第四章 ⑧

 胸をがすいらちは、断じて、絶対、アイツの心配をしているからじゃあないぜ。

 ムカつきの正体は自分でも分からんが、俺はいま、めちゃくちゃ俺らしくないことをしている。だからこんなに、苦しいのか? イライラしてんのか?


「わけ分かんねーよ……バカじゃねえの?」


 ガラじゃあねえ……ほんっとガラじゃあねえ。ああっ、くそっ……くそくそくそっ!

 もう、いい。とりあえず考えんのやめた──バカらしい。


「知るかよ……」


 こんとんとしたおもいをみ込み、歯を思い切りめながら、俺は走った。

 まるで妹から借りたゲームの主人公みたいに、こうさかきようすけは、飛び出していっちまった妹を捜して、夕焼けの町を駆けていく。頭ん中は、妹のことでいっぱいだ。

 ゲームと異なるのは、妹の、俺への好感度がマイナスに振り切れているところと。

 あのシスコン野郎と違って、俺が妹のことを、大っキレ──だってことだよ。

 やってることは同じだけどな!

 ゲームの高坂京介は、黄昏たそがれに染まった町で、捜し求めた妹と再会する。

 息を切らして夕日を見上げた主人公の前に、タイミングよく、妹が現われるのだ。

 ま、それはあくまでゲームの話。

 この現実において、俺が妹を見付けた場面は、そんな浪漫ロマンとお約束にあふれた展開とはかけはなれたものであった。

 夕方の駅前商店街。俺が、ゲーセンのわきを走り抜けようとしたとき──


「あ」


 どっかで見たよーな茶髪娘が、八つ当たりみてえなはげしさでたいゲームのバチをたたいていやがったのさ。リズムなんざ完全無視で、ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 ぶっこわす気かよ!


「………アイタタタ……」


 つい、つぶやいてしまうおれ

 このバカ。こっちが必死で捜してやってるってのに……こめかみ痛くなってきた。

 ま、現実ってのはこんなもんだよな。そーそードラマチックな展開にゃあならねーって。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ねッ! みんな死ねぇっ!」


 なーんかボソボソ言ってんなーと思ったら、この台詞せりふ! おっかねえ女だなオイ。

 俺は、妙に脱力した気分で、ゲームに絶賛八つ当たり中のきりに近付いていった。

 背後から、軽く後頭部をひっぱたいてやる。


「こら、おめーが死ね」

「っだれ!?」


 ブンッ! 桐乃は振り向きざまにバチを振り回した。またしてもがんめんらう俺。


「ぐあ……っ」

「…………なんだ……アンタか……」


 てめぇ……っ。相手かくにんもせずにブッ飛ばしたのかよ!? らんぼうなプレイを注意しに来た店員だったらどうすんだ!? ったく、よっぽどハラに据えかねてるらしいな!

 だが、振り向いた桐乃の態度は、死ね死ね言ってた人間と同一人物とはまるで思えないものだった。こわいろも表情も、めちゃくちゃ暗い。


「……なにしにきたの」

「なにしにって……オメーが飛び出していっちまうから……捜しに来てやったんじゃねえか」

「………………キモ。……なにそれ? ゲームと現実……ごっちゃにしないでよね」


 あたしはアンタなんかにれないからね、と言いたいんだろうが、こっちからねがい下げだっての。妹もののギャルゲーをやってみて、俺は改めて理解したんだ。

 三次元の妹なんぞ、マジでいらねーとな。

 クソ生意気な妹を持つ兄貴しよくんならば、必ずや同意してくれるはずだ。

 本当、俺は、こいつを見付けてどうするつもりだったんだか。もう思い出せねーよ。

 にしてもコイツ、見事にふて腐れてやがんな。鼻声になってるじゃん。


「うっせえよ。それよかオマエ、俺にかんしやしろよな」

「……は? なんでそんなことしなくちゃなんないワケ?」

「あのあと大変だったんだかんな? おやが、おまえのに入ろうとして──」

「……な、え……」


 きりらした目を見開いて、おれえりくびめ上げてきた。うげげ、超苦しい。


「………………ちゃんと止めたんでしょうね」


 てめえ、なんで俺が止めるのが当たり前みたいな言い草なんだよ。俺は、おまえの兄貴であって、下僕じゃねえんだからな? おい、分かってんのか、ああ?


「も、もちろん止めたっス……身体からだ張って」

「よし」


 よくやったワンころ。そんな感じの『よし』だった。半分自業自得とはいえ、俺のそんげんは跡形もないぜ。桐乃は俺から手をはなすや、むずかしい顔で腕を組んだ。


「……とりあえず、場所変える。ここ、目立つし」


 俺たちは近くのスタバへと場所を変えた。

 初夏とはいえ、そろそろ暗くなってくる時間。

 私服姿の俺と桐乃は、小さな丸テーブルを挟んで腰掛け、コーヒーを飲んでいる。

 客入りはそこそこといったところで、大学生ふうのにいちゃんやら、仕事帰りのリーマンやらがメインの客層。部活帰りの中高生なんかは、もうこの時間になると見かけない。

 そんな中。俺たちは、周りからどう見えているのだろう。

 さっきから俺たちひとっこともしやべってねーし。

 桐乃は怒りのオーラをまとって、充血した目で、ずーっと俺をにらんでやがるし……。

 しゆ中のカップル、しかも原因は俺の浮気うわきとかに見られてそうでスゲーイヤだ。

 ちんもくに耐えかねた俺は、ろくに考えもせずに喋りかけた。


「なぁ……桐乃」

「……なによ」

「おまえ、どうすんだ。これから?」


 桐乃はムスっとした顔でコーヒーを一口飲み、こうつぶやいた。


「……分かんない」


 だろうな。家に帰ったら、おやがいるし。どうしていいか分からないだろうよ。

 実際、桐乃はそう口にした。「……どうしたらいいと思う?」と。

 妹の口からその台詞せりふを聞くのは、これで二度目だった。

 俺は、自分でも、頼れる兄貴なんかじゃないと思う。そんな俺に頼らざるを得ないほど、こいつは悩んで、追い詰められているってわけだ。あんときと同じさ。

 だからここで俺は『知ったことか』とは、言わない。たとえ思っていても。

 一つ残らず捨てろ。そう言われたことは、まだ伏せておくか。親父の台詞は、ウチじゃあ絶対だ。大事なコレクションが死亡かくていだと知ったとき、こいつがどうおもうか──。

 ふん、ここでキレられてもやつかいだしな。とりあえず聞くこと聞くのが先だろうよ。


「その前にきり。幾つか聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」

「……なに?」

「おまえ、おやになんて言われたんだ? 結構話し込んでたみたいだったけどよ」


 親父の言い草からすっと、捨てろとは言われてねえはずだよな……。

 これは現在、桐乃が置かれている立場をよりハッキリさせるための問いだったのだが。


「……お、おい……桐乃……?」


 桐乃の思いもよらない反応に、いつしゆん、頭の中が真っ白になっちまった。


「……っ……っ……!?」


 おれの問いを聞いた瞬間。桐乃は顔をに染めて、全身をぶるぶるとふるわせ始めた。

 片手で胸を押さえ、もう片手はテーブルの上でこぶしにぎめている。

 かわいい顔はぐちゃめちゃだ。俺はすぐに目をらしたが、それでも、こいつの胸中で荒れ狂っているげきじようがなんなのかくらいは、いやになるほど分かった。

 ふんかいこんわずかばかりのていかん

 悔しくて。悔しくて。悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて──かなしくて。

 そんなやりきれない気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 あのときリビングで何があったのか。何を話したのか。依然として俺には分からない。

 だが、桐乃がこんなふうになってしまうだけの何かがあったのだろうとは察した。


「…………たの」


 うつむいた妹の口元から、黒いいきのようなささやきが漏れた。

 俺が死ぬほどビビりながら「な、なに?」と問い返すと、桐乃はテーブルをはげしくたたいた。

 ガンッ!

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影