第四章 ④

 がちゃ、とわずかにドアが開き、妹が顔をのぞかせる。

 そして例のごとく、ゴミを見る目でにらんできた。


「なに? なんか用?」

「……いや……ゲーム……返しに来たんだけど……」


 ったく、コレだよ……。はぁ……やっぱリアルとゲームは違うよな。イベントみ重ねたって、ちっとも好感度なんざ上がりゃしねえ。なにこのバグってるとしか思えない攻略なん

 きりは俺からノートパソコンを受け取るや、疑わしげなこわいろで言った。


「コンプリートしたの?」

「した」

「ふぅん……で?」

「いや……」


 妹よ……その鬼教官のぎようそうは、いったいなに?

 答えを間違えたら銃殺されそうなんすけど。俺はたいそうびびり、慎重に答えた。


「ま、まあまあかな……結構おもしろかったぞ?」

「ふん、どういうところが? 具体的に言って」


 無感情にきつもんしてくる桐乃。

 フッ……そうか……俺はいま、ゲームでいう『せんたくぶん』にいるってわけだ……!

 だが、目の前にいる『妹』の好感度は、マイナスに振り切れている。

 よってな選択肢を選べば、命はない……そして人生というゲームには、セーブもロードもない……。一発勝負ですべてが決まる。デッド・オア・アライブ。

 上等じゃねえか。俺は不敵に笑った(心の中で)。


「ええっとっスね……しおりシナリオ? アレの後半部分は……いい話だったと思うっス。ホラ、あの、親に二人ふたりの仲を反対されちゃって……しおりが家を飛び出して……それを主人公が追っかけて……夕日を背景に見つめ合うシーン」

「……………………」


 おれの回答を聞いたきりは、目をつむってだまり込んだ。

 はたして正答を選び取ることができたのか、否か……俺のしんぞうが、どきどきと拍動を刻む。

 ……フッ、実はさっきやったばっかのトコを言ってみただけだぜ。

 あんなクリック連打してるだけでぼうだいな精神負荷がかかるよーなシーンを、全部覚えてられっかボケ! だから命だけは助けてください!

 やがて桐乃は、ゆっくりと目を開いた。細めたひとみで俺を見下すようにして、


「……ま、まぁ……ちょっとは分かってきたじゃない」


 おお……なんと、正答だったらしい。フゥ……奇跡的に命をながらえた俺は、胸をで下ろした。そして、改めてこう思う。

 くだらねえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ! じようだんじゃねーよ! なんで実妹と妹ゲーについて語り合わなくちゃならんのだ! そもそも、それをけるために俺は、いろいろじんりよくしてやったわけなんだからさあ! まずはそっちの首尾を聞かせてもらわんと!


「でも、まだまだね。いいシーンはそこだけじゃないはず。たとえば……」

「ま、待て……」


 俺は、桐乃が語り始めようとしたのを手でさえぎって、なんとか話をそらそうとする。


「それは後でゆっくり聞いてやっから……先に聞かせろって。この前のオフ会で知り合った連中と、最近、どうなんだ?」

「え? あ、あー……あいつらね」


 桐乃は、いきなりへの字口になり、そっけない調ちようで、俺をに招き入れる。


「入って」


 どうやら、廊下でこれ以上話を続けるのがマズイと思ったらしい。


「……おう」


 俺が従順に従うと、桐乃はテーブルにノートパソコンを置いて、ベッドに腰掛ける。

 それから、こきこきと首の関節を鳴らし、さも関心がなさそうなそぶりで言った。


「一応、両方とやり取りしてるよ、いまも。メールとか、メッセとかで」

「へえ、じゃあ友達になったんだな」

「友達っていうかぁー……話し相手? いちおー話は合うしさーあ? 色々知らないこととか、教えてもらえたりするしぃ──ま、役には立ってくれてるかなぁー」


 だからそれは友達だろ。断じてその単語を口にしたくねえらしいな、こいつ。

 ねこかぶってるときの友達は、抵抗なく友達って呼べるくせによ……本音全開で接してる相手にゃ、どーして素直になれんのだ。ま、らしいっちゃ、らしいけどな。


「直接会ってはいねえんだ?」

「うん。あのはわりと近所に住んでるらしいけど、はちょっと遠いらしくてさ──。だから今度、またオフ会で会おうよって話になってて……で、まぁ、仕方ないから? 行ってあげてもいっかなぁ……とか」

「ふぅん……そっか……」


 くやってんだな。

 ゲームはクリアしたし、きりにゃ本音でしやべれる友達ができた。

 お袋の話によると、最近いい顔するようになったっつー話だし……そういや、あれから一度もおれに頼ってこなくなったな。今度のオフ会にも、一人ひとりで行くつもりらしいし。

 つまり万事が上手くいって、そうだんする必要がなくなったってことだろうよ。

 やれやれ……。

 これで、今度こそ俺は、おやくめんだ。俺はさっぱりした気分で言った。


「なぁ桐乃──油断して、またDVD落とすんじゃねーぞ?」

「うっさいバカ。そんな間抜けな失敗、このあたしが何度もり返すわけないっしょ?」


 ……よく言うよなぁ、あんときゃオマエ、ちょっとゆさぶっただけで取り乱すわ、もとわな張ったらアッサリ引っかかるわ、テンパってかつな行動取りまくってたじゃん。

 俺がニヤニヤと回想していると、桐乃は恥ずかしそうにほおを染めて、ティッシュの箱を投げてきた。


「おっと」


 俺は首を傾けて軽くかい。そのまま扉の外へと脱出する。

 閉めた扉に、ガン、と物がブツかる音がした。

 こいつは、これからもずっとこうなんだろうな……。おっかねえ妹様だぜ、まったく。

 まぁ……てなわけで。こうさかきようすけの人生相談室は、今日きようこのときをもって店じまいだ。

 へっ、二度とやらねえからな。


 にちようの夕方、俺がしよかんから帰ってくると、家の中が異様に静まりかえっていた。

 料理を作るような音も聞こえなけりゃ、テレビの音も、話し声も、物音すらしない。

 不自然だ。俺は靴を脱ぎながら、ぴりっとしたげきを感じ、首の裏に手をやった。

 妙に張りつめた空気が漂っている。ぞわぞわっ……と、肌があわつ。

 やはり、おかしい。いつもと違う。


「……?」


 俺はまゆをひそめ、なんとなく足音を立てないようにして廊下を進む。リビングへの扉の前で立ち止まる。ノブをつかんだとき、めちゃくちゃいやな予感がして、俺はいつしゆんちゆうちよしてしまう。

 ごくり。つばをみ込んでから、ドアを開ける。


「……ただ……いま……?」


 中に入ると、桐乃とおやが、テーブルを挟んでソファに座り、対面していた。

 両者とも、無言。親父はいつも無口だし、桐乃も普段ふだん、家族とはあまり話さないやつだ。

 だから、一見したところだけなら、別段珍しい光景というわけではなかった。

 ただし、おれがリビングに入ってきたってのに何の反応もないのはおかしい。

 それだけじゃない。テレビをているわけでもなく、新聞や雑誌を読んでいるわけでもなく、親娘おやこが向かい合って座り、ひたすらに無言でいる……。

 おやは超無表情なので何を考えているのかまったく分からないが、きりはガチガチに固くなって、しょんぼりうなれているようだった。

 そして、


「あ」


 俺はテーブルの上を見て、すべてを察した。

 テーブルの上には、親父の仕事ふうにいうならば、二つの証拠品が残されていた。

 一つは、桐乃がよく提げているブランド物のハンドバッグだ。

 そしてもう一つは、俺にとっては忘れもしない。

『星くず☆ういっちメルル』のDVDケースに入っている、

『妹と恋しよっ♪(18禁)』だった。

 パカッとしっかりオープン状態。証拠は十分。もんどうよう有罪ギルテイである。


「……………………ふむ」


 俺はまばたきを数度り返し、その間に、状況を十分ににんしきした。感想を言おう。

 バァァァァァァァァァアァァァァァァァア──────カかアイツはぁぁぁあぁぁあ!?

 バカッ……なんっ……たるバカッ……アホッ……! もはや情けなくて泣けてきたわ!

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影