あれほど親父にだきゃーバレんなっつったろうが……!?
油断して、またDVD落とすんじゃねーぞって──言わんこっちゃねえよ!
間抜けな失敗、繰り返してるじゃん!
かぁ──っ! 俺にバレたときと同じ轍を踏みやがって~~~~! どーしてあんだけ高スペックなクセに、そういうとこだけ抜けてっかなあ! 迂闊にもほどがあるってーの……。
あ~あ~…………どうすんだ? 知らねーぞ……俺…………
俺は、動揺が顔に出ないようにするだけで、精一杯だった。
「京介、ちょっと、京介……」
扉を開けた体勢で固まっている俺に、廊下から、お袋が小声で話しかけてきた。
振り返ると、袖を摑んで引っ張られる。
「あんたは部屋に戻ってなさい」
「あ、ああ……」
お袋は俺を廊下に引っ張り出すや、そぉっとリビングへの扉を閉めた。
「……その……何が……あったんだ?」
我ながらわざとらしい質問だ。
「それがね……」
お袋から返ってきた答えは、おおむね俺が予想したとおりのものだった。
桐乃は親父の前でDVDケースを落っことして、中身を見られてしまったのだという。
どういう状況だったのか詳しく聞こうと思ったが、お袋も直接その瞬間を見たわけではないので、知らないらしい。一番可能性が高そうなのは、俺にバレたときみたいに、ここでぶつかって──というパターンだが、落ちた拍子にケースが開いたんだとしたら、すげえ偶然だよな。
もしくは、アニメDVDケースを見た親父が、中を開けたのか。
うーん。18禁表記を見た瞬間の親父の顔が、想像できん……。
さすがの親父も、動揺したろうなあ。俺もビックリ仰天して噴き出しちまったもの。
「……ふうん……」
そもそもさ、どうして桐乃のヤツ、んなもん持ち歩いてたんだ……?
幾つかの疑問がわいたが、なんにせよ、奇跡的な状況ではある。
単なるドジとか、不運とかで片付けられる問題じゃないだろ、コレ。こういう運命だったんじゃねえの? そんなことさえ思ってしまう。
「京介……あんまり驚かないのね」
「そりゃあな。アイツのことなんざ知ったこっちゃねえし」
本心だ。ウソは言ってないぜ。しかしお袋はさらに決定的な追及をしてきた。
「あんた……もしかして知ってたの?」
「あ? 何が?」
「……だから。……その……あれよ……ああいうの、桐乃が持ってるって、こと」
言い辛そうにしているお袋を横目で見つつ、俺は考える。
どう答えるべきだろうか。保身を考えるなら、ここは当然、トボけておくべきなんだろうが。
俺は判断が付けられず、黙り込んでしまう。
……やれやれ。我ながら、中途半端なこった。自嘲の笑みが自然と浮かぶ。
あんなヤツのことなんざどうでもいい。その気持ちはいまだって変わらない。
俺が望むのは、あくまで普通の人生だ。
凡庸でありきたりの登場人物、緩やかに停滞した、変わり映えのしない日常風景。
波瀾万丈の非日常も、非凡でユニークな登場人物も、俺の人生には必要ない。
桐乃なんか、その最たるもんだ。だから、本当にどうでもいい。心の底からそう思う。
なのに──。あいつから相談を受けて、色々と尽力してやったという記憶が、妙な共犯意識を俺に抱かせていた。そして、秋葉原で垣間見た、妹の『大切なもの』──
チッ。無関係を決め込むにゃあ、俺は、妹の事情に深入りしすぎちまったようだ。
「……まぁな。知ってたよ」
「……やっぱり。……まさか……あんたの影響じゃないでしょうね?」
ぜってー言うと思ったぜ。なぁ、この信用のなさを見てくれよ。泣けるだろ?
「違ぇよ。よく考えてから言ってくれお袋。そもそも俺はパソコン持ってねぇし、俺の部屋にブツを隠せるような場所なんてないの、知ってるだろ」
「そういえばそうね……ま、いいわ。どのみちアレは桐乃のなんだものね──はぁ」
がっくりとため息をつくお袋。
この反応も、出来のいい娘がああいうものを持っていたから、なんだろうな。
例えば親父にエロゲー見付かったのが俺だったなら、お袋は大爆笑していたはずだ。
「お父さんがあんなに怒ってるのって、久しぶりよね。このままじゃ、しばらくおさまりそうにないわ。どうしたものかしらねえ……」
お袋はしばし思案していたが、「あ、そうだ」何かを思いついたらしい。
「京介、あたしちょっと出てくるから、あんたは部屋に戻ってなさいね」
「……何? 出かけんの?」
「ここにいたってしょうがないでしょ。お父さんの好きなお酒買ってくる。あの人さっぱり酔わないけど、どばどば吞ませればある程度大人しくなるからさ」
怒り狂った妖怪やら土地神やらを鎮めるみたいな、お袋の言い草であった。
だが、そのニュアンスはよく分かるぜ。この家で、親父の雷ほど恐いもんはない。
お袋が出て行って、それから十分ほど、俺はリビングの扉の前でハラハラしていた。廊下を落ち着きなくうろついたり、爪を嚙んだり……耳を澄ましてみるが、中の二人は小声で話しているらしく、会話の内容は聞こえてこない。
秘密の趣味が親にバレちまった桐乃は、果たして何と言い訳しているのだろう……。
ちょっと想像がつかないが……あの親父に、どんな言い訳をしようが無駄ではある。親父は自分が正しいと確信している件については、絶対に譲らない人だからだ。
しかも異様に鋭い。ウソは基本的に、すべて見抜かれると思っていい。
ずっと昔、俺がガキのころ……いたずらで、女の子の髪の毛にガムテープを貼ったことがある。その子はガムテープを取るために、長い髪をちょっぴり切らなくてはならなかった。
当時の俺は、それを、別にたいしたことだとは思っちゃいなかったのだが……それを知った親父は、俺を厳しく叱った上で、俺と、自分の髪を丸刈りにした。
そうして一緒に、その子の家まで謝りに行ってくれた……。
あのとき、俺は自分が悪いと認めはしたものの……泣き喚いて嫌がった。しかし親父は、どんなに謝っても、言い訳しても、聞いてはくれなかった。容赦をくわえることもなかった。
よくも悪くも、一度口にしたことは必ず守るし、やると決めたことは必ずやる人なのだ。
「……ふぅ……どうなることやら」
この扉の向こうで、どんな会話がかわされているのか。
ヘタレで腰抜けの俺には、知るよしもないことだった。
リビングへの扉が開き、桐乃が姿を現わしたのは、それからさらに十分が経ってからのことであった。扉を蹴破る勢いで飛び出してきた桐乃は、赤鬼みたいな形相になっていた。
顔は怒りで真っ赤に染まり、目が充血して腫れている。
……な、なにがあったんだ……?
「き、桐乃……?」
「……どいてよ…………どけ!」
ずんずんこちらに歩いてきた桐乃は、憎悪の視線で俺を睨むや、突き飛ばすように押しのけてきた。やりどころのない感情を持てあましているような感じだ。俺は意表を衝かれて、ちょっと体勢を崩してしまう。
桐乃はハァハァと息を荒げながら玄関へと向かい、乱雑な手つきでブーツを履いた。
「お、おい桐乃……どこ行くんだよ?」
「うるさい! あたしの勝手でしょ!」
「ちょ、待てって──」
外に出て行こうとする妹を、俺は咄嗟に追い掛けようとした──が。
バタン! 桐乃は明らかに俺を狙って、勢いよく扉を閉めてきやがった。
「ぶへっ!?」思いっきり顔面をドアに挟んじまう俺。「あうぐ……っのッ……!?」
ふらつきながら外に出たときには、もう妹の姿は見えなくなっていた。
──やべえ。今日の俺って、めちゃくちゃカッコ悪くねえ!?