第四章 ⑩

 当たってくだけて、まるぼうにされる未来しか見えねえよ。

 でもさあ! しょうがねえじゃんか!


にあるもん、全部捨てろ』『もうオタクなんてやめちまえ』


 んなことアイツに言えるか! アイツの気持ちを知っちまった以上、そんなことを言うヤツは、この俺が許さねえよ! たとえそれが親父でもだ!

 ──たしかに俺は、あのクソ生意気な妹のことが大っキレーだ。

 あんなに非凡な登場人物は、俺の人生にゃあ必要ない。あっちも俺のことが嫌いみたいだし、折り合い付けて、お互いに無視していりゃあいい。

 それらの点に関しちゃあ、最初っから、まったく意見は変わらないんだな。

 あんなヤツはどうでもいい。本当に、心底、どうでもいい。

 おかしいと思うか? ウソをついていると、じゆんしてると思うか?

 ……どうだろうなあ。自分でも、今日きようの自分のこたあ、ちょっと分かんねえ。

 全部が全部、本音ではあるんだが……もしかしたら、自分でもしきできてないが、あるのかもしれん。胸の内からき上がってくる妙な気持ちの正体だって、まだ判然としねえよ。

 ああ、だから、いま分かってんのは一つだけだ。

 桐乃は、一度だって、そんなふうに呼んでくれたことはないけどな……

 俺は、あいつの兄貴なんだ。

 大キレーだろうが、どうでもよかろうが、クソ生意気でかわいくなかろうが。

 妹は、助けてやんなくちゃならんだろうよ。

 そうだろう?


 三十分後、俺はリビングの扉の前に立っていた。

 片手に提げたバッグには、ちょっとした秘策が入れてある。帰途を走りながら、足りないのう振り絞って、必死こいて考えたもんだ。

 お袋にも手伝てつだってもらって、何とか思うとおりのものをそろえることができた。仕上げに、お袋にはに入って来ないよう言い含めておいて、準備完了。

 が……正直なところ、これでくいく保証はなにもない。にべもなくねつけられる可能性の方が、よっぽど高いだろうよ。


「へっ……」


 だが、あえてやる。妹のためなんかじゃなく、そうしようと決めたおれ自身のためにだ。

 ちっくしょう! やるだけやってやるぜ!!

 俺は気合も新たに、リビングへの扉を開けた。

 つん、とかおしゆせいほうこうしゆてんどうしきにたどり着いた、みなもとのよりみつの気分。

 おやはソファに腰掛けて、おちょこで酒をんでいた。入ってきた俺に気付くや、ジロリとこちらをめ付けてくる。


きようすけあいさつはどうした」

「た、ただいま」


 無理無理無理無理! 洒落しやれにならんて!? なんだよこのド迫力……。

 ただでさえごくどうヅラだってのに、怒りがじゆくせいされてきたせいか、さっきよりさらにとんでもない極悪ヅラになってやがる。

 せっかく気合入れてきたってのに、んなもん一気に吹っ飛んじまったよ……。

 俺は、肌がびりびりとあわつのを止められなかった。ごくりとなまつばを吞み込み、そーっとそーっと足を進める。とても親父の正面にゃ立てなかったね。

 こっち向いてくれんなよ~と祈りながら、三メートルくらいはなれた側面に立つ。

 情けないと思ったか? フッ、これだから素人しろうとは困る……。実際にここに立ってみりゃ分かるって。空腹のもうじゆうが、すぐそばでグルグルうなってるようなもんなんだ。これ以上、一歩たりとも近づきたくねえ。……もう、なんかね、バラしちゃうけど、スデに涙目なんすよ。


「お、親父……話がある」


 声のふるえを必死になって抑えながら、俺は切り出した。

 親父は返事をせず、くい、と酒を口にした。


きりは見付かったのか?」

「……ああ……話、してきたよ、アイツと」

「それで?」


 俺にいちべつもくれずに、うながしてくる親父。正直、ありがたい。最終的にはきっちり目を見て訴えなきゃならんのだろうが、いまこの時点で目を合わせるのはけたかったからだ。

 こわいから。


「………………」


 周囲の空気が、ずしりと重くなった。妙に暑く、息苦しい。なのにふるえが止まらない。

 いやな汗が、がんめんからだらだらとあふれ、あごの先からこぼれ落ちる。


「それで?」


 もう一度、同じ言葉でうながされた。おれは、だんがいぜつぺきから飛び降りるような気分で口を開く。


きりしゆを……認めてやって欲しい」


 言ったしゆんかんさつかくなんだろうが、の中が、しんと静まりかえった。

 聞こえるのは自分のしんぞうの音と、荒い呼吸音のみ。


きようすけ


 低く、無感情な声で返事が来た。


「俺はさっき、『おまえが責任を持って捨てておけ。全部、一つ残らずだ』と言った。そして、おまえは、こう答えた。『分かった。桐乃と話して、必ず、そうする』。そうだな?」

「ああ」

「自分が口にしたことは守れ」


 短く告げて、再びおやだまり込んだ。……そうだな。親父の言うことは、正しいよ。間違ってんのは、どう考えたって俺の方さ。分かってる。

 けどよ……ここで引くわけにゃあいかねーんだ。


「あれはなしだ」

「おまえは、一度口にした約束を破るのか? 俺が、いつ、そんなことを教えた?」


 親父の言葉が、一つ、一つ、重くひびく。俺は下唇に歯を立ててから、でかい声を張り上げる。


「知ったことかよ。アイツの趣味はやめさせねえし、隠してるブツも捨てさせねえ。たとえ道理をっ飛ばしてでもだ。聞いてくれ、親父。俺が、そうしようと思った理由を」

「……言ってみろ。しつけるのは、それからにしてやる」


 ひいっ。せいのいい口たたいたけど、言ってる本人はマジ泣き入ってるぜ!

 自分で自分の顔は見えねーけどさ、こんな情けないツラさらしてたら、たぶん話聞いてもらう前にブッ飛ばされてたわ。親父の正面に立たなくて、ホントによかった!

 ヘッ、見たか素人しろうとども、これが玄人くろうとの作戦よ!

 ……ふん。情けなさを増幅するのはこの辺にしておいて、だ。俺はTシャツで顔面をく。


たしかに……桐乃は、普通の女の子とは違う趣味を持っている。でも、いつもいつしよにいるやつらの中にゃ、趣味が合うやつなんているわけがない」


 一呼吸を置いて、先を続ける。


「……だからあいつはさ、自分と同じ趣味の友達を、見付けようとしてたんだ。……で、いろいろと探して、どうにかいこと見付けられて……初めて会うところまでこぎつけた」

「…………」


 親父はかなりのペースで酒をみながら、俺の話を黙って聞いている。いまの俺は、自分の保身をまったく考えずにしやべっているので、おやの中で死刑がかくていしていてもおかしくない。

 無言の圧力が、ただただ恐ろしい。考えてみれば、親父にとっても今日きようさんざんだ。

 大切に育ててきたまなむすめにゃあ『実はエロゲー大好きです』ってカミングアウトされるわ。

 きっちりしかってしつけ直そうとしたら、灰皿でぼくさつされそうになるわ。

 その上さらに、出来の悪い長男がしゃしゃり出てきて、べらべらと、けしからんしゆようするようなことをくっちやべり始めるわ──。

 そりゃあ、酒もぐいぐいむわな。本当にもうわけない。心からそう思うよ。

 いますぐおれを殴りたいだろうが、もう少しだけ付き合ってくれ。


「……それが、ついこの間のことだ。今日きよう、そんときにできた友達と、いつしよにオフ会……趣味の会合に行ってきたんだ、アイツは。……親父も聞いただろ?」

「……ああ」

「で、くだらんって言ったんだってな。……がんって友達見付けたきりに向かって……ふざけんなよ! よく知りもしねーのに、勝手に決めつけてんじゃねーよ!」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影