第四章 ⑥

 グスッ……ついつい泣きが入ってしまう。うぐあー、顔がイテェよぉぉ~~ッ。

 自分の情けなさと、ドアに挟まれた痛みをみしめながら、俺は桐乃が走り去っていった先を見つめるのであった。


「くそっ!」


 ぶんぶんとかぶりを振って、気を取り直す。立ち直りが早いのが、俺の数少ない長所の一つ。

 ──追っかけるべきか? いや……その前に……

 俺は家の中へと戻った。正直自信はなかったが……親父から、事のてんまつを聞き出せないかと考えたからだ。そうしねえと、桐乃がヤケクソになってた理由も分からないままだからな。

 もちろん大体のところは予想できるけどよ。

 それにアイツ、たしか今日、友達とオフ会行くって言ってたもんなあ。

 俺がついて行かなくても、自分一人ひとりで仲間と会って──きっと、とても楽しい時間を過ごしてきたんだろう。黒猫とけんしたり、おりに毒舌吐いて平気な顔されたり……想像できるよ、なんとなくな。俺も、この前、そばで見てたからさ。

 最近桐乃がイキイキしてる──この状況で、皮肉にもお袋の言葉を思い出した。

 それってたぶん、ずっと隠してたしゆを分かち合える相手ができたから、なんだよな?

 そんなに何もかもがくいっている状況でさ……すぐ前に落とし穴があるなんて、想像もしてなかったんだろうな、あいつ。

 恐る恐るリビングに入ると、か、おやそうをかけていた。フローリングのかたすみに、クリスタルの灰皿が転がっている。どうやらコレをり返してしまったらしいが……

 まさか、親父がキレてぶん投げたのか……?

 いったいここで、どんなやり取りが繰り広げられたのだろう。おれはごくりとつばをみ込んだ。


「…………」


 もくもくと掃除機をかけている親父。静まりかえった室内に、掃除機の音だけが場違いにひびく。

 家庭内でトラブルが起こった直後の、あのいやーな沈黙が、リビングを支配していた。

 やがて親父が掃除機をかけおわり、低く重い声で、こうつぶやいた。


きようすけ、ちょっとそこに座りなさい」

「あ、ああ……」


 俺は言われるがままにテーブルに近付き、ソファに腰を下ろした。

 たぶんきりの件について、俺もじんもんされるんだろう。あるいは説教も、かもな。

 桐乃はあれで頑固なところがあるから、俺の名前を出しちゃあいないんだろうが、親父ならそのくらいげんを取らずとも察する。トボけるだけってもんだ。

 ま、そうだとしてもだ。俺も、桐乃にそうだんを受けた件について、自分から口を割るつもりはねえ。それが相談を受けたもんのれいってやつだろう。

 俺はテーブルの上に目をやった。例の証拠品、開かれたDVDケースが置かれている。そのわきに、一枚の紙切れを見付けた。


「……こりゃあ」


 それはどうやら、アニメや漫画の専門店の広告らしかった。でかでかと『星くず☆うぃっちメルル』のイラストが載っており、そのすぐ下に、このような記述があった。


『星くず☆うぃっちメルル2(初回限定版)ついに入荷! 前作のパッケージを店頭までお持ちくださったお客様全員に、人気せいゆうほしくららのサイン入りポストカードをプレゼント!』


 ……な、なるほどな。こいつで、幾つかのなぞが解けたぜ……。

 俺が『星くず☆うぃっちメルル』のパッケージを拾った日、どうして非オタの友達に呼び出されたのであろう桐乃が、メルルのパッケージを外に持ち出そうとしていたのか。

 そして、どうして今日きよう、桐乃がからメルルのパッケージを持ち出したのか。あいつはこれから専門店に出かけて、星野くららさんとやらのサイン入りポストカードを入手するはらもりだったわけだ。

 大した手間でもないんだし、さっさともらいに行っておきゃあいいものをよ……よりにもよって今日このときって……ほんとタイミングわりぃな。

 とりあえずこれで、親父がブツを発見したのが、夕方、桐乃がイベントから帰ってきたあとだということが分かった。まず間違いないだろうよ。きりいつたん帰ってきて、に戻って、メルルをバッグに入れて、さぁポストカードもらいに行こうってときに、おやとぶつかって──そんな流れが想像できる。そのあとの展開はやはり分からないままだが、まぁとにかく中身を見られちまったと。で、家族かいぼつぱつってわけか……なんつーか、ざんな話だな。

 と──

 そうを片付けてきた親父が、おれの対面に座った。

 俺は条件反射のようにきんちようし、姿勢を正す。親父の第一声は、次のようなものだった。


きようすけ、おまえ、知っていたのか?」

「……ああ」


 そう答えるしかなかった。そもそも親父の眼光は、罪人の口を割らせるために、長年まされてきたものなのだ。そんなもんを息子むすこに使うなよ。ちびったらどうすんの?


「そうか。おまえがどうして知っていたのかは聞かん。しやべるわけにはいかんのだろう」


 親父のまなしは恐ろしいだけでなく、心の奥底までのぞき込まれるような気分になる。


「…………」


 俺と桐乃の共犯関係は、どこまで見抜かれているのだろう。俺は背筋が寒くなった。


「俺は、こういったものを、おまえたちに買い与えたことはない。か、分かるか?」


 親父は、DVDケースを片手で取り上げ、パッケージに描かれたアニメも、その中身もいつしよくたにして言った。18禁なのは中身だけなのだが、親父にはその区別は付けられまい。

 俺ははんろんすることもできずだまり込んだ。親父とせんを合わせないよう、うつむく。

 俺も桐乃も、親父から説教をらうときは、絶対いつもこうなる。


「こういうものは、おまえたちにあくえいきようを与えるからだ。ニュースなどでもよくやっているだろう、ゲームとやらをやっていると頭が悪くなる。犯罪者の家から、いかがわしい漫画やゲームが見付かったと──もちろんテレビの話をみにしているわけではないがな……」


 どうせ、ろくでもないものなのだろう? 親父の表情がそう語っていた。

 親父のサブカルチャーへの理解度は、とんでもなく低いし、いわゆる『じようしきある大人おとなのレッテル』ってやつをって、桐乃のしゆをフィルター越しに眺めている。

 ……ちょっと前の俺だって、オタクへの認識は、親父と似たようなもんだった。

 づかいで買える漫画やCDはともかく、ゲームなんか絶対買ってくれない両親だったからな。

 普通の高校生よりも、サブカルチャーへのへんけんが強かったのさ。

 ゲームなんざろくでもねー。やってんのはバカばっかだ。だから持ってなくたって、悔しくなんかないもんね──とまぁそういう論理だな。ゲームを買い与えられない子供は、そうなる。

 桐乃のかつとうも、だからこそ大きかったはずだろう。


「真偽はともかくだ。悪影響を及ぼすと言われていて。しかも、そんなものばかりやっている者どもは……なんだ? オタクだのなんだのと……べつされているのだろう? であれば、持っていて良いえいきようなどあるまい。そんなものを、おまえたちに買ってやるわけにはいかん」

「…………けどよ。あれは……」


 かろうじてしたおれに、おやが声をかぶせてきた。


「『きりが、自分でかせいで買ったものだ』とでも言うつもりか。……それはそうだな。だから俺は、アレが自分の金で買った品物については、それほど口うるさく言うつもりはないのだ。化粧品だの、な服だの、バッグだの……本来ならば、ああいった子供らしからぬもろもろも、制限すべきだと思うのだがな。……母親といつしよになって、それが友達づきあいに必要なのだと言われれば、俺にはもう何もいえん。勝手にしろとあきらめるしかない」

「化粧品やバッグはよくて、ゲームやアニメはダメだってのか?」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影