第四章 ⑤

 あれほど親父にだきゃーバレんなっつったろうが……!?

 油断して、またDVD落とすんじゃねーぞって──言わんこっちゃねえよ!

 間抜けな失敗、繰り返してるじゃん!

 かぁ──っ! 俺にバレたときと同じてつを踏みやがって~~~~! どーしてあんだけ高スペックなクセに、そういうとこだけ抜けてっかなあ! かつにもほどがあるってーの……。

 あ~あ~…………どうすんだ? 知らねーぞ……俺…………

 俺は、動揺が顔に出ないようにするだけで、精一杯だった。


きようすけ、ちょっと、京介……」


 扉を開けた体勢で固まっている俺に、廊下から、お袋が小声で話しかけてきた。

 振り返ると、そでつかんで引っ張られる。


「あんたはに戻ってなさい」

「あ、ああ……」


 お袋は俺を廊下に引っ張り出すや、そぉっとリビングへの扉を閉めた。


「……その……何が……あったんだ?」


 われながらわざとらしい質問だ。


「それがね……」


 お袋から返ってきた答えは、おおむねおれが予想したとおりのものだった。

 きりおやの前でDVDケースを落っことして、中身を見られてしまったのだという。

 どういう状況だったのか詳しく聞こうと思ったが、お袋も直接そのしゆんかんを見たわけではないので、知らないらしい。一番可能性が高そうなのは、俺にバレたときみたいに、ここでぶつかって──というパターンだが、落ちた拍子にケースが開いたんだとしたら、すげえぐうぜんだよな。

 もしくは、アニメDVDケースを見た親父が、中を開けたのか。

 うーん。18禁表記を見た瞬間の親父の顔が、想像できん……。

 さすがの親父も、動揺したろうなあ。俺もビックリぎようてんしてき出しちまったもの。


「……ふうん……」


 そもそもさ、どうして桐乃のヤツ、んなもん持ち歩いてたんだ……?

 幾つかの疑問がわいたが、なんにせよ、奇跡的な状況ではある。

 単なるドジとか、不運とかで片付けられる問題じゃないだろ、コレ。こういう運命だったんじゃねえの? そんなことさえ思ってしまう。


きようすけ……あんまりおどろかないのね」

「そりゃあな。アイツのことなんざ知ったこっちゃねえし」


 本心だ。ウソは言ってないぜ。しかしお袋はさらに決定的な追及をしてきた。


「あんた……もしかして知ってたの?」

「あ? 何が?」

「……だから。……その……あれよ……ああいうの、桐乃が持ってるって、こと」


 づらそうにしているお袋を横目で見つつ、俺は考える。

 どう答えるべきだろうか。保身を考えるなら、ここは当然、トボけておくべきなんだろうが。

 俺は判断が付けられず、だまり込んでしまう。

 ……やれやれ。われながら、中途半端なこった。ちようみが自然と浮かぶ。

 あんなヤツのことなんざどうでもいい。その気持ちはいまだって変わらない。

 俺が望むのは、あくまで普通の人生だ。

 ぼんようでありきたりの登場人物、ゆるやかに停滞した、変わり映えのしない日常風景。

 らんばんじようの非日常も、非凡でユニークな登場人物も、俺の人生には必要ない。

 桐乃なんか、その最たるもんだ。だから、本当にどうでもいい。心の底からそう思う。

 なのに──。あいつからそうだんを受けて、いろいろじんりよくしてやったというおくが、妙な共犯しきを俺に抱かせていた。そして、あきばらかいた、妹の『大切なもの』──

 チッ。無関係を決め込むにゃあ、俺は、妹の事情に深入りしすぎちまったようだ。


「……まぁな。知ってたよ」

「……やっぱり。……まさか……あんたのえいきようじゃないでしょうね?」


 ぜってー言うと思ったぜ。なぁ、この信用のなさを見てくれよ。泣けるだろ?


ちげぇよ。よく考えてから言ってくれお袋。そもそもおれはパソコン持ってねぇし、俺のにブツを隠せるような場所なんてないの、知ってるだろ」

「そういえばそうね……ま、いいわ。どのみちアレはきりのなんだものね──はぁ」


 がっくりとため息をつくお袋。

 この反応も、出来のいい娘がああいうものを持っていたから、なんだろうな。

 例えばおやにエロゲー見付かったのが俺だったなら、お袋はだいばくしようしていたはずだ。


「おとうさんがあんなに怒ってるのって、久しぶりよね。このままじゃ、しばらくおさまりそうにないわ。どうしたものかしらねえ……」


 お袋はしばしあんしていたが、「あ、そうだ」何かを思いついたらしい。


きようすけ、あたしちょっと出てくるから、あんたは部屋に戻ってなさいね」

「……何? 出かけんの?」

「ここにいたってしょうがないでしょ。お父さんの好きなお酒買ってくる。あの人さっぱり酔わないけど、どばどばませればある程度大人おとなしくなるからさ」


 怒り狂ったようかいやら土地神やらをしずめるみたいな、お袋の言い草であった。

 だが、そのニュアンスはよく分かるぜ。この家で、親父の雷ほどこわいもんはない。

 お袋が出て行って、それから十分ほど、俺はリビングの扉の前でハラハラしていた。廊下を落ち着きなくうろついたり、つめんだり……耳をましてみるが、中の二人ふたりは小声で話しているらしく、会話の内容は聞こえてこない。

 秘密のしゆが親にバレちまった桐乃は、果たして何とわけしているのだろう……。

 ちょっと想像がつかないが……あの親父に、どんな言い訳をしようがではある。親父は自分が正しいとかくしんしている件については、絶対にゆずらない人だからだ。

 しかも異様にするどい。ウソは基本的に、すべて見抜かれると思っていい。

 ずっと昔、俺がガキのころ……いたずらで、女の子の髪の毛にガムテープをったことがある。その子はガムテープを取るために、長い髪をちょっぴり切らなくてはならなかった。

 当時の俺は、それを、別にたいしたことだとは思っちゃいなかったのだが……それを知った親父は、俺をきびしくしかった上で、俺と、自分の髪を丸刈りにした。

 そうしていつしよに、その子の家まであやまりに行ってくれた……。

 あのとき、俺は自分が悪いと認めはしたものの……わめいていやがった。しかし親父は、どんなに謝っても、言い訳しても、聞いてはくれなかった。ようしやをくわえることもなかった。

 よくも悪くも、一度口にしたことは必ず守るし、やると決めたことは必ずやる人なのだ。


「……ふぅ……どうなることやら」


 この扉の向こうで、どんな会話がかわされているのか。

 ヘタレで腰抜けの俺には、知るよしもないことだった。

 

 リビングへの扉が開き、きりが姿を現わしたのは、それからさらに十分がってからのことであった。扉をやぶる勢いで飛び出してきた桐乃は、赤鬼みたいなぎようそうになっていた。

 顔は怒りでに染まり、目が充血してれている。

 ……な、なにがあったんだ……?


「き、桐乃……?」

「……どいてよ…………どけ!」


 ずんずんこちらに歩いてきた桐乃は、ぞうせんおれにらむや、突き飛ばすように押しのけてきた。やりどころのない感情を持てあましているような感じだ。俺は意表をかれて、ちょっと体勢を崩してしまう。

 桐乃はハァハァと息を荒げながら玄関へと向かい、乱雑な手つきでブーツをいた。


「お、おい桐乃……どこ行くんだよ?」

「うるさい! あたしの勝手でしょ!」

「ちょ、待てって──」


 外に出て行こうとする妹を、俺はとつに追い掛けようとした──が。

 バタン! 桐乃は明らかに俺をねらって、勢いよく扉を閉めてきやがった。


「ぶへっ!?」思いっきりがんめんをドアに挟んじまう俺。「あうぐ……っのッ……!?」


 ふらつきながら外に出たときには、もう妹の姿は見えなくなっていた。

 ──やべえ。今日きようの俺って、めちゃくちゃカッコ悪くねえ!?

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影