第四章 ⑫

あくえいきようしかねえ、くだらないしゆか?」


 さわがしいおしやべりがいまにも聞こえてきそうな……しかめっつらの中に本心が見え隠れしているような……そんな微笑ほほえましい写真だった。少なくとも、俺にはそう見えた。


おやは認めたくないのかもしれないがな──これがあいつが得たもんなんだよ!」


 それは──


「このアルバムで家族といつしよに笑ってる桐乃も……モデルの仕事で、流行の服着て、格好良くポーズを決めてる桐乃も。オフ会でオタク友達と並んで、しかめっ面でさわいでる桐乃も──! 全部があって、初めてアイツなんだよ! 一つでもかけたら、アイツじゃなくなっちまうんだよっ!」


 いま俺が叫んだのは、いつか聞いた桐乃の言葉だ。

 だけど俺は、あいつの代わりに言ってやったわけじゃない。

 いま親父にぶつけたこれは、腹の底からき上がってきた、俺自身の言葉と感情だ。

 胸ぐらをつかみあげて訴えた。


「いいか……! これを見て、まだアイツの趣味を認めねえってほざくんなら……! 桐乃の代わりに俺が親父をぶっ飛ばすぜ!? なんも知らねぇくせに、テキトー言ってんじゃねえよ!」


 親父はげんぜんと俺を見据えたまま、ほんのわずかに……目を見張ったようだった。

 やがて感情をまじえない声で、こう返事が来た。


「……おまえの話は分かった」


 ごくどうヅラに血管が浮かび上がって、すさまじいぎようそうになっている。

 マジ鬼そのもの。胸ぐらを摑みあげている俺の方がひるんじまう。


「くだらんと言ったのは、ひとまず取り消してやる。たしかに俺は、何も知らん。へんけんでものを言ったことは、認める。いいだろう。おまえに免じてきりしゆを許してやってもいい」

「……ほ、本当か!?」


 おれはいま、おやに向かって自分の気持ちを全部ぶちまけた。

 勢いまかせに叫ぶばかりで、筋道だったろんなんざカケラもない、ぐちゃめちゃのたんがん

 それでも、必死に訴えかけりゃあ、伝わるもんはあったんだろう。

 桐乃の趣味を許してやってもいい──この台詞せりふを引き出せた時点で、この勝負は俺の勝ちだ。

 しかし親父は、こう続けた。


「同じことを言わせるな。ただし一部だけだ。あのケースに入っていたような、いかがわしいしろものは許すわけにはいかん。これは良い悪いの問題ではない。俺がそういったものに無知なのも、へんけんを持っているのも関係ない。18禁という表記の意味を考えろ」


 ついにこの台詞が来たか……。俺は親父の胸ぐらから手をはなし、にがい顔でちんもくした。

 親父の台詞はちようせいろんではある。18禁なんだから、そりゃあ18歳未満のヤツが持ってちゃまずいだろうよ。

 だが仮にここで親父の言うとおりにしたなら……桐乃のコレクションの大半を捨てることになっちまう。それじゃ意味がねーんだ。

 どう考えても、これは親父が正しい。正しいが……反論の余地はある。たぶんこの台詞が来るであろうことは、おれにも分かってたからな。一応……対応策くらい考えてあったさ。


「…………」


 考えてあるんだけど……な。正直言って、これだけはやりたくなかった。

 かつてないかつとうが、俺の中で荒れ狂っている。

 本当に、いいのか? あんな妹のために、俺がそこまでしてやることがあるのか──と。

 だが、今日きようの俺は、どこまでもおかしかった。ありえないほどいかれていた。

 なもんだから……俺ののうは、この方向性で突き進むことについて、と承認したんだよ。

 俺は言った。


「…………き、きりねんれい制限のあるモノなんて、持ってないぜ?」


 以上の台詞せりふを聞いたおやは、心を落ち着けようとしているかのように両目をつむり、ぶたふるわせている。そして突然、くわっと目を見開いた。


「ぐぇっ!」


 俺は、えりくびを引き千切る勢いでつかみ上げられ、それから後頭部をメリッとロックされ、DVDケースへと目を向かせられた。うぎぎ、超痛いっす。

 ケースの中には例のブツ。さんぜんかがやく18禁の表記。


「貴様……このにおよんでウソを言うのか……!?」

「ち、違うんだって!」


 俺はあいつらからを得て、変わった。バカになった。恥ずかしいやつになった。

 だからこそ、こんなムチャクチャな策を実行しちまうんだろうよ。


!」


 われながら、しようがい最悪の台詞だったね。


「だからこれは絶対桐乃のじゃねえ! 俺が預かってもらってた俺のもんなんだって! だったら捨てなくてもいいだろ!?」


 もう二度と見られない光景だろうから、かつもくするといいぜ。

 デコに血管ビキビキ浮かべた悪鬼が、無表情で突っ込みを入れてくるところをな。


「……よく知らないが、これはパソコンに入れて遊ぶゲームなのだろうが……この家で、パソコンは……桐乃しか持っていないはずだ……」


 お、思ったより詳しいじゃねえか……。俺の脳は、しゆんわけを思いついた。


「そ、それは、桐乃にパソコン借りてやってたんだって!」

「……ほ、ほほう。……お、おま、おまえは妹ので、妹のパソコンを使って、妹にいかがわしいことをするゲームをやっていたというんだな?」

「超おもしろかったぜ! 文句あっか!」


 がんめんをブッ飛ばされた。俺は盛大にスッ転がって、かべにぶつかった。

 ドアホか俺は!? そこはせめてノーパソ借りて部屋でやったとか言っておけよ!?


「…………ぐうっ……うう……」


 視界がチカチカしやがる。口の中に血の味が広がっていく。ぐらんぐらん頭痛がして、しきが急速にぼやけていく。あ、も、ダメだな……コレ……死んだかも……。

 だが、まだだ。ここで終わってたまるかよ……!

 おれは、ぶったおれたままキッと顔を上げ、涙ながらに訴える。

 さあ聞くがいい……! 俺の聖人のごとき、清らかなるわけを──!


「とにかく、アレは俺のなんだって! 高校生だって、18禁のエロ本くらい持ってたっていいだろ!? お袋だって、ベッドの下のコレクション、持ってていいって認めてくれてるもん! そのゲームだってエロ本と同じようなもんだろが! なんか違いがあんのかよ!? えぇオイっ! ねーよなぁ!? だからゼッテー捨てねぇ──よ! ふへアはは! だれになんと言われようがな、命をけてまもり抜くぜ! よっく聞けよ、おや。俺はなあ、アニメも、エロゲーも、超・大・好き・だぁ────っ! 愛していると言ってもいいね! こいつを捨てられたら、俺は俺じゃなくなっちまうんだよ! エロゲーは俺のたましいなんだよ……っ!」


 俺は最後の力を振り絞り、ヤケクソ混じりに叫んだ。


「分かったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!」


 魂の叫びをその身に受けた親父は、立ちくらみを起こしたようによろめいた。


「こ、この……この……」


 頭部に強烈ないちげきわれたかのようにこめかみを押さえ、


「バカ息子むすこが!! 勝手にしろ!! 俺はもう知らん!!」


 かつてない大絶叫! ここまでブチキレた親父を見たのは生まれて初めてだ。

 だが、俺を殺すつもりはないらしい。はぁはぁと肩を上下させていた親父は、くるっと背を向けて、足音を立てて去っていく。

 よし、勝った。俺は鼻血まみれのがんめんを押さえ、にやりとみを浮かべる。

 フッ……どーよ、きり……おまえのコレクション……一つ残らずまもってやったぜ?

 へっへっへっ……まったくしまらねえ、俺らしいてんまつだけどな。


 こうさかにぎわせたそうどうが一件落着した、翌日の朝。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影