺は。

 いかん、落ち着かねば……


「……ちょっとぉ、しおりちゃんをいじめないでよ」

「おまえも現世に戻ってこい。それは絵だ」

「絵って言うな!」


 しまった、不用意な発言だったか……。なんつー顔でるんだよおまえ。

 あーもう、ったく、なんだかな……。どうすりゃいいんだ。だれか教えてくれ。もう俺の手にはおえねえっての。

 俺はへいした精神を振り絞って、妹の説得を試みた。


「悪かった。よく知りもしねーで適当なこと言ったな、俺。別に、おまえのやってることを否定したり、バカにしたりするつもりはこれっぽっちもねーんだよ。それだけはちかって本当だ。信じてくれ」

「…………」


 唇をとがらせて、涙目で見つめてくる桐乃。


「でもな、その、いきなりこのゲームはハードル高いと思うんだ。ホラ、俺、まだ十七歳だしさ。バカにするつもりは全然ないけど、無理なんだって。……いや、分かるよ? たぶんメチャクチャおもしれえんだろ、コレ? で、おすすめしてくれてんだよな? 分かる、それは十分分かるんだ。──その上であえて言うけど、かんべんしてくれ。百歩ゆずって、一人ひとりでやるならまだしも、妹のとなりで18禁ゲームをやるクソ度胸はあいにくねえんだよ」

「………………いくじなし」


 そんなべつの言葉を、妹から投げかけられる俺。

 えろ……堪えるんだきようすけ……! ここでキレたらまた話がこじれるぞ……!


「はぁ」


 盛大にため息をつかれた。ため息つきたいのは俺の方だ。

 さらにきりは、しれっと言う。


「じゃ、宿題ね?」

「しゅ、宿題だあ?」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影