第二章 ④

「そう。ようするに、あたしのとなりじゃ、コレ、やりたくないんでしょ? だから、宿題。あとでノートパソコンといつしよに貸してあげるから、来週までにコンプリートしておくこと」

「…………」


 これ、断ったらまた、バカにしたとかなんとか言うんだろうな……。

 おれほおをひきつらせながらも、結局、妹のおうぼうあらがうことはできなかった。


「……わーったよ、やりゃあいいんだろ? やりゃあ……」

「そーゆうコト」


 桐乃は得意げにマウスをそう。ゲームのアプリケーションを終了させると、タイトル画面にいた女の子(二頭身デフォルメサイズ)が再び現われ、ぺこりとおをした。ぶんぶん元気よく手を振って、プレイヤーとの別れを惜しんでくれる。


『──おにーいちゃんっ♡ ぜぇ~ったい、またあそんでネ? ばいばーい♪』

「へーいへい。ばいばーい……」


 おまえは偉いよ。

 俺の妹なんか、そんなふうに呼んでくれたこと、一度たりともないもん。


 翌日の夕方、俺が冷たい飲み物を求めてリビングに入ると、桐乃とそうぐうした。

 ヤツは、例のごとくくそ短いスカートの制服姿。ソファーで女王然と脚を組み、ティーン誌を眺めている。……相っ変わらず、『下郎め、寄るでない』みたいなオーラをびりびり放出していやがるなこいつ。

 まさしく姫。妹とはいえ、俺のような一般人は、話しかけることもままならないのである。

 だからなんだっつーわけでもない。最近ちっとばかし話すかいがあったとはいえ、俺たちのきよが近付いたなんて、間違ってもねーんだなとさいかくにんしただけだ。


「…………」


 俺は桐乃を遠目に眺めながら、グラスに注いだ麦茶を飲み干す。ふぅ、とひと心地ごこちついてから、リビングを出て行こうとする。と、ドアノブに手をかけたところで声がかかった。


「──ねぇ」

「……な、なんすか?」


 ぎぎぎ、び付いたロボットみたいに、ぎこちなく振り向く俺。

 桐乃は雑誌に目を落としたまま、短く問うてくる。


「やった?」

「…………えーと。…………なんのことっすかね?」


 質問の意図が分からないことをアピールすると、きりは読んでいた雑誌をバフッとそのへんに放り、売れっ子芸能人が下っ端ADを見るせんで、おれに向かってこうつぶやいた。


「やってないんだ?」

「……え~~と……ね?」


 な、なんで分かったんすか?

 うおお……ええ。桐乃さん、マジ恐ええって。かんべんしてよもう……。

 ひるむ俺に、桐乃はさらにたんたんとプレッシャーをかけてくる。


「なんで? 宿題だって言ったよね、あたし? どうしてまだやってないの?」


 なんで? なんで俺は、借りたエロゲーをやってないという理由で、妹に説教らってるの?

 俺の人生、いったいどうなっているの? ……つうかね! ぶっちゃけ、やるわきゃねーだろっちゅー話ですよ! なにがかなしゅうてリアル妹がいる身分で、18禁の妹ゲーをやらなきゃならんのよ! いやマジでね、心理的な抵抗がハンパじゃねーんだってば。

 だれか分かってくれっかなあ──?


「いやだって……な? ホラ、俺、初心者だし? 説明書見ても、やり方がよく分かんなくってさぁ」


 俺は半ば涙目になりながらも、苦しいわけをするのであった。

 すると桐乃は半ギレのままで、「それならそうと、さっさと言いなさいよ」と言い捨てた。

 たいうらひようへんする芸能人みてえだ。


「はぁ……じゃあたしがじよばんだけ、説明してあげるから。──来て」


 俺は妹にそでつかまれ、られていく。リビングを出て、階段を上っていく途中、なんとか口を挟んで抵抗を試みる。


「だ、だから……おまえのとなりじゃやりたくないっつっただろ、昨日きのう

「あーはいはい。ったく、わがままばっか言うんだから……とにかく来て」


 クソ、なんで俺がこんなこと言われなくちゃいけねーんだ? それは俺の台詞せりふじゃね?

 階段を上り切り、例のごとく妹の部屋に連れ込まれる。

 桐乃はパソコンをスタンバイから復帰させるや、こう言った。


「……仕方ないから、ぜんねんれいばん出してあげる」

「んなもんがあるなら最初から出せや!?」

「──全然分かってない。全年齢版と18禁版では同じタイトルでも、違うものなの」


 この会話にちゃんと付き合ってあげる俺って偉いよな? だれめてくれよ。


「はあ……でも全年齢版ってことはさ……単にエロいシーンカットしただけのモンじゃねえの?」

「そんなこと言ったら文章書いてる人にも、ファンにも失礼。二度と言わないで。……あたしは大抵18禁版でやったゲームがコンシューマとかで全年齢版になってリメイクされると、一応そっちもやってみるんだけどさ。よく『なーんか違うなー』って思うんだよねー。なんて言うの? どっか物足りないっていうか……あたしは素人しろうとだからよく分かんないけど、18禁だからこそできることって、あると思うんだ」

「ふーん」


 サッパリ分からん。


「ヒロイン一人ひとり追加して、フルボイスにすりゃいーってもんじゃないのよ」


 んなこと、おれに言われても困るよ。


いろいろしやべったけど、つまりあたしが言いたいのはね? ぜんねんれいばんもいいけど、なるべくなら原作をやって欲しいってこと。だから原作の方を、宿題だって渡したの」

「……じゃあなんで、いま全年齢版とやらを用意してんの、おまえ?」

「だーかーらー。自分がやり方分かんないって言ったんじゃん。ありがたく思いなさいよね、ちゃんとあたしが教えてあげるから」


 ありがたくねえ──。

 ちくしょう……。やっぱり、やんなくちゃならねーのかよ……コレ。

 俺はマウスを構え、ゲーム画面に切り替わったディスプレイと向き合う。

 例のいまいましいロリボイスとともに『妹と恋しよっ♪』のタイトルが出現。

 タイトルの下では『画面を、やさしいく、くりっくしてね♡』の文字が点滅中。

 妙に口数が増えてきたきりが、わきから指示を飛ばしてくる。


「じゃ、スタート。まず名前を入力して……ちょっと、なにデフォルトの名前で始めようとしてんの? 本名入れなさいよ本名」

「ほん……みょう……だと……? ……それは、なに? 絶対入力しないとダメなの?」

「は? 当たり前でしょ? 妹たちが自分の名前を呼んでくれるところが、キモなんだから。ホラ、さっさと、はい」

「クソッ、やりゃあいんだろ……やりゃあ……」


 ヤケクソになる俺。初めての妹ゲーで本名プレイとか……ハードルたけえなあ。


 このあたりで『妹と恋しよっ♪(全年齢版)』とやらの基本システムについて、かんたんな解説を入れておこうと思う。もちろん、たったいま始めたばかりの俺が何を語れるわけもない。

 ほんのだけになることはかんべんしてもらいたい。

 こほん……このゲームでプレイヤー・つまり俺は、主に画面下部のウィンドウに表示されるテキストを、マウスの左クリックでスクロールさせて読み進めていく。桐乃の説明によれば、


「ま、オーソドックスなADVアドベンチヤー・ゲームだよね。説明書なんかいらないって」


 ということらしい。説明書をチラ見したところによると(たったいま取り上げられてしまったが)、基本となるプレイ画面はこのテキストウィンドウと、背景画像、そしてキャラクターの立ち絵の三つで構成されているようだ。

 なお特殊なイベントシーンになると『イベントCG』と呼ばれる一枚絵が、『背景画像・立ち絵』に取って代わり、ゲームを盛り上げてくれるというシステム。

 たんのない感想を言わせてもらうと『めちゃくちゃ豪華な紙芝居』ってとこか。

 シンプルなシステムだし、そう方法もかんたんそうだ。

 ふーん、ま、これくらいならおれにもできっかな……

 名前入力を終え、ゲームをスタートさせると、まずは青空を背景に、主人公のモノローグが始まった。


 俺の名前は、こうさかきようすけ。自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。


 ……つまらん男だなー。いきなり自分で平凡とか……おいおい(苦笑)。

 せっかく俺の名前を付けてやったんだから、もうちょっと気の利いたこと言えや。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影