第四章 ⑦

「当然だ。あんな世間でよくないと思われているようなものは、桐乃に持たせておくわけにはいかん。特にアレは、俺が言うのもなんだが、できた娘だ。くだらんしゆにうつつを抜かしているのなら、ダメになる前に道を正してやらねばならん」


 オタク趣味は、桐乃をダメにする。だから、やめさせる。親父のろんはこうだ。

 実際、妹もののエロゲーにうつつを抜かしている桐乃は、すでに女子中学生としてかなりダメになっているので、ここで俺は何も言うことはできなかった。

 と──

 親父は俺への説教を切り上げるや、席を立ち、リビングから出て行こうとする。

 ゾッといやな感触が背筋を駆け上った。


「お、親父っ? どこ行くんだよ……?」


 俺はあわてて親父の後を追い、呼び止めた。親父が、階段を上ろうとしていたからだ。

 その先には、俺のと桐乃の部屋くらいしかない。まさか……!?

 親父の台詞せりふは、予想どおりのものだった。


「桐乃の部屋を調しらべる。ほかにも隠しているものがあるかもしれん」

「ま──待てって! ちょっと待ってくれよ!」


 やべえっ、あそこには桐乃のコレクションが……!

 俺は階段の下から親父を見上げ、でかい声で制止する。


「んなもんがあったら、お袋が見付けてるって! 毎日そうしてんだからさ! 俺が隠してたエロ本だって、全部見付かってんだぞ? 隠してるモンなんかあるわけねーじゃん! ハンドバッグに入ってたので全部だよ絶対──」


 たぶん桐乃もそう主張したはずだ。なら、親父にエロゲーその他が見付かったら、間違いなく全部捨てられちまうからだ。親父と一対一で対決するハメになろうとも、あいつは自分のコレクションを死守しようとするに違いない。


「……だから、それを調べると言っている。俺が探して、見付からなければそれでいい」


 いや、絶対見付けるだろアンタ。まさにそういうのがほんしよくじゃん。

 このままおやきりに入れたら、桐乃のコレクションが全部見付かっちまう。

 そして絶対! 断言してもいいが、親父は桐乃のしゆを見くびってる!

 悪いこと言わないからやめとけって! 見ない方がいいっすよ! アイツが持ってるエロゲーは、二本三本じゃねーんだってば!

 この前見せてもらったのだけでも、二、三十本はあったから!

 しかもあの桐乃がさ、恥ずかしがって見せらんねーとか言ってたのが、あの奥にさらにまれてるわけだろ? そんなモンを親父が見たら、したら発狂すんじゃねえの?

 ま、マズイ……現状がかわいく思えるほど、絶対、マズイ……。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 親父!」


 親父はどんどん音を立てて階段を上っていく。俺はその後を急いで追っかけて、前に回り込み、両手を広げてふさがった。


「どけ、きようすけ

「ど、どかねえ……」


 なに言ってんだおれは!? 正気か!? いま親父にさからったりしたら──


「いでででででっ!?」


 親父は俺の手首を軽々とひねり上げて、同じ台詞せりふり返す。


「どけ」


 親父は、あくまで俺の意思で、道をゆずらせようとしている。やろうと思えば、俺をぶん投げて強行突破するのは容易たやすいはずだからだ。俺は手首の痛みに涙を流しながら、こう言った。


「どか……ねえっ」


 ぎりぎりぎりっ……。

 手首のげきつうが、さらに強まった。効率よく痛みを与えるすべについては、親父はプロだ。


「ぐっ……」


 ってぇ~~~~~~!? っあ──ホントにさあ! なにやってんだろうな、俺は!

 自分で自分が分からねえよ!


「……どんな事情があろうと、本人の許可も取らずに部屋をさがしすんのは、まずいだろ……。たとえ親でも、やっていいことと、悪いことがある。……だから、どかねえ」


 痛みをこらえて、訴える。

 どうやら俺は、妹のコレクションをまもろうとしているらしかった。

 あんなヤツがどうなろうが知ったこっちゃねえのにな、俺。

 それに──娘がいかがわしい品物もってたら、きっちりしかって取り上げるのが親の役目だ。

 親父は、親として当然の責務を果たそうとしているわけで、その結果、桐乃が泣こうがわめこうが、本人の自業自得だろう。

 じゃあ何で、俺は、こんな痛い思いして、得にもならねーことをやってんだ?


 そりゃあ……そりゃあさ! まがりなりにも、そうだんを受けてたわけだし──それにコレクションを見せびらかして、得意げにしている妹の顔を、思い出しちまったからだ。

 おれにエロゲーやらせて、しきりに感想を聞いてくる妹を、なんとかしてやりてーと考えた自分を、思い出しちまったからだ。

 でもってアキバのマックで、初対面だってのに盛大にけんして、楽しそうにさわぐオタクどもを、この目で見ちまったから。捨てたもんじゃねえって、思っちまったから。

 だから、俺は、こんな、ガラでもなく──


「……おや。ここは俺に任せてくれ……俺が、あいつと話してみるから。せめて、それまでは待ってやってくれよ。自分がいないときに、大切にしてたもんが勝手に捨てられちまってるのなんて──かわいそうじゃねえか。な? 頼むよ……!」


 必死になって訴えると、親父はいぶかるような目で俺を見た。


「おまえ……」


 アンタが言いてえことは分かってるよ、親父。この俺が、こんな必死こいて不仲な妹をかばうのがおかしいってんだろ? ああ、ああ、そうだろうよ……おかしいよなあどう考えても。

 でも、んなこた俺が一番よく分かってんだよ!


「…………」


 俺たちは、しばし無言でにらみ合った。親父は、きびしい顔で何事か考えていたようだったが、やがて……つかんでいた俺の手首から、手をはなした。


「──いいだろう。待ってやる。俺は、きりには入らん」


 親父は自分が一度口にしたことは、どんなことがあっても守る。二言はない。


「その代わり、きようすけ、おまえが責任を持って捨てておけ。全部、一つ残らずだ。分かったな?」

「──分かった。桐乃と話して……必ず、そうする」


 そう答えるしか、俺にせんたくは残されていなかった。先の台詞せりふでも分かるとおり、親父は、部屋に入らなくたって、桐乃の部屋に〝あってはならないしろもの〟があるだろうってかくしんしてる。

 仕方ないこととはいえ、これだけ親父の捜索を強くこばんじまったんだから、逆に〝ある〟ってでかい声で叫んでるようなもんだしな……。

 この約束をもしもたがえたら、親父は俺を許さないだろう。まったく誇張せずに言うが、殺されたっておかしくない。男と男の約束だからな。

 あのコレクションを全部、一つ残らず捨てろ──俺はそれを、妹に告げなくちゃならないってわけだ。

 責任重大な上に、えらくこんなんで、しかも何の見返りもねーミッションだ。

 こんなの、俺のガラじゃあねえ。やってられっかってんだ。

 ったく。ホラよ、桐乃……とりあえず、時間はかせいでおいてやったから──

 かんしや……するわけねーよな。はぁ……。


 おやを何とか止めたおれは、買い物から帰ってきたお袋に後を任せ、改めてきりを捜すべく外に出た。が、家を飛び出していったあいつがどこに行ったのかなんて、俺に分かるわけもない。心当たりさえない。

 夕焼けの中、もなく駆け出す。

 けいたいに電話かけりゃあいいだろうって思うか? 知らね──よ! あいつの電話番号なんかさ。お袋が言ってただろ? 俺たち兄妹は、仲がりぃんだ。桐乃は俺のことをゴミみてーに嫌っているし、俺は妹のことを、どうでもいいヤツだと無視している。

 会話はない、目も合わせない──見知らぬ他人と同様の、冷えきった関係。

 だから俺は、妹の携帯番号なんて知りゃあしねえし、知りたくもねえし、知る必要もねえ。


「くそっ……どこ行きやがったんだ、あいつ……」


 なのに俺はいま、そんなどうでもいいヤツを捜して、町をやみくもに駆け回っている。

 公園、商店街、ゲーセン、学校、駅前──れいで目立つ妹の姿は、どこにもない。

 ここにもいねえ……! くそっ! あとは、どこだよ……ちくしょう。

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影