第四章 ⑬

 俺がいつもの待ち合わせ場所に着くと、眼鏡めがねおさなみは、いつものようにすでに先に着いて待っていてくれた。そしてやはりいつものように、かばんをスカートの前で、ぱたぱた振りながら、にこやかに俺を呼ぶ。


「きょうちゃん、おはようっ」

「おう、おはよう、


 ごくごくありふれた、どこにでもある朝の一幕。

 あー、安らぐ。やっぱおれの日常は、こうでなくっちゃいけねーよ。

 俺の名前は、高坂きようすけ。近所の高校に通う十七歳。

 自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。

 地味で普通なおさなみと、も、のんびりまったり学校に行く。

 どうだい、ちょっとうらやましいだろう? 普通っていうのは、周りと足並みそろえて、地に足つけて生きるってことで。なんってのは、危険が少ないってことだ。

 ぼんようばんざい。ビバ、普通の人生だ。

 でもまあ、非凡で危険な生き方も、あれはあれでいいもんだよな。

 と──最近はそんなふうにも思えるようになってきた。

 楽しくて、にぎやかで、ときに痛々しくて恥ずかしい。

 みちつらぬく、地に足つけない、空を飛ぶような生き方。

 俺はそいつを、この身をもってたいけんしたってわけ。


「きょ、きょうちゃん。どうしたのーっ、その顔」

「ん? ああ、これか」


 そんなにおどろかれるほど地味なツラをしてるのかと思ったわ。ま、それは否定しねえけど、が言ったのは、俺のがんめんにでかでかと張られた湿布薬のことだろう。


「まあ、なんだ。……いろいろあってな」


 まったくなあ。ほんっと色々あったもんだ……。俺の人生の中でも、ここしばらくの出来事は、特別のうこうで──たぶん一生忘れられない。

 クソ生意気で、俺のことをゴミみてーに嫌っている妹。秘密のしゆと、人生そうだん

 俺はあいつと、ここしばらくで何十年分もの会話をかわした。いままで知ろうともしなかったあいつのことを、ほんのちょっぴりくれーは、分かった気がする。

 だけどな。それで俺たちの冷めた関係が変わったかというと、そんなわけもない。

 相変わらず俺は、妹のことが大キレーだし、どうでもいいと思ってるし。

 あいつはあいつでいままでどおり、も俺を、ぼうの石ころみたいに無視してくれたぜ。

 ま、世の中そんなもんよ。そうそう変わりゃしねえって。

 ふん、おかしいと思うかい? あんだけイベントこなして、あんだけじんりよくしてやったんだから。妹の好感度は、その分ぐーんと上がってなきゃあワリに合わねーだろうって?

 冗談じゃねーよ! 気味悪い想像させんなや! 第一ゲームじゃねえんだからさ、人生ってのは基本ワリに合わねーもんだと思うよ? 特になぜか俺の人生はな!

 おおっと、こうふんして話がれたな。戻そう戻そう。えーとな。たしかに昨日きのう、俺は、妹を助けてやったさ。おやを説得して、あいつの趣味を認めさせてやった。

 だけどそんなのはさ。別に、かんしやされたくてやったわけじゃねーのよ。見返りを求めてやったわけじゃあない。どっかのだれかの台詞せりふじゃねーけどさあ。

 おれは、俺のやりたいようにやっただけなんだ。自分勝手に、おせつかいを焼いただけ。

 だからその結果、得られる対価ってのは、自分の中にある。誰かにもらうもんじゃあない。


「そっか……。色々あったんだぁ……」

「おうよ。色々あったのさ」


 もらうもんじゃあねえんだけど。


「お疲れさま、きょうちゃん。……がんったねぇ」


 事情を全然知らないおさなみの、そんなゆるーいねぎらいだけで。


「まーな」


 俺は、十分にむくわれた。


 その日のほう。学校から帰宅すると、いつぞやと同じように、妹がリビングで電話をしているところだった。


「ただいま」


 一応のれいとしてあいさつしてみるが、返事がないどころか、こっちをチラリとも見やしない。

 セーラー服姿のきりは、ソファに深く腰掛け、超短いスカートで足を組み、けいたいに向かって何やら楽しそうにけらけら笑いを振りまいている。

 その笑顔えがおはなるほどかわいかったが、それが俺に向けられることは今後もないだろう。

 とか思っていたら、


「はああっ!? ちゃんとたのアンタ!? DVD版の方だよ!? じゃあどうしてそういうけつろんになるワケ!? 信じらんないっ、これだからじやがん女の感性はさあ──! ……も、いい。……アンタいい加減、ちゆうびよう卒業した方がいいよ。じゃあね」


 どんな会話だよ……。

 電話を切るや、らんぼうに携帯を放り投げた桐乃に、俺はかなり引いてしまった。

 ま、こいつはこいつで、以前とは、少し変わったのかもしれねーな。

 俺なしでもくやってんじゃん……なぁ?

 なにはともあれ、これで桐乃の悩みは解決だ。

 だから今度こそ、ガラでもねえ人生そうだん……俺の役目はおしまいだ。

 俺は心の中で独りごち、ぱかんとれいぞうを開けた。パックの麦茶を取り出し、グラスに注いで一気にあおる。

 ふぅ……万感のおもいで息を吐く。

 安心感と、満足感と、ほんの少しのさびしさがのうぎる。

 俺は肩をすくめて、その場を後にしようとしたのだが。


「ねぇ」

「……あん?」


 ドアノブに手を掛けたところで呼び止められ、おれは振り向いた。

 すると妹は、いつものすげない調ちようで、とんでもねえことを口走った。


「人生相談、まだあるから」


 ……………………マジで?


 あまりの絶望に、俺は、じわ……と、目に涙をにじませた。

 ドアノブをにぎめたまま、固まる。


「それと──一応、えと……」


 そんな俺に、きりは、口ごもりながら目を合わせる。

 たった一言。照れくさそうに微笑ほほえんで、


「ありがとね、兄貴」


 はっきりと、そう言った。

 それから、ふいっとそっぽを向いてしまう。

 心なしか、ほおが赤かったかもしれない。


「…………………………」


 おれは、大口開けて、目ぇ見開いて、ぜんとするしかなかったね。

 だってよ。幾らなんでも、ありえねぇだろうが……。

 自分の目と耳を盛大に疑いながら、俺はこうおもったのさ。

 俺の妹が、こんなに可愛かわいいわけがない──ってな。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影