第四章 ⑨
「くだらんって言われたのっ!? あたしが好きなアニメも! ゲームも!
その先はもう、ほとんど
桐乃は拳を叩き付けたままの体勢で、俯き、しゃくり上げている。
「なにも言い返せなかった──のか」
「……うん……」
ぽつ、ぽつ、とテーブルに涙の
ここしばらく、妹の人生
桐乃は、今日、
だから桐乃は、いま、こんなにもキレている。死ぬほど悔しくて、涙を流している。
比較するのはバカげているのかもしれないが、俺にだって『大切なもの』くらいある。
そいつをくだらんと否定されたなら、俺だって同じようにブチキレるだろう。
ぜってーだ。相手が
「あたし、なにも言い返せなくて……さ……クリスタルの灰皿
そこで
同じ気持ちっつったの取り消すわ!
こいつの場合、ブッ飛ばすじゃなくて、あくまでブッ殺すなんだな!?
「ホラ、桐乃、ハンカチ使え」
「……ん。……やだ……化粧、ぐちゃぐちゃ……」
化粧直し。感情を落ち着けて、仕切り直し──俺も、桐乃も。
「ふぅ……」
おい、てめーら。なに見てんだ、あ? 周囲をぐるりと
時間帯がいまでよかったな。この時間なら、桐乃や俺の同級生に、いまのやり取りが
すっかり冷めたコーヒーを全部飲み干したころ、すっぴんになった桐乃が戻ってきた。
ちょこん、と
……絶対言うつもりはないけどさ。こいつ、すっぴんの方がかわいいんじゃないか?
そんなことを考えてたもんだから、
「……ねぇ?」
「ん、んっ? な、なんだ?」
俺はいきなり話しかけられて、キョドっちまった。
すっぴんになった
「……あたしさ……おかしいかな? ああいうの……好きでいちゃ、悪いのかな?」
「桐乃……」
「少なくとも、
「でも……だって……もう……バレちゃったじゃん……」
「ああ。だから、もう、遅い。バレちまったもんは、もう、なかったことにゃできねえ」
俺はできる限りの誠意を込めて、言った。
「おまえは選ばなきゃならねーんだ」
俺はそこで、
「この
「それができんなら、全部丸くおさまるわな。おまえがオタクをやめりゃあ、何の問題もねえんだよ。親父の怒りは静まるし、おまえの世間体を常に
「……分かってるよ。あたしが
桐乃は、今度は軽く、
「でも、やめないよ。絶対やめない。だって……好きなんだもん……すっごい好きなんだもん! それなのにやめるなんて……やだよ。できないよ……」
「そうか。でも、親父にとっちゃ、おまえの感情なんて関係ないぜ。よくないものは正さなくちゃならん──耳が腐るほど言われただろ? おまえがどんなに好きだろうが、親父にとっちゃ『くだらない、感心しない趣味』なのさ。
「それでも!」
桐乃は真剣なツラで叫んだ。いつか
「あたしは、やめない。好きなのを、やめない。前にアンタに言ったじゃん。両方があたしなんだって。どっちか一つがなくなっちゃったら……やめちゃったら、あたしがあたしじゃなくなるの。
……だとさ。
コレクションが全部捨てられても。
ケータイやらパソコンを捨てられて、インターネットに
オタクはやめない。絶対やめない。だって好きなんだもん。
どっちか一つがなくなったら、あたしがあたしじゃなくなるの──。
「……そっか」
バッカだなあ──おまえ。本当、バカだよ。信じらんねーほどのバカ。アホ。
アニメやエロゲーがそこまで大事か? そこまで
ああ──ったく……オタクってのは、みんな、こんなんなんかねえ……。
だとしたら、やっぱり、俺が思ったとおりじゃねーか。
「悪くねえ」
「え?」
きょとんとした妹に、俺は不敵な
「悪くねえって、言った。おまえがしたさっきの質問への、それが、俺の答えだ」
どうしちまったんだろうな? おかしいぜ、
大キレーでどうでもいい妹なんて、捜そうとも思わなかったはずだ。
そして、こいつの痛々しい宣言聞いて、こんな気持ちになることもなかったはずだ──。
チッ。舌打ちひとつ、俺は妙に吹っ切れた気分で、おもむろに立ち上がった。
「桐乃──」
妹のツラ見て、親指で自分のツラをぐっと指差す。
「俺に任せろ」
十七年の人生で、俺は、もっとも自分らしくない
まるでこいつの、兄貴みてえに。
──なに言ってんだろうな、
俺は帰途を急ぎながら、猛烈な
どちらにせよ、家に帰る決心がつくまで、戻ってくるこたあないだろう。
だから俺はその前に、
「へっ……」
笑ってくれて構わないぜ。自分でもバカだと思うよ。本当にバカだと思うよ。
何が『俺に任せろ』だ。
顔から火が出そうだよ。カッコつけてんじゃねーっての、地味ヅラのくせによ……
これから俺は、分不相応にも、あの親父と対決しようってわけだ。