第四章 ⑪

 俺は、何も言えなかったと悔しがっていた妹の代わりに、アイツのおもいをぶつけてやった。

 自分の気持ちじゃないはずなのに、俺はカンケーねえはずなのに、本気でハラを立てていた。

 いつの間にか、ごとじゃあなくなっていた。


「俺は、この目であいつの『大切なもの』を見てきた。同じもんを大切にしているやつらに、会ってきた。ああ、たしかにへんけんを持たれたってしょうがねえ、妙ちきりんなやつらだったさ。言動も格好もとにかく変テコでよ──正直、俺にゃあ理解できねーと思ったわ。でもさあ!」


 俺は思い出す。あのときの光景を、それを見た、自分の想いを。


「悪くねえって、思った。だってあいつら、アホみてーに楽しそうなんだもんよ。初めて会ったのに、いきなりバカデケー声でこうろん始めて、おおさわぎしてさあ。どんだけ大好きなんだっつーのな! 桐乃も、そいつらも、あんなに真剣に怒れるなんて、ただごとじゃねえよ! 桐乃も、そいつらも、そんくらい自分の好きなもんに夢中だった! 見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらいにな! でも、もうそんときにゃあ、あいつらは仲間だった! ハラ割って話せる友達だった!」


 ちょっと前の俺なら、自分がこんな暑苦しいするとこなんざ、想像もできなかっただろうよ。いまのいまだって、一言一言、自分が口開くたびおどろいてるさ。

 まさかこの俺に、こんなはげしいところがあったなんてな。普通に、平凡に、ぼんように──のんびりまったり生きていくのが俺の信条だ。それはいまも変わんねえ。

 でも、ちょっと前の俺と、いまの俺とでは、かくじつが違っている。

 アイツからそうだん受けて、いろいろめんどう見てやって、いままで知ろうともしなかったモンをたくさん見て、えいきよう受けてさ。変わっていったのは、俺の方だった。

 あんな変テコな連中やら、理解できねえもろもろに、自分が影響されていたなんて、認めたくはないけどな。事実なんだから、しょうがねえ。

 おれはあいつらからを得て、変わった。バカになった。恥ずかしいやつになった。

 だからこそ、涙目でもなんでも。

 このおっかねえおやに、こうやって立ち向かえるんだろうよ。


「もちろん俺にゃあ、あいつらのしゆはサッパリ理解できねえよ。できねえけど! 夢中になるのって、そんなに悪いことかよ!? そういうのってさ、大事なもんじゃねえのかよ! なあ! そうかんたんに、捨てていいもんじゃねーだろうが!」

「だから……許してやれと言うのか? 悪影響しか及ぼさない、くだらん趣味を?」


 親父が立ち上がって、俺を見た。きりの百倍おっかないせんが、しんぞうつらぬいた。

 ちびっちまいそうだ。いますぐしちまいてえ。


「悪影響しかない、くだらん趣味って言ったな……?」


 ここだ──俺はふだを使う覚悟を決めた。ずんずん親に近寄って、テーブルの上に、バッグの中身をぶちまける。ばんっ! まず、俺が親父にたたき付けたのは、桐乃のせいせきひようだ。


「じゃあ……見ろよ、このとんでもねえ成績を。県でも五指に入ってるんだってな。それも今回に限った話じゃねーんだろ? あいつの成績がずっとどうだったのかなんて、親父が一番、よく知ってるはずだよな」

「だからなんだ。桐乃が、俺との約束を守っている。それだけのことだろう。だからこそ、あのようなけいはくな格好を許している。モデル活動とやらを認めてもいる」

「まだあるぜ……」


 続いて叩き付けたのは、トロフィーや賞状の数々。

 最新のものは、去年の陸上なんたら大会のもんだ。


「これも。これも。これもこれも……! 見ろよ! 全部二位だのゆうしようだのばっかじゃねーか! こっちは小学校時代のやつな! こっちは幼稚園時代のやつ! ……なんでこんなにあんだよチクショウ!? 集めた俺がビックリだぜ! なあ! 親父! あんたの娘は、こんなにも、スゲエやつだろうが!?」

「知っている。それがどうした」

「どうしたじゃねえ! ケツの穴が小せえってんだよ! あんだけ頭良くて、運動もできて、こんだけいろいろ才能あって──俺とは大違いのできた娘だろうが! たいしたヤツじゃねえか! 一つっくれー変テコな趣味があったからって、それがなんだよ! いいじゃねーかそんくらいさあ! 多めに見てやれよ! 自慢の娘に、たった一つ、気にくわないトコがあったくれーのことで、こっぴどく説教して、泣かせて、大事にしてたもんを捨てるって──そりゃあねえだろう!?」

「それがしつけというものだ」


 クソ。勢い込んで訴える俺だったが、親父はまったく動じやしねえ。

 だが、まだ終わりじゃねえぞ……。バンッ! おれは分厚い本をたたき付ける。


「……きりのアルバムか。これがどうした」


 おや調ちようが、ほんの少しだけ柔らかくなった。豪華で分厚いアルバムには、桐乃が生まれてから今までの姿が、大量に写真として収められている。

 赤ん坊の桐乃が、ベビーベッドで寝ている写真。お袋に抱かれている写真。

 幼稚園のおゆうかいで、主役を張っている写真。七五三の写真。卒園式の写真。小学校の入学式の写真。運動会で一着になっている写真──などなど

 もちろんすべて、親父手ずから、一眼レフのバカ高いカメラを使ってったもんだ。

 親父が桐乃のことをどう思っているか、これだけでもよく分かろうってもんだよ。

 しかしホントに俺の写真は一枚たりともねえな。


きようすけ……これがどうしたと聞いたんだが?」

あわてるなって……」


 バンッ! 俺は、さらに一冊のうすい本を叩き付けた。親父の顔色が、明らかに変わる。


「……!?」

「……お袋に頼んで、貸してもらったぜ。こいつは親父の、宝物なんだってな」


 俺が親父に見せつけたのは、スクラップブック。収められているのは、ティーン誌の切り抜きだ。よく見知った茶髪のモデルが、流行の服着て、ポーズ決めて、堂々と写っている写真。

 何枚も、何枚も。何十ページにもわたって。

 おそらく桐乃がデビューしてからいままでの写真が、すべて大切に保管されていた。

 親になったことのない俺には、娘を持つ親父の気持ちなんて、分からねえ。

 だけどな、想像することくらいはできんだよ。


うれしかったんだろ? 感心しねえとか口ではいいながら、桐乃が写った雑誌買って、切り抜いて、集めてさ……」

「……鹿なことを言うな。娘の仕事とやらがどんなものか、俺がかくにんしなくてどうする」


 この言い草……。桐乃と血がつながっているだけのことはあるな。


「それで? 確認して……どうだったんだよ。親父がへんけん持ってたような、ちゃらちゃらした仕事だったのか」


 俺は、スクラップブックのページを一枚一枚めくりながら、言う。


「違ったんだよな。でなきゃ、アイツの仕事ぶりを、こうして宝物みてーに取っておいたりしねえ……そうだろうが」


 つなわたりのようなきんちようかん。俺と親父の目が合う。おっかねえ。俺はひるまず、目をらさない。

 親父は長い息を吐いた。


はばかる必要のない仕事だ。あの格好は、いまもどうかと思うがな」

「じゃあ、これはどうだ」


 おれは胸ポケットから、最後の写真を取り出した。


「!」


 そこに写っているのは、きりと、黒猫と、おりの三人。

 これは沙織が今日きようけいたいカメラでったばかりの写真なんだそうだ。

 スタバで桐乃と話したとき、あいつの携帯に入っていた画像データを、預かってプリントアウトしたもんさ。……画像を借り受ける際、かなりもめたけどな。


「これは、はばからなきゃならないようなもんか?」

「…………」


 オフ会で撮られた、桐乃と、友達の写真。

 三人が寄り添って小さなフレームに収まっている。

 一人ひとりは前に腕をのばし、ひようひようと携帯カメラを構えていて。

 あとの二人ふたりは、いがみあいながらも、なんだかんだ言ってカメラにせんをくれている。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影