俺は、何も言えなかったと悔しがっていた妹の代わりに、アイツの想いをぶつけてやった。
自分の気持ちじゃないはずなのに、俺はカンケーねえはずなのに、本気でハラを立てていた。
いつの間にか、他人事じゃあなくなっていた。
「俺は、この目であいつの『大切なもの』を見てきた。同じもんを大切にしている奴らに、会ってきた。ああ、確かに偏見を持たれたってしょうがねえ、妙ちきりんなやつらだったさ。言動も格好もとにかく変テコでよ──正直、俺にゃあ理解できねーと思ったわ。でもさあ!」
俺は思い出す。あのときの光景を、それを見た、自分の想いを。
「悪くねえって、思った。だってあいつら、アホみてーに楽しそうなんだもんよ。初めて会ったのに、いきなりバカデケー声で口論始めて、大騒ぎしてさあ。どんだけ大好きなんだっつーのな! 桐乃も、そいつらも、あんなに真剣に怒れるなんて、ただごとじゃねえよ! 桐乃も、そいつらも、そんくらい自分の好きなもんに夢中だった! 見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらいにな! でも、もうそんときにゃあ、あいつらは仲間だった! ハラ割って話せる友達だった!」
ちょっと前の俺なら、自分がこんな暑苦しい真似するとこなんざ、想像もできなかっただろうよ。いまのいまだって、一言一言、自分が口開く度に驚いてるさ。
まさかこの俺に、こんな激しいところがあったなんてな。普通に、平凡に、凡庸に──のんびりまったり生きていくのが俺の信条だ。それはいまも変わんねえ。
でも、ちょっと前の俺と、いまの俺とでは、確実に何かが違っている。
アイツから相談受けて、色々面倒見てやって、いままで知ろうともしなかったモンをたくさん見て、影響受けてさ。変わっていったのは、俺の方だった。
あんな変テコな連中やら、理解できねえ諸々に、自分が影響されていたなんて、認めたくはないけどな。事実なんだから、しょうがねえ。
俺はあいつらから何かを得て、変わった。バカになった。恥ずかしいやつになった。
だからこそ、涙目でもなんでも。
このおっかねえ親父に、こうやって立ち向かえるんだろうよ。
「もちろん俺にゃあ、あいつらの趣味はサッパリ理解できねえよ。できねえけど! 夢中になるのって、そんなに悪いことかよ!? そういうのってさ、大事なもんじゃねえのかよ! なあ! そう簡単に、捨てていいもんじゃねーだろうが!」
「だから……許してやれと言うのか? 悪影響しか及ぼさない、くだらん趣味を?」
親父が立ち上がって、俺を見た。桐乃の百倍おっかない視線が、心臓を貫いた。
ちびっちまいそうだ。いますぐ土下座しちまいてえ。
「悪影響しかない、くだらん趣味って言ったな……?」
ここだ──俺は切り札を使う覚悟を決めた。ずんずん親に近寄って、テーブルの上に、バッグの中身をぶちまける。ばんっ! まず、俺が親父に叩き付けたのは、桐乃の成績表だ。
「じゃあ……見ろよ、このとんでもねえ成績を。県でも五指に入ってるんだってな。それも今回に限った話じゃねーんだろ? あいつの成績がずっとどうだったのかなんて、親父が一番、よく知ってるはずだよな」
「だからなんだ。桐乃が、俺との約束を守っている。それだけのことだろう。だからこそ、あのような軽薄な格好を許している。モデル活動とやらを認めてもいる」
「まだあるぜ……」
続いて叩き付けたのは、トロフィーや賞状の数々。
最新のものは、去年の陸上なんたら大会のもんだ。
「これも。これも。これもこれも……! 見ろよ! 全部二位だの優勝だのばっかじゃねーか! こっちは小学校時代のやつな! こっちは幼稚園時代のやつ! ……なんでこんなにあんだよチクショウ!? 集めた俺がビックリだぜ! なあ! 親父! あんたの娘は、こんなにも、スゲエやつだろうが!?」
「知っている。それがどうした」
「どうしたじゃねえ! ケツの穴が小せえってんだよ! あんだけ頭良くて、運動もできて、こんだけ色々才能あって──俺とは大違いのできた娘だろうが! たいしたヤツじゃねえか! 一つっくれー変テコな趣味があったからって、それがなんだよ! いいじゃねーかそんくらいさあ! 多めに見てやれよ! 自慢の娘に、たった一つ、気にくわないトコがあったくれーのことで、こっぴどく説教して、泣かせて、大事にしてたもんを捨てるって──そりゃあねえだろう!?」
「それがしつけというものだ」
クソ。勢い込んで訴える俺だったが、親父はまったく動じやしねえ。
だが、まだ終わりじゃねえぞ……。バンッ! 俺は分厚い本を叩き付ける。
「……桐乃のアルバムか。これがどうした」
親父の口調が、ほんの少しだけ柔らかくなった。豪華で分厚いアルバムには、桐乃が生まれてから今までの姿が、大量に写真として収められている。
赤ん坊の桐乃が、ベビーベッドで寝ている写真。お袋に抱かれている写真。
幼稚園のお遊戯会で、主役を張っている写真。七五三の写真。卒園式の写真。小学校の入学式の写真。運動会で一着になっている写真──等々。
もちろんすべて、親父手ずから、一眼レフのバカ高いカメラを使って撮ったもんだ。
親父が桐乃のことをどう思っているか、これだけでもよく分かろうってもんだよ。
しかしホントに俺の写真は一枚たりともねえな。
「京介……これがどうしたと聞いたんだが?」
「慌てるなって……」
バンッ! 俺は、さらに一冊の薄い本を叩き付けた。親父の顔色が、明らかに変わる。
「……!?」
「……お袋に頼んで、貸してもらったぜ。こいつは親父の、宝物なんだってな」
俺が親父に見せつけたのは、スクラップブック。収められているのは、ティーン誌の切り抜きだ。よく見知った茶髪のモデルが、流行の服着て、ポーズ決めて、堂々と写っている写真。
何枚も、何枚も。何十ページにも亘って。
おそらく桐乃がデビューしてからいままでの写真が、すべて大切に保管されていた。
親になったことのない俺には、娘を持つ親父の気持ちなんて、分からねえ。
だけどな、想像することくらいはできんだよ。
「嬉しかったんだろ? 感心しねえとか口ではいいながら、桐乃が写った雑誌買って、切り抜いて、集めてさ……」
「……馬鹿なことを言うな。娘の仕事とやらがどんなものか、俺が確認しなくてどうする」
この言い草……。桐乃と血が繫がっているだけのことはあるな。
「それで? 確認して……どうだったんだよ。親父が偏見持ってたような、ちゃらちゃらした仕事だったのか」
俺は、スクラップブックのページを一枚一枚めくりながら、言う。
「違ったんだよな。でなきゃ、アイツの仕事ぶりを、こうして宝物みてーに取っておいたりしねえ……そうだろうが」
綱渡りのような緊張感。俺と親父の目が合う。おっかねえ。俺は怯まず、目を逸らさない。
親父は長い息を吐いた。
「憚る必要のない仕事だ。あの格好は、いまもどうかと思うがな」
「じゃあ、これはどうだ」
俺は胸ポケットから、最後の写真を取り出した。
「!」
そこに写っているのは、桐乃と、黒猫と、沙織の三人。
これは沙織が今日、携帯カメラで撮ったばかりの写真なんだそうだ。
スタバで桐乃と話したとき、あいつの携帯に入っていた画像データを、預かってプリントアウトしたもんさ。……画像を借り受ける際、かなりもめたけどな。
「これは、憚らなきゃならないようなもんか?」
「…………」
オフ会で撮られた、桐乃と、友達の写真。
三人が寄り添って小さなフレームに収まっている。
一人は前に腕をのばし、飄々と携帯カメラを構えていて。
あとの二人は、いがみあいながらも、なんだかんだ言ってカメラに目線をくれている。